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奥底に眠る記憶の残骸
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しおりを挟む「昔ね、女の人が一人、この世界に飛ばされてきたの」
「それ、せいりゅーしゃのかみさまにきいたかも。おとこのこをうんだんだよね?」
「……そう、聞いてたのね。その女の人はいつも帰りたいって泣いてた」
「かえれた?」
瑠衣さんは悲しい顔をして首を横へ振った。
そっか。……帰れなかったんだ。
でも、子供ができるくらい誰かを愛したんなら、最後くらいは……ちょっとくらいは幸せな時間もあったんじゃないのかなぁ?
そうでもなきゃ、やるせないよ。
「その人の名前は綾乃って言って、その男の子はその女の人から一文字もらって名前を付けられた。それが綾芽よ」
「えっ!?」
そうなのっ!?
夢に出てくる女の人の話をしてって頼んだ上であの話を神様がしたってことは、この話の女の人と夢に出てくる女の人は同一人物ってことで。
つまりつまり?
綾芽があの女の人が探してる子ってこと?
瑠衣さんは私の困惑などどこへやら。そのまま話続けた。
「飛ばされた場所も城内だったから、そこ以外の場所も人も知らない。多分、綾乃さんも元の世界では箱入りのお嬢様で、礼儀作法もしっかりしてたし、容姿も整ってた。だから、目が止まったのよ」
「……だれの?」
ごくりと唾を飲み込んだ。
なんだか、話が読めてきた気がする。
でも、それは、つまり……。
「誰のやろなぁ?」
音もなく部屋の隅に現れた影に、私達はビクリと肩を揺らした。
恐る恐る声がした方を振り返ると、綾芽が壁に身体をもたれかけて立っていた。
大きく手を広げ差し出されたら、こちらへ来いの合図。
私は刷り込まれたその手にまんまと乗り、気づいたら自分から綾芽の方に駆け出していた。
「悪い子ぉや」
「あぅ」
頬をムイッと掴まれ、タコの口になる。
膝裏で抱えられ、抱き上げられると立ち上がっていた皆と同じくらいの視線の高さになった。
「自分が誰の子ぉやなんて、関係あらしまへんやろ?」
「ないけど、あるっ!」
「ん?」
ひえっ!
綾芽から至近距離で向けられた双眸がいつもよりもすごく冷たく固い。
でもでも、私だって負けませんっ!
「おかあさん、ないてた。あいしてるって。あってあげて」
「なんぼ言われても、知らんもんは知らん言うとるやん」
「うそっ!」
綾芽の両頬を両手で挟み込む。さっきのお返しの意味も込めてるから、ちょっと音も軽快に鳴らさせてもらった。
そのせいで傍にいてくれた子瑛さんが目を剥いていたけども、今は見ないフリ、だ。
「じゃあ、なんでしろうとするわたしをこんなにとめるのっ!」
「妙なことに首をまた突っ込もうとしよるおバカさんを見張っとくのが自分の役目やろ」
「みょーなことじゃないよ! だいじなこと!」
本当は、また、とか、おバカさん、とか、ツッコミどころ満載だったけど、今日のところは見逃してあげよう。
今の綾芽は聞かん坊。私と同じ子供だもの。
「……だいじょーぶ。いまはこどもみたいにいじはってるけど、もううけいれるだけしかなかったこどもなんかじゃないよ。それにね」
周りにいる瑠衣さん達をぐるりと見渡す。
私の行動をハラハラしつつ見守っている瑠衣さん達も、綾芽のことをずっと心配してきたんだ。
あの女の人には悪いけど、いつまでもあの人の影を気にして皆が笑顔でいられないなんて未来は絶対に嫌だ。
今の姿になってしまった私から見ても綾芽はまだまだ若い。そんな綾芽がおじーちゃんになって老衰で大往生するまで一体どれだけかかると思ってるんだ。そんな長い間皆に心配させ、わだかまりを作り、影を背負っていくつもりか。
こんな後味の悪いものはざかっとどこかに流しきってしまって、気持ちをリセットしてしまった方がいいに決まってる。
……あー。考えれば考えるほどなんか腹立ってきちゃったよ! もう!
「なつきしゃんたちだけじゃない。あやめのことをしんぱいしてるひとがたーくさんいるってのに、まだたりにゃいの!? ほしがりさんめ!」
噛んだ! 二回噛んだ! でも、言いたいことは言えたし、悔いはなし!
欲しがりさんの一言に綾芽は面食らったようで、長い睫毛を数度パチパチと瞬かせた。
私だってアノ人とのわだかまりが完全になくなったわけじゃないし、今だって思うところはたくさんある。
正直、私の立ち位置は他の人より綾芽よりだ。
それでも。
「あのおんなのひとのこと、うけいれられないならうけいれなくてもいーよ。だって、あのひとはかこのひとだもん。いまをいっしょにいきてるのはわたしたち。つまり、わたしたちのほうがえらい!」
んん? 偉いっていうのはちょっと違う? まぁ、細かいことはどうでもいいんだよ。
過去の人の影に振り回され続けるなんて時間の無駄だし、面倒くさがりの綾芽らしくない。
だからほら、全力で私達に構ってくれちゃっていいんだよ。
というか、構って!
「フッ」
構えー構えーと念を送ったのが通じたのか、綾芽がいきなり吹き出した。クククッと笑いをこらえようとしているらしいけど、こらえきれてない。
ふふっ。笑った、笑った。
「み、雅ちゃん。私達の方が偉いの? ……フフッ」
瑠衣さんも口元を指で隠しながら笑ってる。黒木さんもしかり。子瑛さんも。
ほら、間違いない。
「あったりまえですっ! だって、かこのひとはどれだけやってもかこのひとのままだけど、いま、それにみらいのひとはいーっぱいなかよくなれる! だから、えらいんです!」
「それは偉い言わへんのと違う?」
「えっ? そう? なんていうの?」
「さぁ? 知らんけど」
綾芽は私の頭を撫で繰り回してきた。その綾芽の目をじっと見る。
うん、もう大丈夫です。いつもの綾芽だ。
「綾芽」
私達がじゃれているのを見ていた瑠衣さんが、綾芽の名を穏やかな口調で呼んだ。
二人して瑠衣さんの方を向く。
瑠衣さんは綺麗なお顔に今まで見た中で一番の笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
「昔も今も、それにこれからも。たとえ貴方が放っておいて欲しいと願っても。私達は貴方のことを大事に想ってるわ」
「だいじょーぶ。あやめはほしがりさんだから、もういわない」
「なんやそれ」
それに、綾芽は私のお世話係で、こっちでの保護者だから。それにそれに、可愛がってくれて構ってくれる人、だぁい好きだから、私。
だからね、ずっとずっと一緒にいてあげるから。
「……おおきに」
耳にこしょばい風が通った気がしたけど、綾芽の耳も少し赤くなってたから、それに気づかないフリをしてあげた。
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