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第三章―護り人は今
ろ
しおりを挟む翌日。
朝餉を食べるために左近と隼人が連れ立って食堂に向かうと、藤兵衛が悲しげに俯いていた。一緒に座って朝餉を食べていた他の以之梅の四人も、心配そうにしている。
最近、“朝餉前に庭を一周”が毎朝の日課として左近によって追加された。そのせいで、この時間の食事は空腹が限界だとばかりに一心不乱に口を動かす三郎も、口へ動かす手は止めないものの、藤兵衛の方をちらちらと見ている。
何事かと隼人が宗右衛門に尋ねると、食事や洗濯等この学び舎の雑用全般を任されている、隼人達と同じ年頃の女──お菊がちょうど二人の朝餉を運んできて、ここに至るまでの経緯を語り出した。
なんでも、昨日の夜、厠に起きた時に男に会った。部屋に戻ると、文をもらっていたことに気づいて、その文はちゃんと行李の中にしまった。朝起きて、着替えようと行李を開けると、しまっていたはずの文がなくなっていた。そんなはずはないと全部ひっくり返して探したけれど、どこを探してもない。そのうち隣の部屋の三人が朝の鍛錬に行こうと呼びに来て、なくなく断念。この後部屋に戻ってもう一度探すつもりだけど、見つかる気がしない、と。
「なるほど。それでこの落ち込みよう」
「夢でも見たんじゃないのか?」
「それが、夢じゃないのよ。その人に会った時に驚いて尻餅をついたらしいんだけど。その土で汚れた夜着を、私も確かに預かったから」
「ふーん」
お菊も仕事にひと段落ついたのか、左近達の隣の空いた場所に腰を下ろした。
もう少し日が昇ってからやるつもりだが、服の洗濯は別の者からも頼まれているからついでだと引き受けた時は、藤兵衛は少なくともこんな調子ではなかった。それが今や、食事も大半が喉を通らず、横にいる三郎に横流ししている。
左近は話を聞き、彼にしては早めに手を動かして食事を済ませた。
それから、藤兵衛の背後に回り、そっと藤兵衛の頭に手を置いた。
「せんせ?」
顔を上げた藤兵衛に、左近はその手を退けた。そして、食べ終わった食器を持って、水が入った大きな盥の中に入れる。食事が終わった者は後片付けがしやすいようにそこにいれるのがこの学び舎での食事後の規則である。
藤兵衛や他の四人が視線で追いかける中、左近はそのまま食堂の出入り口に歩いていく。このまま出て行ってしまうのかと思いきや、寸前で振り返った。
「ほら。食べ終わったなら、部屋へ行くよ。もう一回、行李の中だけじゃなくて部屋の中もよく見てみよう。もしかしたら、どこかに紛れているのかもしれないよ」
「は、はいっ」
「おれも! おれもさがすの、てつだう!」
左近も一緒に探してくれるとあって、藤兵衛は僅かに元気を取り戻した。慌てて立ち上がり、自分の分の食器を盥につけると、走って後を追って行ってしまった。そして、そのまた後を三郎が追いかける。ただし、三郎は食器を放置したままだ。
「さぶろう! じぶんがたべたのはじぶんでかたづけてからいけよ! おきくさん、ごちそうさまでした!」
「はーい。食器、片付けてくれてありがとうね」
利助が三郎の分もまとめて片付け、彼の後を追って食堂を出ていった。それを見ていた宗右衛門や小太朗も顔を見合わせる。
「おれたちもいこう」
「うんっ」
「「ごちそうさまでした!!」」
宗右衛門と小太朗も食器を片付け、皆の後を追いかけて行ってしまった。
食堂に残っているのは、もうすぐ食べ終える隼人とお菊だけとなった。
「お茶、飲む?」
「んー。いや、いい。白湯がある」
「そう」
お茶が淹れられる音と、隼人が沢庵を噛む音だけが食堂に響く。
「……見つかると思うか?」
「うーん。……左近も一緒に探して見つからないなら、難しいかもしれないわね」
