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うちはうち よそはよそ
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しおりを挟む「あやめ」
「夏生さん、いらっしゃいますか?」
私が口を開くのとほぼ同時に部屋の外から少し疲れが感じられる声がかけられた。
巳鶴さんの声だ!
お母さんの膝の上から立ち上がり、障子へ駆け寄った。
横にターンと高い音を立てて障子を開けた向こう、廊下に立っていた巳鶴さんが目を丸めている。一瞬何が起きたのか理解が追いついていなかったのかもしれない。目を二、三回瞬き、私をゆっくりと見下ろしてきた。
「……あぁ。貴女でしたか」
「おかえりなさーい」
「ただいま帰りました。えっと……これは一体どういう状況ですか?」
巳鶴さんが夏生さんの正面に座るお母さんと、部屋の隅で再びドンヨリとしているアノ人へ交互に視線をやり、首を軽く傾げた。さらりと肩にかかっていた髪が下に流れていく。
あ、そっか。巳鶴さんもお母さんと初めましてだもんね。
「えっとね、わたしのおかあさんー」
「えっ!? 貴女の、ですか?」
コクコクと首を縦に振って、巳鶴さんの手を引っ張って元の位置に戻った。
綾芽、お母さんと私の定位置は移動していき、今度は畳の上に腰を下ろした巳鶴さんの膝の上だ。
「初めまして。雅の母の柳優姫です。いつもご迷惑をおかけしてしまっているみたいで、申し訳ございません」
「いえいえ。彼女には私達の方もいろいろと助けてもらっているんですよ。あぁ、ご挨拶がまだでしたね。巳鶴と申します。以後よろしくお見知りおきください」
「こちらこそ。……雅。貴女、その姿でも一応高校生なんだから、巳鶴さんの膝の上に座るのはやめなさい」
「……ふむ」
お母さんに注意されるのももっともなんだけど。半年以上、外見に見合った行動取ってきちゃってつい、ね。
でも、ひいおばあちゃんほどではないけど、お母さんも怒ると怖い。
素直に従っておこうと足に力を入れて立ち上がろうとした時、横から腕を差し込まれ、私の身体が宙に攫われた。
「ふわっ!?」
驚いて変な声が出ちゃったけど、私は悪くないと思うのよね。
誰かな? 私の身体を宙ぶらりんにしている輩は……。
振り向きざまに顔を上げると、青い目と目がかち合った。吸い込まれるような深い青に、一瞬反応が遅れてしまった。
「どーしてここにいるの?」
「ふふふっ。軽い軽い」
言葉のキャッチボールが一投目で終了しましたけれども。これはいかに。せめて疑問に答えてからのその言葉にしていただきたい。
軽い軽いという言葉は否定せぬよ。むしろ誉め言葉と受け取ります。
瑠璃紺色の狩衣姿で現れた青龍社の神様は、まるで初孫が生まれたお爺ちゃんのように私を構い倒し始めた。いや、生きてる年月的には確かにお爺ちゃんでも間違いないだろうけど。
でもねぇ、えっと……そろそろ下ろしてくれるとありがたい。
だって、部屋の隅からこっちをじぃっと恨めしそうにかつ無表情で見てくるアノ人が何かしでかしそうで怖い。
「みつるさーん。たすけてー」
すぐ傍にいる巳鶴さんに手を伸ばして助けを求めた。さすがは巳鶴さん。すぐに行動に移してくれて、晴れて私は再び自分の足で畳を踏むことができた。
「あぁー」
ご馳走をお預けにされた人みたいな声を出して手を伸ばす神様。
周りを見ると、こんな神様にも見慣れているのか、綾芽達の目は完全に呆れかえっている。夏生さんなんかお母さんがいるから手元の書類には手を伸ばしていないけれど、お母さんがいなければ間違いなく書類を捌き始めていたに違いない。だって、手が何度も未決済書類箱に伸びようとしているの、しっかりとこの目でその度目撃している。
案の定、自分の立ち位置に危機感を覚えたのか何なのか知らないけど、アノ人がスッと私と神様の間に入ってきた。
「そんな風に睨まなくても良いではないか。なぁ?」
「……」
神様はアノ人の視線から逃げるようにしゃがみこんで私の背後に隠れた。もちろん、そんなことで神様の姿が全部隠れるほど私の身体は大きくない。しゃがんだところで、せいぜいこちらから視線を合わせなければアノ人と目と目が合うことがなくなるといったくらいにしかならないんだけど。
神社で会った時も思ったけど、この神様、とーっても人懐っこいというか、慣れ慣れし……ゴッホン。距離が近い。これでは確かに綾芽達から煙たがられるのも当然だと思う。
それに、私の質問ドコ行った?
