ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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あなたはどちら?

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 順調に縫合は進み、最後の傷口に奏様が針を通し、クルクルっと素早く結び終える。使い終えた器具を置き、奏様が手袋を外した。


「……これで良し、と」
「はやてー!」


 麻酔薬が切れるまでまだかかるようで、疾風はまだぐったりとしている。それでも我慢がまんしていたものは抑えきれず、両手を広げて傷のないところに抱きつ……


「ちょい待ち」
「ぐえっ」


 ……けませんでした。

 猫の子のように首の後ろ、丁度えりになっている部分を奏様に引っ掴まれ、足だけがつるりと滑った。それに首元までしまったものだから、何かがつぶれたような声も出る始末しまつ


「あっ、ごめんね。いつものクセでつい」
「く、くせ……」


 元老院内で奏様よりも序列が低い皆さんの扱いがちょっと心配になるんですが、これ以上はスルーということでよろしいのかな? 
 ……ふむ。夏生パパンのつっこむなオーラが飛んできたので言うこと聞きますよぅ。

 宙ぶらりんの状態から下ろされると、後ろから、正座、っとこれまた夏生パパンの一声が飛んでくる。アノ人から言われたんじゃ無視につぐ無視だけど、こっちのパパンに言われたんじゃしょうがない。大人しく奏様の前で正座した。


「本当いい子なのよ。いい子なんだけど……可愛いのよねぇ」
「ん?」


 なんか、今の間に隠されたふくみ言葉があるような。


「縫合が終わったからって飛びつかない」
「あい。ごめんなさい」
「後は処置記録をつけるだけだから」
「……あっ!」


 処置、きろく、とな。


「どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもありません」
「そう」


 巳鶴さんから言われてる日記……ど、どこに置いたっけ? 最近見てない、ような。定期的に入る巳鶴さんチェックも、最近巳鶴さん自身が忙しいからないんだよねぇ。あは、あはははは。

 ……い、いやいやいやっ! ちゃんと覚えてるもんね! 
 日常も思い出も、いつも心の中に!

 ……こんなこと言ったが最後、毎日夜に巳鶴さんの前で書かされる羽目になるから本人前にしては絶対言わない。思うだけなら何回だって思えるんだよ。ふふっ。ふふふふ。 

 ……うん。東のお屋敷帰ったら、ちゃんと探して見つからないうちに書こう。


「でも、ほんとうによかったぁ」


 飛びついちゃ駄目って言われたからね。傷口がない頭の付け根部分をそっと撫でて我慢、我慢。

 良かった良かった、良かったねー。

 ……ありゃ? んんんー? なんか、撫でた所が光って、え?


「どうしたの?」
「んっと、ここ……なんでもない」
「え?」


 その光る部分を奏様から見えないように自分の身体で隠しながら、首をブルブルと左右に振る。

 奏様は、んできた水桶みずおけの中で器具を洗いながらジトーッとした目で見てきた。その手を止め、ずずずいっと顔を近づけてくる。


「な、なんでもないよ。なんでもない」
「……雅ちゃん?」
「えっと……ふんふふーん」


 秘儀! 鼻歌誤魔化し!

 グギュルルルル


「……おい。治療はもう終わったんだな?」
「えぇ。終わったわ。後は麻酔が切れるのを待つだけよ」
「なら遠慮はいらねぇなぁ」
「全く必要ないわ」


 拳をパキポキっと鳴らす夏生さんと、それに笑顔で答える奏様。二人に囲まれ、まさしく蛇ににらまれた蛙状態。

 に、逃げたいっ。逃げたいけど、ここからどいたら駄目だから逃げられないぃっ。


「こんの、大馬鹿もんがぁっ!」


 ぎゃっ! ゴリゴリ! ゴリゴリやめてぇ!

 頭を両側から拳で挟まれ、けずり取らんばかりに拳をすんごい力で回される。


「ふ、ふかこうりょくなんですー」
「ぬぁにが不可抗力じゃ! また一ヶ月菓子抜きにされてぇのか!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!」
「脚にしがみつくな! は、な、れ、ろっ!」
「いやだぁーっ!」


 グギュルルルゥオォォン

 身体全部を使って夏生さんの脚に……って、あ。

 奏様が私がどいたことであらわになった疾風の身体の異常をまじまじと見つめていた。

 その奏様の顔は先程までの医薬をつかさどる立場の者としてではない、また別の誰かに似た……巳鶴さん? あれ? 研究者の顔? あれ? これ、大丈夫なやつ? マッドなやつじゃないよね? 奏様だもん。大丈夫だよね?

 ちょっと心配になって、しがみついている夏生さんの顔を仰ぎ見ると、かなり不自然に目をそらされた。

 いやいやいや。さっきまでばっちり目あってましたけど!? なんなら、こっち向けコラって言われかねない勢いで目ぇあってたよね!? あってましたよね!?

 動物虐待ぎゃくたい、絶対ダメー!

 そうだっ! 鳳さんっ! 鳳さんがいるではありませんかっ!

 一人離れた所で様子をうかがっていた鳳さんに片手を伸ばして助けを求める。もちろん疾風救出のためだ。元々疾風は鳳さんのところの子なんだから、こころよく手を貸してくれるはずっ。


「おおとりさぁーん! は、はやてが、はやてがぁっ!」
「……疾風がなんだ?」
「かなでさまが、みつるさんみたいになってるぅ! そんでもって、かなでさまにかいぼうされちゃうぅ!」
「は?」
「えっ?」
「し、神獣を解剖っ!? ちょっ、嬢ちゃんっ、どんな思考回路!? それにっ、ブッ、ククッ、奏、おっま、この嬢ちゃんにどういうイメージ持たれてんだよっ。しかも、みつるさんみたいにって。嬢ちゃんの周り、濃いヤツ多すぎだろ。ククッ。こんなぶっ飛んでるの、一人で十分だってのに、ヒッ、アァー。笑い過ぎて腹がいてぇ」


 鳳さんと奏様の呆れたような声に交じり、自前の翼で器用に浮いている烏天狗のお兄さんがなんでかツボッたらしく、地味に大笑いしている。これぞ天狗笑い……ってそうじゃなくって。


「むぇ?」
「お前はちょっと黙ってろ。分かったか」
「む」


 夏生パパンに怖い顔ですごまれたんで、黙る。黙ります。黙るから、その手を離してくれると嬉しい。ものすごく嬉しい。

 あのね、人間、鼻と口を一気に押さえられれば死ぬって知ってますか? 忘れてるんでしょうか? 忘れてるんですよね? 怒りでもなんでもいいけど、ただ忘れてるだけなんですよね? 殺意はないって思ってていいんですよね?

 ほんのちょっぴりあるとか言われた日には化けてでてやる。どこにって、夏生さんの枕元に。毎日毎日書類の枚数数えてやるから。一枚、二枚……提出書類、十三枚足りませんけどー!ってリアルな枚数叫んでやる。
 十三枚? 綾芽と海斗さんが隠し持ってる書類の数だ。

 一瞬本気でそんなことを考え始めた時、ようやく手が離され、呼吸の自由を得た。

 拝啓、母上様。
 あなたの娘はこちらの世界で今日も元気にしています。呼吸を。
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