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28.初めての夜
明日からしっかり現実に向き合っていけるように
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***
「――それ、本当?」
想の言葉がにわかには信じられなくて、結葉は想をじっと見詰めた。
発した声が震えていたのは気のせいじゃない。
「ああ、お前の旦那から直接言われたから間違いねぇよ」
そんな結葉に小さく吐息を落とすと、想はスッと居住まいを正した。
そうして結葉を真っ正面から見据えると、「俺、お前のこと、御庄さんから頼まれたんだ」と明言してきて。
その言葉に、結葉は「え……?」と思わず想を見上げてしまう。
「お前、ほとんど何も持たずに出たはずだから……必要なものを揃えてやってくれって。金も出すからって……。すげぇ真剣に頼まれた」
そこで想は結葉からフイッと視線をそらせると、「金に関しては即行で断ったけど……多分引き下がってはくれないだろうなって思う」とこぼした。
「な……んで?」
結葉は言葉を発するたび、自分の声が震えているのが分かったけれど、どうしようもなくて。
小刻みに震える手をギュッと力を込めて押さえ込もうとする。
「近いうちにな、うちの会社の方にお前の旦那から……その……あ、あるものが届くことになってんだ。それと一緒に小切手送るって言ってた……から」
想が、自分の反応をうかがいながらひとつひとつ言葉を慎重に選んでいるのが分かった結葉だ。
偉央から送り付けられてくるものを拒否することは出来ないと言外に含ませた想に、小切手はともかく、〝あるもの〟は受け取り拒否してはいけないものなのかな?と結葉は思って。
「ねぇ想ちゃん。あるものって……何? 偉央さんから何が届く予定なの?」
結果、あるもの、と濁された部分が結葉には逆に凄く気になってしまった。
想が自分を気遣ってくれて、わざわざそこを伏せようとしてくれたのは重々承知している。
その上で。
それでもやっぱり自分のことだから。
結葉はそこをちゃんと聞かないといけない、と思ったのだ。
「……ん……け……」
ボソッとつぶやかれた言葉がうまく聞き取れなくて、結葉は想の手にそっと触れる。
「想ちゃん。私、大丈夫だから。……お願い。ハッキリ言って?」
***
想は、まるで先をうながすように自分の手に触れてくる結葉をじっと見つめると、己れの中にある躊躇いを吐き出すように小さく吐息を落とした。
そうして結葉の真剣さに応えるように「離婚届」と、今度こそちゃんと結葉に聞き取れるよう明瞭に告げる。
「離、婚……届……?」
想の言葉を、結葉が抑揚のあまり感じられない声音で復唱するのを見て、想は慌てて言い募らずにはいられなかった。
「あ、あのな。提出するもしないもお前に任せるって……御庄さんからはそう申し添えられてっから。その、お前が納得いくまでは出す必要ねぇと思う」
――最悪出さないという選択肢だってあるぞ?と思ったけれど、それは何となく言えなかった想だ。
実際、書面だけで数年間連れ添った伴侶との縁を切るなんて、きっと結葉には無理な話だろう、と想は思う。
「旦那とちゃんと話し合いたいって言うなら、それもありだと思うし。もし一人で行くのが怖いってんなら俺、いくらでも付き合うぞ……? あ……俺じゃ不安だってんなら家裁とか介して……弁護士とか調停委員とか……そういうちゃんとした人に間に入ってもらうんでもいいと思うし」
想は離婚はおろか、結婚したこともない。
だから何となくのふんわりした知識しかないけれど……世間一般的に離婚というのは婚姻を結ぶ以上に大変だと聞き及んでいるから。
結葉が今からそれに向けて歩んでいかないといけないというのなら、自分に出来る範囲で彼女をサポートしたいと思った想だ。
(話し合いの結果、もし結葉が旦那とよりを戻すことになったとしても……)
