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37.それぞれの再出発
二人で
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想に言われた言葉を頭の中で転がして……結葉は「もしかして」と思い至った。
(もしかして偉央さん、再婚なさった?)
女性にはある「再婚禁止期間」が男性にはない。
かつては六ヶ月間だったそれが、百日間に短縮されたというのは、離婚に際して色々調べていた時にたまたま目にした事柄だ。
離婚時に妊娠していないことを医師が証明してくれれば、百日待たなくても再婚可能だというのも読んだ結葉だったけれど。
その時、(そっか、私はすぐには再婚できないのか)とぼんやり思ったのを覚えている。
別にすぐに再婚したかったわけではないし、その予定もなかった結葉だけれど、(男性だけ禁止期間がないのは何だかずるいな)と思ったのは確かだ。
そこには「妊娠」が大きく関与しているみたいだったけれど、離婚するような夫婦の間で子供が出来るような行為があること自体難しいのに、とも思って。
そこでふと、自分がかつて偉央にされていたみたいに、力尽くでどうこうされていたとしたら、あるのかも知れないと思った結葉だ。
民法七七二条二項では、子どもの父親を法的に推定するために、「離婚後三百日以内に生まれた子は前夫の子」、「結婚後二百日を過ぎて生まれた子は現夫の子」と定めているらしい。
自分に置き換えて考えてみたら、もしもそういう行為でお腹に命が宿ったとして、その子を元旦那の子供として届出なくてはならないというのは、とても酷だなと思って。
偉央と別居してからは、偉央とのそういう行為自体を望まなくなっていた結葉だけれど、法的に見れば、そんな夫婦であっても〝妊娠の可能性はある〟と思われているんだという、当事者の心との認識のズレに溜め息がこぼれた。
そのような問題で無戸籍児になってしまっている子供たちもたくさんいるのだと知った結葉は、離婚というものの重みをひしひしと感じたのだけれど。
結葉との婚姻生活中は、あんなにも頑なに子を成すことを拒んでいた偉央が、もしも別の女性と再婚した途端、子供ができることを想定して家を建てているんだとしたら……。
「私の三年間って何だったんだろう……」
結葉がどんなに望んでも、偉央は子供を作るためにそういう行為をしたことは一度もなかったのに。
もちろん、偉央の再婚や、彼の家族計画については結葉の勝手な想像に過ぎない。
でも――。
夜の闇に黒々と建っている家の形をした骨組みに、結葉は小さく吐息を落とさずにはいられない。
だけど結葉が独り言のようにこぼしたその質問に対して、想は何も答えてはくれなかった。
きっと、無駄な時間を過ごしたと嘆くのも、辛いこともたくさんあったけれど、きっとその全てに意味があったんだと前を向くのも、結葉の心ひとつだからだろう。
別に悲しいわけではないはずなのに、みしょう動物病院の一角にある、見慣れない光景を眺めていたら、我知らずポロリと涙がこぼれ落ちて。
結葉は慌てて目元をぬぐった。
「――なぁ結葉。お前は……これからどうなっていきたい?」
そんな結葉に、想が静かに問いかけてきて。
「……これ、から……?」
涙を拭いながら結葉が顔を上げたら、想が目尻の雫をそっと親指の腹ですくい取ってくれた。
そうしながら「俺は……お前と幸せになりたいって思ってんだけど……どうよ?」と、結葉の瞳を覗き込んでくる。
「わた、し……。私は――」
そこまで言って、さっき想に問いかけられた質問を再度思い出した結葉だ。
「私、想ちゃんが……好き。お兄ちゃんとして、とかじゃなく、ちゃんと男の人として意識してる。――だから……私も……。想ちゃんと幸せに……なりたい」
自分自身の心に問いかけるみたいに途切れ途切れ、己が発した言葉を噛み締めて。
「私……幸せになってもいいのかな……」
それでもやっぱり偉央の泣きそうな眼差しを、記憶の中からなかなか捨て去り切れない結葉は、最後の最後でどうしても不安になってしまう。
「バーカ。いいに決まってんだろ」
だけど結葉のそんな不安を、想がすぐに払拭して〝幸せになってもいい〟のだと太鼓判をおしてくれるから。
結葉は縋るような眼差しで想をじっと見詰めた。
今までは薄暗がりではっきりと見えなかったけれど、対向車が通った瞬間ちらりと照らし出された想が耳まで赤くしているのに気が付いて。
「想ちゃん、ずっと待たせていてごめんね」
ついいつもの悪い癖で謝ってしまってから、ハッと気が付いて「ずっと待っていてくれて有難う」と言い直す。
「――ホントそれ……」
結葉の言葉に困ったように眉根を寄せた想にギュッと抱き寄せられて、すぐ耳元。「二人で幸せになろうな?」とポツンと落とされた結葉は、今度こそしっかりと「うん」と泣きながら頷いた。
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【注釈】
このお話を書いた時にはあった、女性の再婚禁止期間、現行の法律ではなくなっていますが、本作では当時のままで記載しています。
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想に言われた言葉を頭の中で転がして……結葉は「もしかして」と思い至った。
(もしかして偉央さん、再婚なさった?)
