脱走王子と脱獄王女

狐島本土

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プロポーズ

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 マリはしっかり近くまで送ってくれてた。

 まっすぐ走った先にあった獣車の荷台に転がり込み、一つ目を大きくするニュドとその対角線で膝を抱えているヨニを見る。

「「……」」

 こちらを見る二人は不思議なものを見る風だったが、女装しているのだから仕方がない。裸の奴隷よりはマシだと思ってもらうしかない。

「ルーヴァの居場所を見てくれ、ニュド」

 オレは言った。

「それでヨニ、オレに教えてくれ」

 色々あったが、今は逃げろということだ。マリが大きな破壊で兵士たちを引きつけてくれている間が合流して兵士たちを撒くチャンス。

「テオ」

 ヨニは涙目で頷いた。

「さっさと逃げよう」

 オレは御者台に座り、辛うじて停まっているが落ち着かない様子のスイビフュを宥めながら獣車を走らせはじめる。

「……」

「うん、あっち」

 スイビフュを苦手とするニュドが荷台の中から伝えるものをオレの背中を掴んでヨニが指で方向を示す。道がない上に小回りが利かない乗り物の揺れは尋常じゃなかったが、マリが破壊した一帯から巻き起こる土煙と振動に比べればまだマシだ。もう屋敷から上った煙は見えない。

 合流は思っていたよりすぐだった。

「テオ、無事ぶっ!?」

 マリの破壊を見て、方向を合わせてきたらしいルーヴァの方から近づいてきていた。女装したこちらを見て即鼻血の余裕がある。ドレスがボロボロになってセクシーなのでオレも鼻血を出したいところだが、興奮が引っ込む要素もあった。

「ルーヴァ、それ」

 なんか妙に立派な鎧の人間を抱えてる。

「テオが人質だった場合の交換用に捕まえてきたんだけど、どうしようかしら精霊騎士。下手に捨てると追ってきそうで怖いわ」

「……」

 ランナだ。

 マリの言った通り、しっかり倒していたらしい。捨てると追ってきそうという意見には同意せざるを得ない。気絶してるのに、弱々しさがまったくない雰囲気、スケベ心の欠片も動かない。

 唇が弱点でも奪った瞬間、首が飛びそう。

「売ればお金になると思う」

 ヨニが言う。

「ヨロイもニンゲンも、ミノシロキンとか」

「おい」

 ちょっといきなり育ち悪すぎるぞ。

「うーん」

 ルーヴァは荷台に連れて行くとロープを使ってぐるぐるに縛り上げて、その表面を雷の魔力で焼いてなにか文様を刻みはじめる。

「それはなに?」

「拘束の魔法。ちょっと魔力が辛いけど、起きて暴れられたら今度は押さえ込めないかもしれないから。折角だし、聞きたいこともあるわ」

「あの、王女さま」

 ヨニが不安そうに呼びかける。

「テオ、このまま国境に向かうわ」

 だがそれを無視して、ルーヴァはオレに言う。

「え、あ、うん」

「マリなら心配いらない。それに子供たちと合流するつもりだろうから、きっと海路、この騒ぎで国境の警備が厳重になる前に、急ぐの」

「あ、ああ」

 オレは再び獣車をはしらせる。

 国境の方向はわかっている。精霊樹の根、盛り上がった根が地上に出てトンネル状になっているような場所が関所として使われる。

 それはいいのだが。

「名前をちゃんと覚えてなかったわ」

 御者台の隣に腰掛け、荷台側に振り向いてヨニと向かい合うルーヴァの表情が硬い。理由は言うまでもなくわかっているが。

「あなたがテオをお風呂から連れ出したのね?」

「……」

 ヨニが頷いた。

「正直に答えなさい。見たの?」

「?」

 ヨニが質問の意味を汲み取りかねていた。

「テオがこんな格好にされてるのはどういうこと! なにをされたか見てたの!」

「そっち!?」

 さすがに黙ってられなかった。

「テオはなにも言わなくていいのよ」

 ルーヴァは気を遣うように首を振る。

「そうじゃなくて、これは別件」

 真横でそんな話をされたら、自分が黙ってても居たたまれない。別にヨニを庇いたい訳でもないが、その件を具体的に説明するとダメージはオレの側に来ることもある。

 先んじて説明してしまった方がいい。

「別件ってなに?」

 鼻血が垂れていた。

「ヨニに連れて行かれた先からは自力で脱出したんだ。その時に、誘拐の主犯であるヨニの父親を殺した。それでマリの屋敷に戻ろうとしたときに、そこの精霊騎士に会って、ちょっと殺されそうになったので奴隷として拾われた」

