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あなたはどちら?
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しおりを挟む後は引き受けると、コリン様から部屋を追い出された私と奏様。そして、ついてきてくれるという夏生さん。三人でお屋敷の奥へ奥へと進んでいった。
途中でものすごい揺れが何回かあり、その度にヒャッとなる肩を見て、奏様がよしよしと頭を撫でて安心させてくれた。
「これ、じしん?」
「いや。……あいつ。もうそろそろヤバいんじゃないか?」
「え?」
今の口ぶりだと、夏生さんはこの揺れの理由が何なのかを知ってるみたいだ。でも、夏生さんは私には必要以上にというか、ほんっとうに最低限の話だけで済まそうとする。ずるい。
今だって、奏様と一緒になって口を噤んでいる。
「さて、雅ちゃん」
「ん?」
「雅ちゃんは怪我の治療をしたことは? もちろん、力は使わずに」
「うん、と。おじさんたちがけがしてくるときにちょっとだけ。みつるさんのおてつだいします」
「そう。対、人間相手ならあるってことね。なら、次の段階に進みましょうか」
「うん?」
えっと、奏様? その、すっごく意味深な笑顔はなんですか?
夏生さんの方を見ると、私が何のために呼ばれたのか先に気づいたようで、眉を軽くひそめている。
「じゃあ、行くわよ。準備はいい?」
「えっ、あのっ、なんのっ!?」
奏様が足を止め、手を伸ばした、とある一室。中に声をかけることなく部屋の襖を両側に勢いよく開け放った。
「何をしているっ!」
部屋の入り口付近で座り込んでいた人――鳳さんから大声で叱責された。
けれど、私の目は鳳さんはスルーだスルー。それよりももっと見るべき……というか、目の中に飛び込んできたのがソレだけだった。
天井に届かんばかりの巨体、白い毛皮に爛々と光る赤い両眼、鋭い爪と牙。
あいやー。部屋の中で巨大なホワイトタイガー飼ってるなんて、西のお屋敷ってばスゴイなー。それとも、目の錯覚カナー?
アハ、アハハハハハッ
「……し、しっつれいしましたぁー!」
開け放たれた襖を閉めようと、必死になって掴みに行くのはなかなかに生存本能が働いた結果だと思う。もちろん、鳳さんも引っ掴んで引っ張りだすことは忘れない。
自分で自分を褒めたい。成功だ。成功したぞー。フッハッハー!
かーらーの。コリン様や他の皆がいる部屋までダッシュ。
けれど、そんな私の体を宙ぶらりんにして引き止めたのは、他でもない鳳さんだった。
「おい。ここで何をしている」
「えっとーぉ。わ、わかりましぇん」
「は?」
いや、絶対今の、あ、に濁点ついてた! は?なんて軽いもんじゃなかったよね!? ひどい。完全なるとばっちりだよぅ。
「はいはーい。この子と一緒に今から治療するから、外野はどいたどいた」
「治療、だと?」
「そうよ。可哀想に。傷を負って気が立ったところに、人間が追い打ちをかけるように剣先を向けるから」
「……治せるのか?」
「ハッ。愚問よ。ねぇ? 雅ちゃん」
「ん? あいあい。かなでさまはすごーくすごいくすしさまだからだいじょーぶ!」
「……とりあえず、お前には語彙力の正しい向上を目指す余地ありと巳鶴さんには伝えておく」
「えっ!?」
「はい! じゃれ合いはそこまで」
「じゃれてなどない」
「雅。お前、帰ったら明日から本の朗読追加な」
「うへっ!」
巳鶴さんを待たずして、夏生さんからの課題追加かぁ。
……よし来た! 毎日毎晩夏生さんの枕元で絵本の朗読やったるわ! 今なら豪華、効果音付き!
