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(10)信武の彼女

ボイスレコーダー

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 自信満々な不敵な笑みと、無骨でガサツな触れ方しかしてこない信武しのぶとは明らかに違う〝不破ふわらしい〟アレコレに、日和美ひなみは目の前にいるのは不破さんだ!と確信してほろりと涙を落とす。

 信武が記憶を取り戻してしまった今。
 大好きな不破には、もう二度と会えないと思っていたから。
 再会できたことが嬉しくてたまらないと言ったら、少々大袈裟が過ぎるだろうか?


 日和美は自分の手を包み込む不破の手にもう一方の手を重ねると、彼の柔らかな眼差しをうっとりと見つめ返して、「はい、喜んでお受けいたします」とうなずいていた。

 日和美が首肯しゅこうした途端、不破が嬉しそうににっこり微笑んで。
 まるで感極まったみたいに日和美をその腕にギュウッと抱き締める。

 そうしてそのまま――。



「今、の申し出に『はい』って言ったよな? その言葉、忘れんなよ?」

 とか。

 今のは絶対信武さんの方ですよね!?

「えっ!?」

 不破に扮していた(?)らしい信武の罠にまんまと掛かってしまったのだと日和美が気付いた時には後の祭り。

 信武はスーツのポケットからボイスレコーダーを取り出すと、日和美の前で再生してみせる。

 ――彼女になってください。
 ――はい。

 そこのところばかりを何度も何度もリピートされて、日和美ひなみはガッツリ信武しのぶに捕まえられたまま、わなわなと肩を震わせた。

「ひ、卑怯ですっ! 私、不破ふわさんだと思ったからつい……」

 そう。確かに日和美は再度豹変した彼に向って「不破さん?」と問いかけたのだ。

 それなのに、酷い――!

 そう言い募った日和美に、信武は自信満々な様子で「けど俺、それに対して『はい』だなんて一言も言わなかったと思うんだけど?」と言い返してくる。

 そうして差し出されたボイスレコーダーで該当箇所を再生された日和美は、がっくりと肩を落とした。

 確かにレコーダーに録音された音声データ上では、日和美の問いかけに対して〝不破さんもどき〟は何も応答してはいなかったから。

 思い返せば、彼はうなずいたりもせず、ただ口の端にの優しい笑みを浮かべただけ。

 種明かしをされたあとでかえりみれば、絶対計算づくでやったとしか思えないアレコレだったけれど、日和美はまんまとそれに乗せられてしまったのだ。

(私のバカっ!)

 そう心の中で自分の浅はかさをののしったけれど、後の祭り。

 日和美は期せずして信武の彼女という立ち位置を手に入れてしまった。
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