悪役公爵令嬢に転生した話

ルイ

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一章 婚約破棄の序曲

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 王宮の廊下を歩く私の足音が、静かに響く。
 昨夜の茶会で得た情報を整理しながら、私は王太子アレクシスの執務室へと向かっていた。

(婚約破棄はもう時間の問題……なら、こちらも準備を整えておかないとね)

 王宮の貴族たちの視線が、以前とは微妙に変わってきていることに気づいていた。
 以前は私を「王太子妃となるべき存在」として扱っていた者たちも、今は「もうすぐ婚約を破棄される公爵令嬢」として観察している。

(でも、私は王太子妃という立場にしがみつくつもりはないわ)

 問題は、婚約破棄の後。
 ――私がどう動くか、それが重要なのだ。

 ***

「レティシア・ヴェルネ公爵令嬢がお見えです」

 侍女が執務室の扉をノックすると、中から低い声が返ってきた。

「入れ」

 扉が開かれ、私は静かに部屋へと足を踏み入れる。

 アレクシスはデスクの前に座っていた。
 金髪碧眼の整った顔立ちに、冷静さを装った表情。

 だが、以前とは違う。
 彼は私を見ても、もう何の感情も抱いていないような目をしていた。

(……もう、決心はついているのね)

 ならば、こちらも覚悟を決めるだけ。

「お久しぶりですわ、殿下」

「ああ……久しぶりだな、レティシア」

 以前なら、形式的でも「会えて嬉しい」と言っていた彼が、今はただの挨拶だけ。
 こうまで露骨に態度を変えられると、むしろ呆れるしかない。

「何か、ご用件がありましたか?」

 私は静かに尋ねる。

 すると、アレクシスは少し視線をそらしながら、言葉を選ぶように口を開いた。

「……近々、公式の場で発表をする」

(来たわね)

 間違いなく、「婚約破棄」のこと。

 エミリアを庇う彼の態度、そして貴族たちの動きから見ても、もう決定事項なのだろう。

 けれど、私は眉ひとつ動かさず、微笑みを浮かべたまま言った。

「そうですか。それは何よりですわね」

「……驚かないのか?」

 アレクシスが、初めて僅かに動揺を見せる。

 彼はきっと、私が必死に縋ることを想定していたのだろう。
 もしくは、怒りを露わにして反論するとでも?

(残念ね、殿下。私は貴方が思うような女ではないのよ)

「いいえ、殿下が決められたことなのですから、私が驚く理由などございませんわ」

 私は、にこりと笑う。

 それが彼の予想外だったのか、アレクシスは僅かに口を開いたまま、何か言いかけて――結局、何も言わなかった。

 ***

 執務室を出た私は、王宮の廊下を歩きながら考える。

(さて、これで婚約破棄が確定したわけだけれど……)

 私がどう動くかによって、社交界の対応も変わる。

 もし、私がここで「王太子妃の座」に未練を見せれば、それこそ社交界の笑い者。
 だが、堂々としていれば、「ヴェルネ公爵家の令嬢」としての立場は揺るがない。

(婚約破棄されたところで、私の価値が変わるわけじゃないわ)

 むしろ、王太子の選択を「軽率なものだった」と思わせるほうが大事。

(そして……少しずつ、ざまぁの準備を始めないとね)

 婚約破棄の舞台が整い始めた今、私の反撃も始まろうとしていた。

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