「さて。雅ちゃん、行きましょうか」
「……はい」
「そんなに気負わなくて大丈夫よ。向こうも手負いだし、彼が縛術かけてるみたいだから、身体は動かせないわ」
「そっか」
「あ。おい、雅」
「じゃあ、雅ちゃん! 襖、開けてくれる?」
「あいあいさー!」
奏様に言われ、襖に再び手を伸ばした。
「……まぁ、縛術がいつまでも効果があるのは、相手が人間か、普通の人外だった時だけだけどねー」
「いま、なんて?」
そういえば、ここへ来るとき何回か地震みたいな揺れがあったっけ。
奏様のお墨付きにすっかり安心した私は、襖を少し開けた時にそれを思い出した。
そして。
ちょうど私の背丈と同じ高さで、襖越しにバッチリと合った目と目。ソレは私の顔くらいあった。
ヒッと悲鳴をあげる前に、中から伸ばされた前脚によって私の身体は中へと引きずりこまれていく。襖なんか、邪魔だとばかりに薙ぎ倒されてしまった。
「……おっ、おっ、おいしくないよー!?」
虎の胸元で体を抱き込まれ、思わず出たのはその言葉だった。
「雅!」
「もう一度術を!」
「お待ち」
助けに来ようとしてくれた夏生さんと鳳さんを止めたのは奏様だ。二人が奏様に詰め寄るのが視界の隅に映った。
あぁ、そっか。私、ここで死んじゃうんだ。
虎が口を開けて、私の頭めがけて口を近づけ、顔をベロッと。
……ベロッと?
「あの、ちょ、ちょっと。ざりざりしてて……ちょっと、いた、いたがゆいっ」
何回も何回も繰り返し舐めてくる虎に、私も顔を押しやったり、顔を背けて抵抗するけど、さらに強く抱き込まれてなされるがままになっている。
「ちょ、な、なつきしゃ! お、とりしゃ! たす、たすけっ! うひゃあっ!」
「あ、あぁ」
二人に向けて手を伸ばすと、二人ともなんとも言えない顔つきで歩み寄ってくる。
すると、虎が顔を上げ、一際大きく吠えた。まるで威嚇しているような低い声に、奏様もようやくそばに来てくれた。二人は近寄らせなかったが、奏様は大丈夫なようで、虎が吠えることはない。奏様は私の身体を抱え込む前脚を丁寧にどかし、私を引っ張り上げてくれた。
「人に愛想が尽きたか? けれど、人に危害を加えるのであれば、我々元老院も黙ってはいられない」
奏様が優しく虎に話しかけるのを、私達は黙って聞いていた。
「まぁ、今回は双方傷を負ったようだから、両成敗ってことになるだろう。人側に被害が多かったのは……尊ばれるべき神獣に手を出した代償だと私からも進言しよう」
鳳さんも夏生さんもそれには異論ないようで、何も言わない。
……違うな。言わないんじゃなくて、言えないんだ。
本来なら、怪我人だけでなく、死人まで多数出ることになるはずだった。神様を畏れることを知っている二人は、それに準ずるモノへの接し方をよく知っている。今回のこの件はまかり間違っても、決してあるべきことじゃあない。
きっと、西の人達が鳳さんの目を盗んで、虎の――神獣の怒りに触れることをしたのだろう。怪我を負わせたのも、もしかすると、もしかするのかもしれない。
「疾風。すまない。もっと私が奴等を監視するべきだった」
「えっ!?」
鳳さんの一言に、私は思わず素っ頓狂な声を漏らした。
だって、今、なんて言った? 私の耳には、“はやて”って聞こえたんだけどね?
……いやぁー、あのね、私が知ってる疾風はこんな巨体じゃなくって、子供サイズの私ですら抱えて持てるぬいぐるみサイズの白い子虎……だった、んだけど。
「ねぇねぇ。はやてって、あのはやて? ぬいぐるみさいずの、あの、ちょうぜつぷりてぃーな、ことらの」
「何を言っている?」
「あ、なんだ。やっぱり、はやてちが」
「一緒に病院に見舞いに来ただろうが。見忘れたのか?」
い、と続く私の言葉は鳳さんによってかき消された。
サッと虎の顔を見上げると、グルルルルッと喉を震わせ、もう一度ベロッと舌で顔を舐め上げられた。
「は、はやてだったんかっ!」
気づいてしまったというより、知ってしまってからは私の行動は早い。大急ぎで怪我をしているという部分を探すべく動き回った。
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