そうなって欲しくないと心の片隅で望む自分がいるのは確かだけれど、そこはグッと抑え込んで考えないことにした。
「あの、有難う、想ちゃん。……私、寝耳に水で……まだ色々飲み込めてないけど……ちゃんと考えてみるね」
結葉がニコッと笑った顔が、どう考えても自分を気遣ってくれているようにしか思えなくて、想は胸の奥がギュッと苦しくなる。
「俺の前では……取り繕わなくていいから」
言って、そっと結葉の頭を撫でてやったら、結葉が微かに身体を震わせて。
うつむいた結葉の手元に、ポトリと涙が落ちるのが見えた。
結葉は肩を小さく震わせて静かにポロポロと涙を落とし続ける。
想は、何も言わずにそんな結葉をそっと腕の中に抱き寄せた。
***
「ごめんね、想ちゃ。遅く……なっちゃった」
結葉は想の腕の中で静かに静かに泣き続けて……。
一時間経つか経たないかの頃、やっと泣くのをやめて、そうつぶやいた。
涙に泣き濡れた顔を隠すこともせず真っ直ぐ想を見上げると、
「一杯泣いたら少しスッキリした。――想ちゃん、黙って泣かせてくれて有難う。ずっと胸を貸してくれて有難う」
言って、今度こそ心の底からの笑顔を想に向けてくれる。
「こんな胸で良ければいつでも」
照れ隠し。
想はちょっとだけ結葉から視線をそらせるようにして、わざと軽口を叩いて見せる。
「うん」
結葉は想に短く一言そう返すと、
「お風呂っ! 今度こそちゃんと入ってくるね」
まるで気持ちを切り替えるみたいに明るい声音でそう言って立ち上がる。
「絶対私、いまお化粧崩れちゃってるよね。やーん。恥ずかし~」
悪戯っぽく微笑んで見せる結葉が、想にはとても意地らしく思えた。
きっと結葉は風呂の中でまだもう少し泣くんだろうな。
そんなことを思いながら、
「ゆっくり温もって来い」
殊更〝ゆっくり〟のところに感情を込めた。
時間なんて気にしなくていいから。
気が済むまで泣けばいい。
明日から現実にしっかり向き合っていけるように。
結葉の涙で濡れたズボンをぼんやり眺めながら、想は〝風呂上がりにはしっかり水分補給させてやんねぇとな〟と思った。
「――それ、本当?」
想の言葉がにわかには信じられなくて、結葉は想をじっと見詰めた。
発した声が震えていたのは気のせいじゃない。
「ああ、お前の旦那から直接言われたから間違いねぇよ」
そんな結葉に小さく吐息を落とすと、想はスッと居住まいを正した。
そうして結葉を真っ正面から見据えると、「俺、お前のこと、御庄さんから頼まれたんだ」と明言してきて。
その言葉に、結葉は「え……?」と思わず想を見上げてしまう。
「お前、ほとんど何も持たずに出たはずだから……必要なものを揃えてやってくれって。金も出すからって……。すげぇ真剣に頼まれた」
そこで想は結葉からフイッと視線をそらせると、「金に関しては即行で断ったけど……多分引き下がってはくれないだろうなって思う」とこぼした。
「な……んで?」
結葉は言葉を発するたび、自分の声が震えているのが分かったけれど、どうしようもなくて。
小刻みに震える手をギュッと力を込めて押さえ込もうとする。
「近いうちにな、うちの会社の方にお前の旦那から……その……あ、あるものが届くことになってんだ。それと一緒に小切手送るって言ってた……から」
想が、自分の反応をうかがいながらひとつひとつ言葉を慎重に選んでいるのが分かった結葉だ。
偉央から送り付けられてくるものを拒否することは出来ないと言外に含ませた想に、小切手はともかく、〝あるもの〟は受け取り拒否してはいけないものなのかな?と結葉は思って。
「ねぇ想ちゃん。あるものって……何? 偉央さんから何が届く予定なの?」
結果、あるもの、と濁された部分が結葉には逆に凄く気になってしまった。
想が自分を気遣ってくれて、わざわざそこを伏せようとしてくれたのは重々承知している。
その上で。
それでもやっぱり自分のことだから。
結葉はそこをちゃんと聞かないといけない、と思ったのだ。
「……ん……け……」
