ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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在りし日を思ふ

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◆ ◆ ◆ ◆


 昼食を終え、私服から巡回用の服に着替えて愛刀を腰にさす。鏡の前で入念に身だしなみを整えていると、巡回の交代時間がやってきた。

 普段なら担当区域の巡回に行く所だけれど、一般に広く知らされていないとはいえ今は有事の時。南に属する者は皆、仮御所扱いとなっている自分達の屋敷周辺の巡回に回されている。もちろん、南の一員である僕もその例に漏れない。

 しかも、通常は複数での行動が義務付けられているというのに、今は人手が足りない。よって、場所によっては一人のところもある。それが、今。

 ――これはもう、さっさとやれと言われているようなものだね。

 内ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。相手はすぐに出た。


『もしもし?』
「おばあさまですか? 僕です。すみません、なかなか時間がなくて。電話するのが遅くなりました」
『構いません。それで? 状況は?』


 挨拶あいさつもそこそこに、矢継やつばやに問いが飛んでくる。その様子に、少し苦笑がれた。可愛い孫がの内部にもぐり込んでいるんだから、連絡が取れなかったことを少しは心配してくれてもいいと思うんだけどなぁ。
 いくら一人だけではないとはいえ、 あつかいが雑すぎる。おばあさまでなかったら、きっと山ほど文句を言っていたに違いない。

 とはいえ、今はそのおばあさまが電話の相手。言いたいことをぐっとこらえた。


「ご安心ください。順調そのものですよ」
『そう。ならいいわ』


 ほっと息をつくのが電話越しにも聞こえてくる。どうやら大層ヤキモキさせてしまっていたらしい。

 まぁ、使役しえきしていたモノが呼んでも姿を見せなくなったと報告して以来の連絡だ。だから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。くさびが解けて逃げ出したか、はたまた誰ぞに捕らえられたか。おばあさまは後者ではないかとずっと案じていらっしゃるようだし。

 でも、そんなに心配なさらずともいいだろうに。こっちは複雑な術式を幾重いくえにもかけて僕達のことをしゃべられないようにしているんだから。よほどドジをまない限り、僕達まで辿たどるのは不可能というもの。

 ただ、確かに、アレがいなくなって不便ではある。戦闘には全く向かないけれど、監視カメラ的に使えて、それなりに重宝ちょうほうしていた。代わりを探そうにも、こう忙しいと行動範囲がしぼられてしまって、なかなかそうもいかないし。


『それにしても、狩野家も実にタイミングよく動き出してくれたわね。この際、彼らにはそのままおとり役になってもらいましょう。そちらに気をとられているうちに』
「必ずや、我らが悲願を果たすように、でしょう?」
『……分かっているのだったら、早く良い知らせを持ってきて欲しいのだけど。そんな同胞どうほうごっこにかまけているひまがあるなら』
「嫌だなぁ。僕は彼とおばあさま達とのパイプ役と、諸々もろもろの情報収集のためにここにいるんですよ? 最低限親しくしておかないと、必要な情報が手に入らないじゃないですか」


 それを同胞ごっこだなんて。実に心外だなぁ。
 狩野家の他に人外のめ事も持ち込まれて、その辺りを探るのに随分ずいぶん難儀なんぎしているっていうのに。

 でも、悪いことばかりというわけでもない。
 騒動そうどうの余波を受けて南にやってきたあの子のおかげで、人外の美しさを持つモノ達を間近で鑑賞できたしね。……あぁ、今思い出しても、あれは本当に素晴らしかった。許されるならば、そばでもっとじっくりしっかり見ていたかった。できれば、二人だけで写真撮影と連絡先の交換も。
 ――が、彼女はダメだ。あの鬼の。彼女は危険すぎる。あの美しくも可憐かれんな口からあんなみにくい言葉が出たなんて、いまだ持って信じられないし思い出したくもない。美しい花にはとげがあるというけれど、あれは棘なんて可愛らしいものだけではなくて猛毒もうどく付きだ。


『……ち?』


 そこでようやく、おばあさまから何度も呼ばれていたことに気づいた。あわてて返事をすると、返事が遅れたことはさして気にしていないようだった。いいこと?と言って、話が続けられる。


『彼がやろうとしていることを事前に察して、その邪魔だけは決してしないように。いいですね?』
「えぇ、分かってます」


 と言っても、不安要素がいくらか。
 あの鬼の男と、あの子――東で保護されている可愛らしい童神。彼らがどう動くかで計画を適宜てきぎ修正しなければ。特に、あの鬼の男は狩野家にも手を貸していることだし。今のところ、あちらの計画が上手い目くらましになっているから構わないけれど。

 それにしても、あの子――チビちゃん。
 前に一時期滞在していた時にも思っていたけれど、本当に。


「……ふふっ」
『なんですか? 急に笑いだしたりなんかして』
「あぁ、いえ。ちょっと、今朝がた偶然小耳に挟んだ話を思い出しまして」
『話?』


 人気ひとけがないとはいえ、なんの手段も講じずに話すものだから、彼らの会話につい聞き耳を立ててしまった。おかげで、影武者だの替え玉だの、なんともぶっ飛んだ単語を聞かされてしまった。


「彼と可愛かわいらしいお客様との会話です。何も知らないということが、こうも事実誤認を招けるのかと」


 それにしても、みことのりのことは重要な秘密のはず。冷静沈着な彼らしくもない。それとも、彼の中でこの秘密は既に秘密という位置づけでなくなりかけている?
 
