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1.しつこく言い寄ってくる男
相良京介
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「おう、子ヤギ、こんなトコで何してる? お前、仕事の時間が迫ってんじゃねぇのかよ」
中から声を掛けてきたのは、芽生が小学生の頃から見知った男――相良京介だった。
芽生は、目の前にいる細波の存在も忘れたみたいにくるりと向きを変えると、縁石の上にピョンッと飛び乗った。そうして車の窓枠に手を突いて、スーツ姿のいかにも堅気とは程遠い雰囲気の京介に「京ちゃん!」と嬉し気に微笑みかける。
車内からは温かな空気とともに、大好きな人の煙草の香りと、上品な香水の芳香が漂ってきた。
「バカ、お前、不用意に触んなよ。手垢がつくだろ」
「車のことなんて気にしないくせに」
ふふっと笑った芽生に、京介は小さく吐息を落とすと、「ついでだし、乗ってくか?」と問い掛けてくる。そうしながら、ジロリと芽生の背後に佇んだままの男――細波を睨みつけた。
細波は京介の牽制にチッと舌打ちをすると、「じゃあ芽生ちゃん、また会いに行くね」と捨て台詞を吐いて立ち去る。
「京ちゃんってば……乗っていくほどの距離じゃないの分かってるくせに」
芽生の職場はここから徒歩三分足らず。そこの常連客である細波もそれを知っていたから、あからさまに自分から芽生を遠ざけようとした京介を忌々し気に睨んだのだろう。
「だったら放置してそのまま通り過ぎた方が良かったか?」
「まさか!」
芽生はニコッと微笑むと、「乗せて?」と京介にせがんだ。
相良京介は芽生が赤ちゃんの時から十八歳まで世話になった児童養護施設『陽だまり』によく来てくれていた〝チューリップのおじさん〟だ。
京介の来訪は芽生が赤ちゃんの頃からというわけではなく、芽生の記憶が正しければ彼女が十歳になった辺りからの付き合いになる。
京介、実際には彼の友達で施設運営に大きく貢献してくれていた男――長谷川建設社長・長谷川将継の〝付添人〟として来訪していただけらしいのだが、芽生には長谷川社長より相良京介の方が魅力的に見えたのだ。
今思えばあの頃京介はまだ二十代の半ばで、〝お兄さん〟と呼ぶべきだっただろう。けれど小さい子たちがこぞって長谷川社長を「はせがわのおじさん」と称していたから、つい芽生も京介のことも「おじさん」と言ってしまっていた。
「そう言えば京ちゃん、なんでいつも私にチューリップの花をくれてたの?」
旬は春頃のはずのチューリップの花を、何故か京介は年がら年中訪問するたびに芽生にくれたのだ。
一見怖そうに見える京介が、いつも皆から離れて自分に寄ってくる芽生にだけ『特別だぞ?』とウインクをしながらこっそりくれる一輪のチューリップの花が、実は結構楽しみだった。
「あー? 別に深い意味はねぇよ。お前があんまり物欲しそうな顔してたからやっただけだ」
京介はいつもこんな風に素っ気ない態度を取るけれど芽生は彼がその言動とは裏腹、とても優しいことを知っている。
他の子達は長谷川社長にばかり懐いていたけれど、芽生は……芽生だけは、園庭の隅っこでこっそり煙草をふかしている彼のことが大好きだった。今思えばあれは初恋だったんだと思う。
中から声を掛けてきたのは、芽生が小学生の頃から見知った男――相良京介だった。
芽生は、目の前にいる細波の存在も忘れたみたいにくるりと向きを変えると、縁石の上にピョンッと飛び乗った。そうして車の窓枠に手を突いて、スーツ姿のいかにも堅気とは程遠い雰囲気の京介に「京ちゃん!」と嬉し気に微笑みかける。
車内からは温かな空気とともに、大好きな人の煙草の香りと、上品な香水の芳香が漂ってきた。
「バカ、お前、不用意に触んなよ。手垢がつくだろ」
「車のことなんて気にしないくせに」
ふふっと笑った芽生に、京介は小さく吐息を落とすと、「ついでだし、乗ってくか?」と問い掛けてくる。そうしながら、ジロリと芽生の背後に佇んだままの男――細波を睨みつけた。
細波は京介の牽制にチッと舌打ちをすると、「じゃあ芽生ちゃん、また会いに行くね」と捨て台詞を吐いて立ち去る。
「京ちゃんってば……乗っていくほどの距離じゃないの分かってるくせに」
芽生の職場はここから徒歩三分足らず。そこの常連客である細波もそれを知っていたから、あからさまに自分から芽生を遠ざけようとした京介を忌々し気に睨んだのだろう。
「だったら放置してそのまま通り過ぎた方が良かったか?」
「まさか!」
芽生はニコッと微笑むと、「乗せて?」と京介にせがんだ。
相良京介は芽生が赤ちゃんの時から十八歳まで世話になった児童養護施設『陽だまり』によく来てくれていた〝チューリップのおじさん〟だ。
京介の来訪は芽生が赤ちゃんの頃からというわけではなく、芽生の記憶が正しければ彼女が十歳になった辺りからの付き合いになる。
京介、実際には彼の友達で施設運営に大きく貢献してくれていた男――長谷川建設社長・長谷川将継の〝付添人〟として来訪していただけらしいのだが、芽生には長谷川社長より相良京介の方が魅力的に見えたのだ。
今思えばあの頃京介はまだ二十代の半ばで、〝お兄さん〟と呼ぶべきだっただろう。けれど小さい子たちがこぞって長谷川社長を「はせがわのおじさん」と称していたから、つい芽生も京介のことも「おじさん」と言ってしまっていた。
「そう言えば京ちゃん、なんでいつも私にチューリップの花をくれてたの?」
旬は春頃のはずのチューリップの花を、何故か京介は年がら年中訪問するたびに芽生にくれたのだ。
一見怖そうに見える京介が、いつも皆から離れて自分に寄ってくる芽生にだけ『特別だぞ?』とウインクをしながらこっそりくれる一輪のチューリップの花が、実は結構楽しみだった。
「あー? 別に深い意味はねぇよ。お前があんまり物欲しそうな顔してたからやっただけだ」
京介はいつもこんな風に素っ気ない態度を取るけれど芽生は彼がその言動とは裏腹、とても優しいことを知っている。
他の子達は長谷川社長にばかり懐いていたけれど、芽生は……芽生だけは、園庭の隅っこでこっそり煙草をふかしている彼のことが大好きだった。今思えばあれは初恋だったんだと思う。
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