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お見舞い
見失ってはいけないこと
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職場への婚約宣言もあって、周りからの目もあるし、何より私、温和からもらった指輪をしてるからかな。
左手薬指にリングがあるだけで私自身かなり気持ちが引き締まって、そういうのが彼女にも伝わったように思うの。
一度だけ、「音芽ちゃん、幸せにならないと許さないからね」って、すれ違いざまに声を掛けられたことがある。
すぐに「川越先生!?」って声を掛け直したけど、彼女は振り向かずに手を振って行ってしまった。
あれ以来、川越先生は明らかに単なる“同僚のひとりとして”接してくださるようになったの。
温和もそう言う変化を感じ取ったのか、必要以上に川越先生に対して警戒することがなくなったように思う。
***
「だったら就業後、鶴見先生のところへ見舞いに行くつもりでいてください」
鶴見先生が入院してから随分経ってしまっている。
温和は彼が事故に遭った直後に、取り乱した逢地先生とともに彼の入院の手筈を整えたと聞いている。
その時に鶴見先生に意識があったかどうかは確認していないけれど、それを横に置いても、同じ2年部で純粋に1度も病院へ行けていない薄情者は私だけだ。
でも私、どんな顔をして鶴見先生に会ったらいいんだろう。
考えてみたら、鶴見先生と最後に会ったのはあのパンケーキデートの日――カナ兄が彼に手痛いお仕置きをして以来だ。
めちゃくちゃ気まずいよ。
「鳥飼先生ちょっと……」
私、気付かず眉間にシワを寄せてしまっていたらしい。
その様子に気付いた温和が、廊下の方に付いてくるように目配せしてきて。
私はそろそろと席を立って彼の後ろに付き従った。
廊下に出て少し歩いて、周りから死角になった職員用下駄箱のところまで来ると、
「音芽――」
プライベートの時のように下の名で呼びかけられて、頭にポン……と軽く手を載せられた。
「最後に会った日、鶴見に酷いことをされたのはお前の方なんだからな?」
そこで一旦言葉を止めて、
「――それを見失うな」
声を低めてそう言ってから、柔らかい声音で続けてくれる。
「だからな、音芽。今までお前が見舞いに行かなかったのだって、仕方のないことだとあっちだって心得ているはずだ。――音芽が気に病むことなんてひとつもないんだ。分かったな?」
言って、頭を優しく撫でてくれた。
「温和……」
温和は私の考えていることなんて、全部お見通しなんだ。
そう思ったら、目尻にじんわり涙が滲んだ。
「泣くな」
ギュッと彼の胸に顔を押し当てるように片腕で抱きしめられて、私は「メイク崩れちゃうよ」って小さく抗議した。
温和、有難う。大好き。
そう、思いながら。
左手薬指にリングがあるだけで私自身かなり気持ちが引き締まって、そういうのが彼女にも伝わったように思うの。
一度だけ、「音芽ちゃん、幸せにならないと許さないからね」って、すれ違いざまに声を掛けられたことがある。
すぐに「川越先生!?」って声を掛け直したけど、彼女は振り向かずに手を振って行ってしまった。
あれ以来、川越先生は明らかに単なる“同僚のひとりとして”接してくださるようになったの。
温和もそう言う変化を感じ取ったのか、必要以上に川越先生に対して警戒することがなくなったように思う。
***
「だったら就業後、鶴見先生のところへ見舞いに行くつもりでいてください」
鶴見先生が入院してから随分経ってしまっている。
温和は彼が事故に遭った直後に、取り乱した逢地先生とともに彼の入院の手筈を整えたと聞いている。
その時に鶴見先生に意識があったかどうかは確認していないけれど、それを横に置いても、同じ2年部で純粋に1度も病院へ行けていない薄情者は私だけだ。
でも私、どんな顔をして鶴見先生に会ったらいいんだろう。
考えてみたら、鶴見先生と最後に会ったのはあのパンケーキデートの日――カナ兄が彼に手痛いお仕置きをして以来だ。
めちゃくちゃ気まずいよ。
「鳥飼先生ちょっと……」
私、気付かず眉間にシワを寄せてしまっていたらしい。
その様子に気付いた温和が、廊下の方に付いてくるように目配せしてきて。
私はそろそろと席を立って彼の後ろに付き従った。
廊下に出て少し歩いて、周りから死角になった職員用下駄箱のところまで来ると、
「音芽――」
プライベートの時のように下の名で呼びかけられて、頭にポン……と軽く手を載せられた。
「最後に会った日、鶴見に酷いことをされたのはお前の方なんだからな?」
そこで一旦言葉を止めて、
「――それを見失うな」
声を低めてそう言ってから、柔らかい声音で続けてくれる。
「だからな、音芽。今までお前が見舞いに行かなかったのだって、仕方のないことだとあっちだって心得ているはずだ。――音芽が気に病むことなんてひとつもないんだ。分かったな?」
言って、頭を優しく撫でてくれた。
「温和……」
温和は私の考えていることなんて、全部お見通しなんだ。
そう思ったら、目尻にじんわり涙が滲んだ。
「泣くな」
ギュッと彼の胸に顔を押し当てるように片腕で抱きしめられて、私は「メイク崩れちゃうよ」って小さく抗議した。
温和、有難う。大好き。
そう、思いながら。
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