 口元に浮かんだ笑みの形が、スッと消えるのが自分でも分かった。

 ……いいや、彼や陛下、綾芽さんが生き続ける限り、それはない。未来と今は違う。今起きていないことが未来でも起きないとは限らないし、狩野家とはまた違った毛色の欲を出すモノが出てこないとも限らない。 

 厄介やっかいなんだ。覇権はけんからんだ、国の上層部にいる者の欲というものは。まったくもって醜いこと、この上ない。

 ……だからこそ、いっそ国の体制ごと作り替えるべきだろう。
 二十二年前、僕らの祖国そこく侵略しんりゃくし、併合へいごうした時のように。一部の王族や、高官達の首を問答無用で切り捨て、げ替えて。

 そうすれば、もっと良い国ができるのだろう? する側は良くて、される側は嫌だなんて、今時そんな道理が通用しないこと、子供だって知っている。

 ゆえに、それを行動に移し返し、げることは“悪”でもなんでもない。
 なにせ、不当におとしめられ続ける同胞の雪辱せつじょくを晴らすのは、あの国の王族に与えられる草花そうかの名を持つ者として当然の責務でもある。それは傍系ぼうけいの僕より、直系の彼が誰よりも理解しているはず。

 でなければ困る。長い間傍にいて情が移ったとしても、悲願の前では吹けば飛ぶ程度の関係性であってもらわなくては。

 まぁ、そう思う僕とて、十年前、自分の両親を始めとして、大勢の高官達を一夜にして焼き殺した陛下のことは嫌いじゃない。その高官達は全て二十二年前の侵略に関わった者だったし。残念ながらどういう考えでのことなのかは分からないけれど、よくやってくれたとさえ思うよ。
 ただ、あの事件で茉莉まり様もえでお亡くなりになられてしまった。それだけは今だに悔やまれてならないね。あの御方は故国ここくに戻るべき御方だったのに。

 ……だから、嫌いじゃないからこそ、ある程度は配慮はいりょしようとも思ってる。

 美しい主従愛は実に好ましいけれど、最後に待つのは裏切りの先の別れ。
 せめて、“最期”は彼らの望む形でむかえさせてあげたいというのが、僕のいつわらざる気持ちなんだ。

 ……あぁ、本当に、なんて優しいんだろう。
 この気持ちを直接彼らに伝えられないのが、実に残念極まりないよ。


『……どうでもいいけれど、目立つことだけはひかえなさい』
「あぁ、おばあさま。そうしたいのはやまやまですが、それは難しいでしょう。今までこなしてきたどんなご命令よりも難易度が高い」
『何故?』
「何故って、……そりゃあ、僕の外見と内面の美しさは隠そうと思っても隠れるものではありませんから!」


 それに、美しいだけでなく、優秀でもあるんですよ?
 でなければ、所属する南だけでなく、西の連中も懐柔かいじゅうし、あやつることなどできません。上手く立ち回ることも。

 事実、西の連中が立て続けに不審な行動をとるおかげで、幹部達は裏切り者が西の誰かではないかと疑っているでしょう? だからこそ、任務から一時的に外している。この人手不足の時にでさえ。

 それになにより、僕はよくナルシストとは言われますが、僕の持つ内外の美しさや優秀さ自体を否定されたことは一度もありません! えぇ、一度もね!


『……お前のその自己愛精神、本当にどうにかならないものかしらね』
「自己愛などではありません。僕ほど美しいもの好きではないとはいえ、皆もそうでしょう? つまりそういうことです」
『何が“つまりそういうこと”ですか。まったく。自己評価のみではなく、あくまでも他者からの評価込みで自覚しているだけだとでも?』


 さすが、おばあさま。その通りです。

 そう間髪かんはつ入れず口にしたら、おばあさまはとうとうだまり込んでしまわれた。


「それじゃあ、また何か進展がありましたらご連絡します」
『……えぇ。いい知らせを待っていますよ』


 プーップーッと単調な機械音が、電話が切れたことを告げる。
 画面に表示された通話時間は五分少々。巡回にもさわりがない。


「さて、と。敬愛けいあいする我らがあるじのため、引き続き頑張るとしようかな」


 今朝がたはあんなに綺麗な朝焼けが見れたというのに、今はすっかり雲におおわれている。それでも、着実に近づくその時に、足取りも普段より軽く感じられた。
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