色無し薬師の初恋

香山

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魔力の強さは髪色の濃さに出る。
そんな世界で僕は、白い髪を持って生まれてきた。
誰しもが魔力を持つこの世界で、全くの色無しは悪魔の愛し子だと忌み嫌われている。



「おなか空いたな……」

屋根裏の自室で口にした言葉は誰の耳にも届かず、空中に溶けた。
自作のポーションを呷る。これがあるから死ぬことはないが、流石にそろそろ固形物が欲しい。
厨房に行けば何かあるだろうが、この時間は人が居るから行きづらい。
夜中に何か探しに行こう。
そう決意して僕は実験台へ向かった。


僕の生家であるヘッドリー伯爵家は代々魔力が多く、伯爵家ながら優秀な魔術師や魔術薬師を輩出する家として一目置かれている存在だ。
優秀な魔術師である父と母。
そして天才魔法薬師と名高い兄。
その3人であれば、さぞ理想的な家族だっただろう。
その理想を歪めたのは僕だ。
母は僕を産むのと引き換えに亡くなった。
こんな色無しの僕を見ずに済んで良かったと言えるかもしれない。
後に残ったのは優秀な父と兄と出来損ないの僕。
完璧な家族は歪な形になってしまった。

父は魔術塔にこもり、ほとんど帰ってこない。
偶に帰ってきて顔を合わせても、苦々しい顔をするだけだった。
使用人たちも僕の白い髪を不吉に思い、遠巻きに見てくる。
家庭教師は一応いたけど基礎知識についてのみで、家の恥になるからと学校は行かせてもらえなかった。

この家で僕と普通に接してくれるのは、兄であるマドック兄様だけだった。
マドック兄様は魔法薬師として王都では知らないものはいないと言われているらしい。
美しい青の髪をもつ美青年天才薬師だと、新聞でも度々取り上げられていた。
優しく才能豊かな兄様。
対して、忌まわしい色無しで学校にすら行っていない僕。
こんな僕でも生きる事を許されているのは、多少魔法薬を作る能力があるからだろう。

学校に行かなかった僕は、家にある書庫に籠ることが多かった。
そこには魔法薬に関する書物が沢山あり、僕は独学でそれを学んだ。
その頃の僕は既存の魔法薬をどう改良すればより効果が高まるかを考えるのが好きだった。
それを纏めたノートが偶然兄様の目に入り、研究を勧めてくれたから、今の僕がいる。



「ノア、ちょっと良いかい?」

マドック兄様だ。急いでドアを開ける。

「はい、兄さ——」
「呼び方。気をつけてと言ったよね?」
「失礼しました、マドック様」

しまった。心の中での呼び方がつい口に出てしまった。

「これはノアの為でもあるんだよ。私の弟が色無しだなんて知られたら薬の売れ行きも悪くなるからね」

僕みたいな色無しの薬が売れているのは、兄様が名義を貸してくださるからだ。
僕の名義で出したところで僕は人前に出れないし、もし出たとしたら気持ち悪がって誰も見向きもしないだろう。

「で、例の薬の進捗はどうだい?」
「はい、理論は解けましたのであとひと月もあれば完成するかと」

例の薬、とは獣人のつがいを解消する為の薬だ。
人間と違い、獣人には番という特別な関係がある。
番同士が出会うと、フェロモンの効果で感情に関わらず好意を持つようになるらしい。
獣人同士であれば互いに気付けるが、番が人間の場合、人間はそれに気付けない。
人間の恋人を持つ獣人が、番が見つかったからと急に別れを告げたり、番相手の人間を無理矢理手籠にしたり、逆に人間が偽のフェロモンを使い関係を強要するなど社会問題になっていた。
僕は——正確には兄様が、だが——国からの要請を受けて、薬の開発を急いでいる。

簡単に進捗を報告すると、兄様は軽く頷いた。

「今日は屋敷にラルフ・フォーブス様が来る。お前の作ったハイポーションについて、いくつか聞きたいことがあるようだ。対応しなさい」

来客の対応は普通兄様が行う。僕が開発した薬については毎回資料にまとめて説明している為、兄様もなぜその効果が出るのか、などの理論面まで理解している筈だ。
しかし最近開発したハイポーションは作り方が複雑で、僕の説明の仕方が悪かったのもあり、正しく伝えることが出来なかった。
こういった薬は偶にあり、それに対しては僕が対応することになっている。

「分かりました」

今日の来客について思案する。
ラルフ・フォーブス様……僕も聞いた事がある。
先の戦争で武勲をあげ、戦争の短期間での終結に貢献したと聞く。
国王の覚えもめでたく英雄とも呼ばれるその人は、帰ってくるなり第四騎士団団長に任命された有名人だと新聞に書いてあった。

「フォーブス様は魔法薬に造詣が深い。くれぐれも粗相しないように。それから——」
「分かっています。マドック様の手柄を横取りする様なことはしません」

ほとんどの薬の作り方を考案したのは僕だが薬が広く流通しているのは兄様のお陰だ。
僕は何もしていない様なもの。
この家に住まわせてもらえ、薬の研究までさせて貰えている恩を返す分にも足りない。

兄様を見送ると僕は持っているものの中で一番状態の良いローブを身につけた。
穴が空いていない事を確認し、フードを深く被る。
そのまま応接間へ行き、来客を待った。


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