隼人が口にした言葉に、お菊は淹れたばかりのお茶に息を吹きかけながら答えた。藤兵衛は可哀相だが、もしそうなら諦めるしかないだろう。
「……あの」
二人揃ってその声がした方に視線を向けると、食堂の入り口からひょっこりと顔を覗かせる者がいる。背格好からして仁の年か波の年の少年だが、恐る恐るといった様子で二人の近くまでやってきた。
「どうした?」
「先生方のお話を聞いてしまって、その、俺も同じ以の年だった頃にその男の人に出会ってる気がするんです。ただ……」
少年は不安げに口を開いては閉じを繰り返している。
「ただ、なんだ? 言いにくいことなのか?」
一度言葉を切ってしまった少年に、隼人は優しくその先を聞き返した。
「その、笑わずに聞いてもらえますか?」
「大丈夫。笑ったら、食事抜きにするから。安心して話してごらんなさい」
「え゙っ? ……まぁ、そういうこった。ほら、言ってみな」
お菊が笑みを浮かべてなかなかのことを言う。それに引きつった顔をするものの、隼人もそれで話の続きを聞けるならとその条件を承諾し、少年に続きを促した。
「は、はい。その、その人……影がなかった、ような」
本人が笑われないか聞いた気持ちが分かった。隼人もお菊も笑いはしない。だが、この手の話は一笑に付されやすい。きっと、少年もすでに何人にもこの話をしていたのだろう。その度に馬鹿にでもされたのかもしれない。
「……悪いものでもないみたいだし。そのままにしておいても問題はなさそう、よね?」
「そうだな。一応、皆に教えておいて……翁のお耳にも念のため入れとくか」
話を信じている様子の二人に、少年はホッとしたようだ。不安げだった表情も徐々に晴れていった。
「あ、あの」
「あぁ、ありがとな。もういいぞ」
「はい。失礼します」
少年は頭を下げ、走って食堂を出ていった。
その後をぼうっと見ていたお菊は、はっと気づいたように隼人の方を見る。
「ねぇ。幽霊って元は生きてる人間なんだから字は書けるだろうけど、文とか物を持てるの?」
「そんなの、俺も聞きたい。ただ、俺の勘だが、きっとその男とさっき聞いた男は同じ奴だと思う。あれだ。彦四郎がよく言ってる、気合でなんとかなった!ってやつじゃないのか?」
「そんな気合でなんとかできるの、彦四郎くらいでしょうに。……まぁ、実際なくなってるわけだから、その幽霊にしてみれば、大事に保管させるつもりはなかったってことよね」
「だろうな。どれ、俺も長屋に行ってくるかな」
隼人も食べ終わった食器を持って立ち上がり、盥の中に使い終わった食器を入れた。そのまま食堂を出ていこうとすると、お菊に呼び止められ、「なんだ?」と振り返る。すると、お菊から盆を手渡された。その盆の上の何かには布がかけられており、少し重い。めくってみると、饅頭が三つ乗っていた。
「それ、藤兵衛に食べさせて。さっき、ご飯あんまり口に入ってなかったみたいだから」
「おっ。ありがとな」
匂いからして、 菓子の饅頭ではなく、葱や韮などの野菜を塩と少しの醤油で煮た菜饅頭の方だろう。お菊の作る飯は旨いと、八咫烏の連中も別に建てられている館の方でなく、わざわざ登ってきてここで食事を済ませてから帰るほどである。だから、藤兵衛もこれから隼人が告げに行くことを聞き、おそらく複雑な気持ちにはなるかもしれないが、これに関しては喜んでくれるはずだ。
「お昼はしっかり食べてねって言っておいて」
「おぅ」
また昼にと挨拶を交わし、隼人は食堂を後にした。
「あっ! 彦四郎! 窓は駄目! 窓は駄目だからっ!」
それからすぐ食堂の方からお菊が声を荒げるのが聞こえてきた。おおかた、名を叫ばれている彦四郎が食堂の中の良い匂いにつられ、入り口に回る時間も惜しいと強行突破しようとしているのだろう。
世話役の吾妻も大変だなと他人事のように笑い、長屋へと急いだ。
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