女性にはある「再婚禁止期間」が男性にはない。
かつては六ヶ月間だったそれが、百日間に短縮されたというのは、離婚に際して色々調べていた時にたまたま目にした事柄だ。
離婚時に妊娠していないことを医師が証明してくれれば、百日待たなくても再婚可能だというのも読んだ結葉だったけれど。
その時、(そっか、私はすぐには再婚できないのか)とぼんやり思ったのを覚えている。
別にすぐに再婚したかったわけではないし、その予定もなかった結葉だけれど、(男性だけ禁止期間がないのは何だかずるいな)と思ったのは確かだ。
そこには「妊娠」が大きく関与しているみたいだったけれど、離婚するような夫婦の間で子供が出来るような行為があること自体難しいのに、とも思って。
そこでふと、自分がかつて偉央にされていたみたいに、力尽くでどうこうされていたとしたら、あるのかも知れないと思った結葉だ。
民法七七二条二項では、子どもの父親を法的に推定するために、「離婚後三百日以内に生まれた子は前夫の子」、「結婚後二百日を過ぎて生まれた子は現夫の子」と定めているらしい。
自分に置き換えて考えてみたら、もしもそういう行為でお腹に命が宿ったとして、その子を元旦那の子供として届出なくてはならないというのは、とても酷だなと思って。
偉央と別居してからは、偉央とのそういう行為自体を望まなくなっていた結葉だけれど、法的に見れば、そんな夫婦であっても〝妊娠の可能性はある〟と思われているんだという、当事者の心との認識のズレに溜め息がこぼれた。
そのような問題で無戸籍児になってしまっている子供たちもたくさんいるのだと知った結葉は、離婚というものの重みをひしひしと感じたのだけれど。
結葉との婚姻生活中は、あんなにも頑なに子を成すことを拒んでいた偉央が、もしも別の女性と再婚した途端、子供ができることを想定して家を建てているんだとしたら……。
「私の三年間って何だったんだろう……」
結葉がどんなに望んでも、偉央は子供を作るためにそういう行為をしたことは一度もなかったのに。
もちろん、偉央の再婚や、彼の家族計画については結葉の勝手な想像に過ぎない。
でも――。
夜の闇に黒々と建っている家の形をした骨組みに、結葉は小さく吐息を落とさずにはいられない。
だけど結葉が独り言のようにこぼしたその質問に対して、想は何も答えてはくれなかった。
きっと、無駄な時間を過ごしたと嘆くのも、辛いこともたくさんあったけれど、きっとその全てに意味があったんだと前を向くのも、結葉の心ひとつだからだろう。
別に悲しいわけではないはずなのに、みしょう動物病院の一角にある、見慣れない光景を眺めていたら、我知らずポロリと涙がこぼれ落ちて。
結葉は慌てて目元をぬぐった。
「――なぁ結葉。お前は……これからどうなっていきたい?」
そんな結葉に、想が静かに問いかけてきて。
「……これ、から……?」
涙を拭いながら結葉が顔を上げたら、想が目尻の雫をそっと親指の腹ですくい取ってくれた。
そうしながら「俺は……お前と幸せになりたいって思ってんだけど……どうよ?」と、結葉の瞳を覗き込んでくる。
「わた、し……。私は――」
そこまで言って、さっき想に問いかけられた質問を再度思い出した結葉だ。
「私、想ちゃんが……好き。お兄ちゃんとして、とかじゃなく、ちゃんと男の人として意識してる。――だから……私も……。想ちゃんと幸せに……なりたい」
自分自身の心に問いかけるみたいに途切れ途切れ、己が発した言葉を噛み締めて。
「私……幸せになってもいいのかな……」
それでもやっぱり偉央の泣きそうな眼差しを、記憶の中からなかなか捨て去り切れない結葉は、最後の最後でどうしても不安になってしまう。
「バーカ。いいに決まってんだろ」
だけど結葉のそんな不安を、想がすぐに払拭して〝幸せになってもいい〟のだと太鼓判をおしてくれるから。
結葉は縋るような眼差しで想をじっと見詰めた。
今までは薄暗がりではっきりと見えなかったけれど、対向車が通った瞬間ちらりと照らし出された想が耳まで赤くしているのに気が付いて。
「想ちゃん、ずっと待たせていてごめんね」
ついいつもの悪い癖で謝ってしまってから、ハッと気が付いて「ずっと待っていてくれて有難う」と言い直す。
「――ホントそれ……」
結葉の言葉に困ったように眉根を寄せた想にギュッと抱き寄せられて、すぐ耳元。「二人で幸せになろうな?」とポツンと落とされた結葉は、今度こそしっかりと「うん」と泣きながら頷いた。
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【注釈】
このお話を書いた時にはあった、女性の再婚禁止期間、現行の法律ではなくなっていますが、本作では当時のままで記載しています。
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