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精霊騎士
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帰り道がわからない。
「んん……」
カッコつけて出てきてこの様である。
洞窟の外に出てみれば夜の森、マリの屋敷からそうは離れてないと思っていたのだが、寝ている間に運ばれたから方向感覚どころの騒ぎではない。中に戻ってヨニに聞くのが妥当だが、あそこまで言ってそれはあまりにも情けない。
「しゃーない」
地道にその辺りの石ころに当たろう。
オレは石を拾ってはノックし、その声を聞く。運ばれてきた光景を見ていたものを頼りに着た道を戻る。服はヨニの父親から奪ってきた毛皮の羽織のみ、それが石を拾って聞き耳を立て、長い時間をかけて移動している。
ちょっとした変態に違いない。
ルーヴァにどう言い訳しようか、さすがに行方不明なのには気づかれてるだろうが、朝に浚われてその日の夜だとしても、散歩してたぐらいで通る時間経過じゃないだろう。
だからと言って、事実をありのままに喋ってしまうと、母親を失ったばかりのヨニには酷な事態になることも考えられる。ルーヴァはもとより、マリがどんな反応をするか読めない。やってきたことはアレだが憎むほどでもないと思うのだ。
精霊界ではありふれている。
奴隷制に違和感を持つのはオレが転生しているからで、あるものを使うことが罪になる訳でもない。その売り買いも捕まえ方があくどいのは確かだが罪ではない。それこそ十歳の身寄りのない子供を放り出せば何割かはそうなるのはマリだって予想の内だろうから、本人の運と才能だと言ってしまえばそれまでなのだ。
奴隷解放なんて意識を変えなきゃどうにも。
「……!」
しばらく歩いて、オレは夜空に白い煙が立ち上っているのを見つける。反射的に身を隠したのはシドラーのことが脳裏を過ぎったからだ。
ルーヴァにやられて目を覚まして、報復。
ありえないとは言えない。
マリが魔族最強である、というルーヴァの言葉を疑うわけではないが、それが攻められない理由になるかというとまた別の問題だ。シドラーはおそらくバカではないだろうから、子供を与えておけば大人しくしている特殊性的嗜好相手にわざわざ戦おうとまではしなかっただけで、いざとなれば戦うことも想定はしていたはずなのだ。
オレが魔王になるとは思っていなくとも。
魔王の娘であるルーヴァが自由に出歩けば、他の魔王を狙う魔族に奪われる可能性もある。新たな魔王となるべく、今後現れるだろう後継者を名乗ろうとする者の正当性を潰すためにも殺すつもりなら、自分の領土内にいる間の方がいいと考えるのは当然だ。
その意味では、あの屋敷は狙い目。
マリが子供好きであればあるほど、子供は弱点にもなりうる。残虐と言えばそうだが、相手が強いとわかっているからこそ、無力化することを考えた策があの屋敷だったかもしれない。
「……」
煙に向かって森の木々の影を移動する。
逃げるべきだと思う。
シドラーの襲撃だとして、屋敷が焼かれていたとして、オレが行ってなにができるということもない。けれど、ルーヴァは魔力を回復しているからやられはしないだろうが、子供を人質にされて、再び捕まった可能性もある。
知らなくてはダメだ。
もし、偶然、あの屋敷から誘拐されたオレだけが無事だったとするなら、助けられるのもオレだけかもしれない。現実味もないし、実感もないけど、ルーヴァはオレと世界を結びつけてくれるかもしれない女性なのだ。
これを見捨てて逃げられるか。
「まだ見つからないのか! 魔王の娘は!」
女の怒鳴り声にオレは地面に伏せる。
「申し訳ありません。斥候の情報では間違いなくこの屋敷にいたはずなのですが、大勢の子供と、屋敷の主人であろう女と共に忽然と消えまして、おそらく、常日頃から逃げる訓練をされていたのだと考えられれます」
鎧を着た男女が焼け落ちた屋敷の前で喋っている。女の方が白銀色の輝かしい鎧に火の粉を反射させて座っていることから偉いのだろう。
