悪役公爵令嬢に転生した話

ルイ

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一章 婚約破棄の序曲

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 王宮の廊下を歩きながら、私は周囲の視線を感じていた。
 以前は「未来の王太子妃」としての敬意を持って見られていたのに、今は何かを探るような目。
 ――まるで、処刑を待つ囚人を観察するような視線だ。

(本当に分かりやすいわね)

 彼らが気にしているのはただ一つ。
 王太子アレクシスが、いつ正式に私との婚約を破棄するか。

 そして私は、その時が来るのを静かに待っていた。
 待っていると言っても、何もしないわけではない。
 むしろ、これからが本番なのだから。

***

「お嬢様、そろそろ社交界の茶会へのお誘いが減ってきました」

 屋敷に戻ると、侍女のクラリッサがそんな報告をしてきた。

 貴族社会において、茶会への招待状は「その者が持つ価値」の指標ともいえる。
 それが減るということは、すなわち私が「次期王太子妃ではなくなる」ことを見越して、距離を置こうとしている者がいるということ。

(まぁ、予想通りね)

 アレクシスがエミリアに傾いていることは、もはや公然の事実。
 婚約破棄が正式に発表される前に、私との関係を整理しようとする者が出るのも当然だ。

「……面白いわね」

「お嬢様?」

「いいえ、ただ少し、興味深いだけよ」

 私は微笑む。

 人間とは分かりやすいものだ。
 利益があるうちは媚びへつらい、損になりそうならさっさと手を引く。
 だが、そんな浅はかな者たちばかりではない。

「クラリッサ。逆に、私を茶会に招待した貴族たちは?」

「ええ、数は減りましたが、それでもお誘いをくださる方々もおります」

 クラリッサは数名の名を挙げる。
 その中には――カイル・フェルナー侯爵家の名前もあった。

(やっぱり、カイルはまだ私を見限っていないのね)

 彼は頭の回る男だ。
 何も考えずに私を招待するはずがない。

(つまり、まだ「私には価値がある」と見ているということね)

 それがどういう意味なのかは、もう少し情報を集めてから判断するとしよう。

***

 その翌日、私は久しぶりに王宮の舞踏会へと顔を出した。

 周囲の貴族たちは、私が現れたことに驚いたような表情を見せる。
 無理もない。

 「婚約破棄される令嬢」が、公の場に堂々と現れることなど、普通はありえないから。

(だからこそ、私はこうして姿を見せるのよ)

 惨めに隠れていると思われるくらいなら、堂々と舞台に立つ。
 それが、私という人間の在り方だから。

「レティシア様、ごきげんよう」

 声をかけてきたのは、ミレーユ・グランフォード侯爵夫人。
 先日の茶会を開いた女性だ。

 彼女は微笑みながらも、探るような目をしていた。

「ごきげんよう、ミレーユ侯爵夫人。素晴らしい舞踏会ですわね」

「まぁ、ありがとうございます。……それにしても、レティシア様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」

「私が来てはいけませんでしたか?」

「そんなことはございませんわ。ただ、最近の噂を考えますと……」

 言葉を濁しながらも、彼女が言いたいことは分かる。

(要するに、「エミリア様に王太子を奪われたのに、あなたはまだここにいるの?」ってことね)

 私は優雅に微笑んだ。

「噂というのは、面白いものですわね。真実とは限りませんのに」

 少し意味深に言うと、侯爵夫人は僅かに目を細めた。

(どうするのかしら? 私に賭ける? それとも見捨てる?)

 彼女のような社交界の重鎮にとって、誰につくかは重要な問題だ。
 少なくとも、まだ「私を完全に見放す」とは決めかねているのだろう。

***

 そんな駆け引きをしていると、突然、場の空気が変わった。
 貴族たちの視線が、一斉に舞踏会の入り口へと向く。

(来たわね)

 私は振り返る。

 そこに立っていたのは――

 王太子アレクシス。そして、エミリア。

 彼は漆黒の礼服を纏い、その隣には、純白のドレスを着たエミリアが寄り添っていた。

(なるほどね)

 この場で「二人が並んで登場する」というのは、すでに「王太子の意志を明確に示す行動」にほかならない。

 舞踏会の音楽は続いている。
 だが、そこにいる貴族たちの目は、全員が彼らに釘付けになっていた。

 そして、アレクシスの視線が――私を捉える。

(この場で、正式に婚約破棄を言い渡すつもり?)

 それなら、それでいい。
 私にとっては「想定の範囲内」よ。

 問題は、この舞台をどう使うか。

 私は、何の動揺も見せず、ゆっくりとグラスを持ち上げる。

(さぁ、始めましょうか)

 ――婚約破棄の幕が、上がる。

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