【完結】月夜の約束

野原

1

「着いたぞ」

　ブレイズの声に視線をめぐらせると、鬱蒼うっそうとした森の中、まるでそこだけ切り取られたように野原になっていた。

「すごぉ～い！」
　今まで通ってきた道と違い、木々の枝に阻はばまれることなく柔らかな月光が降り注いでいる。

　その光景に、思わず感嘆の声を上げて駆け出すパティス。ここなら、少々ブレイズから離れても大丈夫だろう。視界をさえぎるものもないので彼を見失うこともなさそうだ。

　野原の真ん中まで走って立ち止まると、緑の匂いを胸一杯吸い込んで、清々すがすがしい気持ちで夜空を見上げる。
　空では、まん丸の月がちょうど中天に差し掛かったところだった。

「お、おい！　足元、無闇に踏んづけるんじゃねぇぞ！」
　そんな彼女を追いながら、少し慌てた声音でブレイズが言う。

「足元？」
　パティスの足元にはごくごく短い、彼女自身の影が落ちていた。
　その周りに広がるのは鮮やかな天然の植物緑の絨毯じゅうたん。

　月光に照らされて、色彩まではっきりと見て取れる野原には、緑の葉っぱに混じって瑞々しい赤が見え隠れしている。

　よく目を凝らしてみると、それは野原一面に実った野イチゴだった。

「食っていいぞ」
　その実を見つめて瞳を輝かせるパティスに、苦笑交じりでブレイズが許可を出す。


「お前が望んでるようなお綺麗な水かは分からねぇが、あっちに行きゃ小川もある。もっとも――」

　彼の指差すほうを見やれば、まばらに立つ木々の間を縫うようにして、きらきらと月光を跳ね返す、細い帯状の流れが見えた。

「有難う！」
　ブレイズが、まだ何やら続けているようだったが、何だかんだで三十分以上森の中を歩く羽目になってしまったのだ。

　夜とはいえ、しっかり歩けば少し汗ばむくらいにはなってきている初夏のこと。

　ペチコートやら何やら色々重ね着しまくっているパティスは、尚のこと暑かった。
　女の子らしく、ちょっとでも早く顔だけでも洗ってサッパリしたい。そんな気持ちが先行してしまったのは仕方いだろう。

　それで、ブレイズの声を断ち切るように礼を述べて、走り出してしまったのだ。

　ハチドリのようにせかせかと動き回るパティスに、ブレイズは少々遅れ気味だ。

「こ、こら！」
　人の話を最後まで聞け、と言いたいのか、　後ろのほうで叫ぶ声が聞こえたが、パティスは聞こえない振りを決め込んだ。

　スルリ……。
　そのとき視界の端を何か黒っぽいものが掠かすめた気がして、パティスは思わず足を止める。