「ブラシャボで弱っていたはずでは?」
鉛色の鎧の男に女は言った。
ブラシャボ、例の魔力を吸う塗料の名前だ。日本語で当てはまる訳語がない。化石になった精霊樹の根から製造される希少なものだと言う説明はルーヴァから受けた。
「それが人間の協力者を得たようで、脱獄時に魔素結晶によって魔力を取り戻していたようです。報告が行き違いになってしまって」
男が明らかにビビりながら答えた。
「わかった。捜索は夜明けまでだと皆に伝えろ」
苛立ちを隠せない様子だが、女は指示を出す。
「撤退するのですか?」
質問する男の声が少し嬉しそうだった。
「この戦力でまともにぶつかれると思うか?」
「了解しました!」
ふむ。
襲ったのはシドラーではないらしい。そして魔族でもなさそうだ。そして子供たちも含めて逃げ出したと、場合によって攻められることはマリも当然予想してたってことのようである。
オレの心配は杞憂で済んだようだ。
どこへ逃げたにせよディポント領外にはでないだろうし、この連中が撤退すれば戻ってくる可能性も高い。はぐれたことにすればヨニに誘拐された言い訳も必要なくなるだろう。
一安心だ。
「作戦失敗だと、まったく」
カチャカチャと鎧を鳴らしながら、女がこちらに向かって歩いてくる。ヤバいと思ったが今更動くわけにも行かない。獣の死骸かなにかだと思ってスルーしてくれ。
「新たな魔王の出現を待ってなど……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、衣擦れの音が近くでする。嫌な予感がしたが、頭を持ち上げて見るわけにもいかない。そしてじょぼじょぼと落ち葉の地面を叩く水音が響く。
これは。
「シナク?」
女の声がオレの被る毛皮の獣の名を呼んだ。
「魔族はこの毛皮を捨てるのか?」
しかも興味を示した。
どうしよう。
待っていても見つかる。
鬼の男の羽織だからロングコートぐらいの長さがあって完全に隠れられたのだが、逆に立派な毛皮だと思われてしまった。確実に拾われる。
逃げるなら今だ。
まだ水音はつづいている。
「!」
オレは立ち上がった。
「おわっ!」
「……」
木の陰、ほぼ反対側に向かって座っていた女が、脚を広げて尻餅をついている。もちろん丸出しだ。毛はきちんとこの世界の作法で整えられていた。まともな大人だってことだ。
オレは駆け出す。
「待て! 何者だ!」
暗がりで羽織を被っていたので顔までは見えなかったようだ。それは幸いである。このイケメンは一目見たら忘れられないと評判だからな。
「待てと!」
チャキ。
「言っている!」
腰にぶら下げた剣を抜いた音がした。
オレは振り返らない。
鎧の下のタイツみたいなズボンを膝まで下げたまま追いかけてこられる訳がない。あの状態で仲間を呼ぶこともないだろう。作戦がルーヴァを奪うことで、オレを知らないなら、積極的に追う理由まではないはずだ。
ギィウィン!
剣がまっすぐ横を突き抜けてオレの目の前の木に突き刺さったのはその直後だ。投げたというのだろうか。ほぼまっすぐに剣をこちらに向けて。
「……!」
足が竦んだ。
走ったのは十秒にも満たない。
百メートルは当然移動していないはずだ。しかし、やり投げでも一キロないような重さのものを百メートル届かせるかどうかが前世の記録だと記憶しているのだが、剣はそれより確実に重いだろう。異世界とは言え、そこまで人間離れした人間に出会ったことはないのだが。
「何者だ」
メキメキと木が倒れて逃げ道を塞いでいく。
毛皮の羽織を引っ張られ、オレは裸に剥かれて、地面に座り込む。どうしようもない。立場が一瞬にして逆転してしまった。
「奴隷? 火事場泥棒か?」
女が目に留めたのは、まず腹の焼き印だったようだ。男と同様、まず股間に目が行くのは結局のところ人間の摂理なのだろう。
「ま、なんにしても、精霊騎士を辱めたのだから、死んでもらうことになる、がっ」
女は突き刺さった剣を引き抜いた。
「精霊騎士?」
「奴隷の知ったことではない。覚悟し、ろ!?」