 自分で喋ってなんだが、忙しすぎる。

「それで、こんな格好をさせられて」

「殺すわ」

 ルーヴァが縛る前に取り外したランナの剣を抜いていた。握った剣に電気が走って明るくなっている。魔力をまったく抑えようとしてない。

「落ち着いて! 特になにもされてないから!」

 オレは慌てた。

「されてるでしょう! 明らかに!」

「女装なんて別に珍しくも」

「めずらしぶっ」

 ルーヴァは思いっきり鼻血。

「……」

 ニュドがハンカチを渡して、飛び散った血をふきはじめている。ヨニの方は言葉もないようだ。子供にはちょっと理解しづらいだろう。オレとしてもこんな話を人前でしたくない。

「テオ、わたし、テオがわからないわ」

 ルーヴァは鼻を押さえて言った。

「知り合ったばかりだからね」

 互いを理解するにはまだ時間が浅い。

「ルーヴァ、正直に言うとあまり奴隷としてのオレのことを知ってほしくもないんだ。知れば、嫌いになると思うから」

「そんなこと」

「でも、知っていくことにはなると思う」

 オレは前を向いて獣車を操る。

「生まれ変わったって、人間は変わらない」

 実感として。

「オレはそれを理解したから、努力しようと思う。環境が人を悪くするなら、環境を変えるしかない。ヨニがオレを浚ったのも、その精霊騎士がオレを女装させたのも、言ってしまえば、オレが薄汚れた奴隷だからだ」

「テオ」

「ルーヴァ、オレのことを普通の人間みたいに扱ってくれたのは、生まれてから君だけだ。奴隷が売られそうになったり、奴隷が女装させられたりすることで、怒ってくれる。それはとても嬉しいことだよ、だから」

 頭の中は整理し切れていない。

 しかし、なにかを伝えなければいけないのはわかる。前世では、なにかを感じても、口を噤んでいた。なにも言わないようにしていた。なにかを言うことで嫌われるのを恐れていた。それが、結局、あの死に様に繋がったのだ。

「オレは、ルーヴァを笑顔にしたいんだ」

 恋愛感情かはわからない。

 でも、それが正直な気持ちだった。

「だから魔王になりたい。けれど、奴隷として育って、まだ奴隷だ。そのことで変なことになることはあると思う。ルーヴァの気持ちを乱すこともあると思う。それは、魔王にしようと選んだ男が悪かったと思ってあまり怒らないで欲しい」

「テオ、だけど、あなたが望まないことを」

 ルーヴァが横に座って顔をのぞき込む。

「奴隷の人生のほとんどは望まないことだ」

 前を見たまま言った。

「……」

「奴隷だけじゃない。だれの人生もそんなに望んだことばかりじゃないと思う。ルーヴァが何年も監獄にいたことも、ニュドが見たくないものをたくさん見てるだろうことも、ヨニが人間と魔族の間に生まれたことも、そこの精霊騎士だってそうかもしれない」

 転生しても、イケメンになってもそうなのだ。

「でも、オレにはルーヴァが現れてくれた」

 だからこそ。

「はじめて脱走に成功させてくれて、奴隷以外の生き方ができる可能性をくれた。その幸運を、みんなにも分けたい。魔王になって、奴隷を解放して、少しは世界が穏やかにしたい。そのためにオレは苦労も汚れも引き受けようと思う」

 敵を、使う。

 マリの言葉の意味はまだわからない。

 だけど、敵の前に味方が大事だ。

 唯一の味方。

「安心してくれとは言えないけど、オレはルーヴァのためにそうしようと思うんだ。だから、ずっと一緒にいてほしい。なんか、言われてばっかりで、ちゃんと答えてなかったから」

 オレは横を見る。

「結婚しよう」

 プロポーズ。

「うんっ。えぐっ、ぐっ、あう」

 隣で魔王の娘はボロボロと泣いていた。

「ルーヴァのために魔王になるよ。約束だ」

 イケメンの顔でなかったら言えなかったと思う。オレという人間はまったく変わっていない。自信がある訳でもない。でも口にできる。そして口にしたことはやらなければいけない。

 追い込まれていく。

 イケメンはたぶん、みんな自分の顔の説得力に追いつこうと必死なんだと思う。そうしなければ、すぐに顔がいいだけのクズになるから。オレだって必死にならなきゃいけないのだ。
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