【完結】月夜の約束

鷹槻れん

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藪の道

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「ついて来な」

 それだけ言うと、ブレイズはさっさときびすを返して歩き出した。その後を慌てて追いながら、パティスは一瞬躊躇ちゅうちょする。

 彼が目指した先は、さっきパティスが近づくまいと思った、草ぼうぼうのあの道だったからだ。

(私、このままついて行っても大丈夫なのかしら?)

 考えてみれば人気のない田舎町で見知らぬ男と二人きり。
 満月とはいえ、夜のこと。
 小道に入れば街灯の明かりは届かなくなり、どことなく薄暗くなってくる。ましてやこの道は他のそれのように開けていないのだ。

 ブレイズの後ろをついて歩いているからか、先ほど一人で見たときみたいに草が絡まりあって通行の妨げになっているようには思えない。それどころか、むしろ草が避けてくれているような錯覚すら受ける。

 しかし、歩を進めるにつれ、両サイドに徐々に増えてくる黒々とした木立の影が濃くなっていく様には、さすがに怖くなった。

 何も言わず黙々とパティスを先導するブレイズの背中も、全身黒ずくめのせいで、油断すれば闇にまぎれて見失ってしまいそうだ。

(怖い……)
 そう思うと何もかもが怪しく見えてきた。
 慌てて引き返そうと後ろを振り返ると、今通って押しのけたばかりのはずの草が、元通り道をふさいでいる。

(嘘……)
 そこをブレイズから離れて一人逆行するのは何だかとっても無謀に思えた。
 もはやパティスは男からはぐれないよう、前進するしか道がない。

 でもそこでふと思い至る。

(もしかして彼、私の歩調に合わせてくれてる?)

 二十センチ以上の身長差は、当然足の長さにも影響する。
 ブレイズがいつも通りのペースで歩いたとしたら、きっとパティスは何度も小走りしなければついていけなかっただろう。

 ましてや不安の余り、後ろを振り返ったり周囲をキョロキョロ見回しながら歩いていたのだ。
 置いていかれていたとしても、不思議ではなかった。

 どうやらブレイズ、何も言わずともその程度には気を遣ってくれているらしい。

 そんな彼に、パティスは少し警戒心を緩めた。

 しかし――。ならば逆にどうして?と思うことも頭をもたげてくるのだ。

(この人、こんな時間に私が一人で外にいたこと、不思議に思わないのかしら)

 聞かれたら聞かれたで「貴方には関係ないことよ」と即答してしまうだろうに、聞かれないでいるのは居心地が悪いことに思えた。

「ねぇ」
 とうとう沈黙に耐えかねて呼びかけると、男は振り返りもせずに「何だ?」と問うてくる。

「ブレイズさんは私みたいな幼気いたいけな少女がどうして夜に一人でいたか、とか気にならないわけ?」
「幼気……って。お前、それ、自分で言って恥ずかしくねぇのか?」

 質問とは違った箇所に反応するブレイズに、恥ずかしくないわよ!と吐き捨ててから、肝心な部分への答えを待つ。

「お前さ、俺にそれを聞いて欲しいわけ?」
「……?」

 一瞬ブレイズの言った言葉の真意をはかりかね、きょとんとしてしまうパティス。
 そんな彼女を、歩みを止めて振り返るとブレイズはあからさまに溜め息をついて見せた。

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