剣を振りかぶったところで目が合う。
「……」
オレはまだ生命の危機は感じていなかった。
「な! なんだ貴様!」
イケメンを見て、動揺しない女はいない。
「んん……」
カッコつけて出てきてこの様である。
洞窟の外に出てみれば夜の森、マリの屋敷からそうは離れてないと思っていたのだが、寝ている間に運ばれたから方向感覚どころの騒ぎではない。中に戻ってヨニに聞くのが妥当だが、あそこまで言ってそれはあまりにも情けない。
「しゃーない」
地道にその辺りの石ころに当たろう。
オレは石を拾ってはノックし、その声を聞く。運ばれてきた光景を見ていたものを頼りに着た道を戻る。服はヨニの父親から奪ってきた毛皮の羽織のみ、それが石を拾って聞き耳を立て、長い時間をかけて移動している。
ちょっとした変態に違いない。
ルーヴァにどう言い訳しようか、さすがに行方不明なのには気づかれてるだろうが、朝に浚われてその日の夜だとしても、散歩してたぐらいで通る時間経過じゃないだろう。
だからと言って、事実をありのままに喋ってしまうと、母親を失ったばかりのヨニには酷な事態になることも考えられる。ルーヴァはもとより、マリがどんな反応をするか読めない。やってきたことはアレだが憎むほどでもないと思うのだ。
精霊界ではありふれている。
奴隷制に違和感を持つのはオレが転生しているからで、あるものを使うことが罪になる訳でもない。その売り買いも捕まえ方があくどいのは確かだが罪ではない。それこそ十歳の身寄りのない子供を放り出せば何割かはそうなるのはマリだって予想の内だろうから、本人の運と才能だと言ってしまえばそれまでなのだ。
奴隷解放なんて意識を変えなきゃどうにも。
「……!」
しばらく歩いて、オレは夜空に白い煙が立ち上っているのを見つける。反射的に身を隠したのはシドラーのことが脳裏を過ぎったからだ。
ルーヴァにやられて目を覚まして、報復。
ありえないとは言えない。
マリが魔族最強である、というルーヴァの言葉を疑うわけではないが、それが攻められない理由になるかというとまた別の問題だ。シドラーはおそらくバカではないだろうから、子供を与えておけば大人しくしている特殊性的嗜好相手にわざわざ戦おうとまではしなかっただけで、いざとなれば戦うことも想定はしていたはずなのだ。
オレが魔王になるとは思っていなくとも。
魔王の娘であるルーヴァが自由に出歩けば、他の魔王を狙う魔族に奪われる可能性もある。新たな魔王となるべく、今後現れるだろう後継者を名乗ろうとする者の正当性を潰すためにも殺すつもりなら、自分の領土内にいる間の方がいいと考えるのは当然だ。
その意味では、あの屋敷は狙い目。
マリが子供好きであればあるほど、子供は弱点にもなりうる。残虐と言えばそうだが、相手が強いとわかっているからこそ、無力化することを考えた策があの屋敷だったかもしれない。
「……」
煙に向かって森の木々の影を移動する。
逃げるべきだと思う。
シドラーの襲撃だとして、屋敷が焼かれていたとして、オレが行ってなにができるということもない。けれど、ルーヴァは魔力を回復しているからやられはしないだろうが、子供を人質にされて、再び捕まった可能性もある。
知らなくてはダメだ。
もし、偶然、あの屋敷から誘拐されたオレだけが無事だったとするなら、助けられるのもオレだけかもしれない。現実味もないし、実感もないけど、ルーヴァはオレと世界を結びつけてくれるかもしれない女性なのだ。
これを見捨てて逃げられるか。
「まだ見つからないのか! 魔王の娘は!」
女の怒鳴り声にオレは地面に伏せる。
「申し訳ありません。斥候の情報では間違いなくこの屋敷にいたはずなのですが、大勢の子供と、屋敷の主人であろう女と共に忽然と消えまして、おそらく、常日頃から逃げる訓練をされていたのだと考えられれます」
鎧を着た男女が焼け落ちた屋敷の前で喋っている。女の方が白銀色の輝かしい鎧に火の粉を反射させて座っていることから偉いのだろう。
「ブラシャボで弱っていたはずでは?」
鉛色の鎧の男に女は言った。