「かみさま、なにしにきたんですか?」
「うん? なに、散歩だ」
「さんぽっ!?」
「あぁ。今日は天気が良いからなぁ。お前も一緒にどうだ?」
「……またこんどにしていいですか?」
「ややっ。雅、お前は我の楽しみをまた今度に引き延ばそうというのか」
「えー。でも、わたし……」
見るからにウソ泣きと分かる泣きっぷりを見せ始めた神様。着物の袂を目にあてて、よよよと畳にもう片方の手をついている。
なまじ神様なだけあって顔が整っているから、その仕草にも魅せられるものがある。人外万歳。目の保養……じゃなかった。そうじゃない。
「せっかく、お前が気にしている女の霊について知っていることを道すがら教えてやろうと思っていたのに」
「えっ!?」
「お前はそんなに我と出かけるのが嫌か。嫌なのか」
「しってるの!? かみさま、あのおんなのひとのこと、しってるの!?」
「あぁ。だが、お前が乗り気じゃないならこの散歩はやめだ。社に戻って人間達の声に耳を傾けるとしよう。あぁ、悲しや」
立ち上がる神様の服の裾をしっかりと引っ張った。
私が浮かべる悔しげな表情とは裏腹に、神様はニッコリと笑っている。
大人は卑怯だ。
散歩から戻ったら、ちゃんとこのこと青龍社の神職である春道さんに告げ口してやると心に誓った。
さぁ行こうと玄関まで神様と手を繋いでいくと、パタパタと後ろからついてくる足音が何人か分。
誰かなぁと思って後ろを振り向くと、それぞれ防寒具を持ったしっかり者の保護者達が私の周りを取り囲んだ。
「外は寒いですから、これを羽織っていってください」
「あと、手袋とマフラーも忘れないでよ」
「どーしても寒い時用にカイロをポケットの中に入れとき」
むふぅーん。ホカホカだけど、ちょっと動きにくい。
瑠衣さんにもらった赤いポンチョを巳鶴さんに羽織らされ、揃いの白い手袋とマフラーを薫くんが私の手につっこみ首に巻き付けた。それから綾芽が小さいカイロをひょいっと服の前についているポケットに投げ込んでくれた。
「ありがとー」
敬礼ポーズでお礼をして、靴を履く。
……うん? 服が、モ、モコモコしてて履きにくい!
見かねた海斗さんが手伝ってくれようとしたけれど、ノーセンキューだよ、ありがとう。
自分のことはできるだけ自分でしないと。ついつい甘えたっ子になってしまうんだよねー。うんうん。自分のこと、よっく分かってるぅ。
「いいか? こいつを大人だと思うな。頼るな。絶対に、だ」
「んん?」
「なんと」
夏生さんが親指で神様のことを指さし、挙句にこいつ呼ばわり。神様たちには一定の礼節を持ってる夏生さんにしては珍しいことだ。
神様はというと、まったく気にした様子はないけど。
「こいつは若く見えて爺だ。爺だが、齢重ねてるだけで中身はお前と何ら変わらねえ。知らねぇヤツにはついていくな。旨いもんやら菓子をやると言われてもだ。迷子になったら来た道を引き返せ。いつか知ってる道に辿り着くなんてこと、迷ってる時点でありえねぇ。はい、復唱!」
「はい! しらないヤツにはついてくな! まいごになったらきたみちをひきかえせ! おしるこ、かえってきたらもういっぱい!」
「最後のは余計だよ。すぐに夕飯の時間もくるからダメ」
しれっと付け加えてみたら、薫くんにすげなく却下されてしまった。
……薫くんてば、いけずな人やわぁ。
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