ボソッとつぶやかれた言葉がうまく聞き取れなくて、結葉は想の手にそっと触れる。
「想ちゃん。私、大丈夫だから。……お願い。ハッキリ言って?」
***
想は、まるで先をうながすように自分の手に触れてくる結葉をじっと見つめると、己れの中にある躊躇いを吐き出すように小さく吐息を落とした。
そうして結葉の真剣さに応えるように「離婚届」と、今度こそちゃんと結葉に聞き取れるよう明瞭に告げる。
「離、婚……届……?」
想の言葉を、結葉が抑揚のあまり感じられない声音で復唱するのを見て、想は慌てて言い募らずにはいられなかった。
「あ、あのな。提出するもしないもお前に任せるって……御庄さんからはそう申し添えられてっから。その、お前が納得いくまでは出す必要ねぇと思う」
――最悪出さないという選択肢だってあるぞ?と思ったけれど、それは何となく言えなかった想だ。
実際、書面だけで数年間連れ添った伴侶との縁を切るなんて、きっと結葉には無理な話だろう、と想は思う。
「旦那とちゃんと話し合いたいって言うなら、それもありだと思うし。もし一人で行くのが怖いってんなら俺、いくらでも付き合うぞ……? あ……俺じゃ不安だってんなら家裁とか介して……弁護士とか調停委員とか……そういうちゃんとした人に間に入ってもらうんでもいいと思うし」
想は離婚はおろか、結婚したこともない。
だから何となくのふんわりした知識しかないけれど……世間一般的に離婚というのは婚姻を結ぶ以上に大変だと聞き及んでいるから。
結葉が今からそれに向けて歩んでいかないといけないというのなら、自分に出来る範囲で彼女をサポートしたいと思った想だ。
(話し合いの結果、もし結葉が旦那とよりを戻すことになったとしても……)
そうなって欲しくないと心の片隅で望む自分がいるのは確かだけれど、そこはグッと抑え込んで考えないことにした。
「あの、有難う、想ちゃん。……私、寝耳に水で……まだ色々飲み込めてないけど……ちゃんと考えてみるね」
結葉がニコッと笑った顔が、どう考えても自分を気遣ってくれているようにしか思えなくて、想は胸の奥がギュッと苦しくなる。
「俺の前では……取り繕わなくていいから」
言って、そっと結葉の頭を撫でてやったら、結葉が微かに身体を震わせて。
うつむいた結葉の手元に、ポトリと涙が落ちるのが見えた。
結葉は肩を小さく震わせて静かにポロポロと涙を落とし続ける。
想は、何も言わずにそんな結葉をそっと腕の中に抱き寄せた。
***
「ごめんね、想ちゃ。遅く……なっちゃった」
結葉は想の腕の中で静かに静かに泣き続けて……。
一時間経つか経たないかの頃、やっと泣くのをやめて、そうつぶやいた。
涙に泣き濡れた顔を隠すこともせず真っ直ぐ想を見上げると、
「一杯泣いたら少しスッキリした。――想ちゃん、黙って泣かせてくれて有難う。ずっと胸を貸してくれて有難う」
言って、今度こそ心の底からの笑顔を想に向けてくれる。
「こんな胸で良ければいつでも」
照れ隠し。
想はちょっとだけ結葉から視線をそらせるようにして、わざと軽口を叩いて見せる。
「うん」
結葉は想に短く一言そう返すと、
「お風呂っ! 今度こそちゃんと入ってくるね」
まるで気持ちを切り替えるみたいに明るい声音でそう言って立ち上がる。
「絶対私、いまお化粧崩れちゃってるよね。やーん。恥ずかし~」
悪戯っぽく微笑んで見せる結葉が、想にはとても意地らしく思えた。
きっと結葉は風呂の中でまだもう少し泣くんだろうな。
そんなことを思いながら、
「ゆっくり温もって来い」
殊更〝ゆっくり〟のところに感情を込めた。
時間なんて気にしなくていいから。
気が済むまで泣けばいい。
明日から現実にしっかり向き合っていけるように。
結葉の涙で濡れたズボンをぼんやり眺めながら、想は〝風呂上がりにはしっかり水分補給させてやんねぇとな〟と思った。
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