ブラシャボ、例の魔力を吸う塗料の名前だ。日本語で当てはまる訳語がない。化石になった精霊樹の根から製造される希少なものだと言う説明はルーヴァから受けた。
「それが人間の協力者を得たようで、脱獄時に魔素結晶によって魔力を取り戻していたようです。報告が行き違いになってしまって」
男が明らかにビビりながら答えた。
「わかった。捜索は夜明けまでだと皆に伝えろ」
苛立ちを隠せない様子だが、女は指示を出す。
「撤退するのですか?」
質問する男の声が少し嬉しそうだった。
「この戦力でまともにぶつかれると思うか?」
「了解しました!」
ふむ。
襲ったのはシドラーではないらしい。そして魔族でもなさそうだ。そして子供たちも含めて逃げ出したと、場合によって攻められることはマリも当然予想してたってことのようである。
オレの心配は杞憂で済んだようだ。
どこへ逃げたにせよディポント領外にはでないだろうし、この連中が撤退すれば戻ってくる可能性も高い。はぐれたことにすればヨニに誘拐された言い訳も必要なくなるだろう。
一安心だ。
「作戦失敗だと、まったく」
カチャカチャと鎧を鳴らしながら、女がこちらに向かって歩いてくる。ヤバいと思ったが今更動くわけにも行かない。獣の死骸かなにかだと思ってスルーしてくれ。
「新たな魔王の出現を待ってなど……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、衣擦れの音が近くでする。嫌な予感がしたが、頭を持ち上げて見るわけにもいかない。そしてじょぼじょぼと落ち葉の地面を叩く水音が響く。
これは。
「シナク?」
女の声がオレの被る毛皮の獣の名を呼んだ。
「魔族はこの毛皮を捨てるのか?」
しかも興味を示した。
どうしよう。
待っていても見つかる。
鬼の男の羽織だからロングコートぐらいの長さがあって完全に隠れられたのだが、逆に立派な毛皮だと思われてしまった。確実に拾われる。
逃げるなら今だ。
まだ水音はつづいている。
「!」
オレは立ち上がった。
「おわっ!」
「……」
木の陰、ほぼ反対側に向かって座っていた女が、脚を広げて尻餅をついている。もちろん丸出しだ。毛はきちんとこの世界の作法で整えられていた。まともな大人だってことだ。
オレは駆け出す。
「待て! 何者だ!」
暗がりで羽織を被っていたので顔までは見えなかったようだ。それは幸いである。このイケメンは一目見たら忘れられないと評判だからな。
「待てと!」
チャキ。
「言っている!」
腰にぶら下げた剣を抜いた音がした。
オレは振り返らない。
鎧の下のタイツみたいなズボンを膝まで下げたまま追いかけてこられる訳がない。あの状態で仲間を呼ぶこともないだろう。作戦がルーヴァを奪うことで、オレを知らないなら、積極的に追う理由まではないはずだ。
ギィウィン!
剣がまっすぐ横を突き抜けてオレの目の前の木に突き刺さったのはその直後だ。投げたというのだろうか。ほぼまっすぐに剣をこちらに向けて。
「……!」
足が竦んだ。
走ったのは十秒にも満たない。
百メートルは当然移動していないはずだ。しかし、やり投げでも一キロないような重さのものを百メートル届かせるかどうかが前世の記録だと記憶しているのだが、剣はそれより確実に重いだろう。異世界とは言え、そこまで人間離れした人間に出会ったことはないのだが。
「何者だ」
メキメキと木が倒れて逃げ道を塞いでいく。
毛皮の羽織を引っ張られ、オレは裸に剥かれて、地面に座り込む。どうしようもない。立場が一瞬にして逆転してしまった。
「奴隷? 火事場泥棒か?」
女が目に留めたのは、まず腹の焼き印だったようだ。男と同様、まず股間に目が行くのは結局のところ人間の摂理なのだろう。
「ま、なんにしても、精霊騎士を辱めたのだから、死んでもらうことになる、がっ」
女は突き刺さった剣を引き抜いた。
「精霊騎士?」
「奴隷の知ったことではない。覚悟し、ろ!?」
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