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閑話1。娘の涙は最強です①(父親視点)
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ファウラン公国、宮廷魔道士団魔道士長。
それが私、アレクシス・ラミレスの肩書である。
この国では数十年戦争も起きておらず、たまに辺境に魔物が出る程度。
至って平和なため、魔道士長とはいっても主な業務は書類仕事だ。
その日も私は自分の執務室で大量の書類をさばいていた。
眼精疲労が溜まりそろそろ休憩をと思い出した頃、扉を控えめに三度ノックする音が響き「お父様、いらっしゃいますか?」と鈴を転がすような可憐な声がした。
あの声は、私の可愛いシルヴィアーナか?
どうして娘がここにーーああ、確か今日は王妃教育の日であったな。
ひょっとして、三時のお茶にでも誘いに来たのだろうか。それか一緒に帰ろうという可愛いお誘いの可能性もあるな? 急ぎの書類だけならもうしばらくで終わる。少し待ってもらうことになるが、なんとか都合はつけられるだろう。
どちらにせよ、可愛い娘のお願いを聞いてやらぬでは父親失格というものである。
入室を許可すれば控えめにドアが開き、入ってきたシルヴィアーナが見事な淑女の礼を披露した。
ふんわりと広がるプラチナブロンドの髪、宝石のような深いエメラルドグリーンの瞳。
鮮やかなトルコブルーに金糸で刺繍がされたドレスを身に纏い、まるで妖精か女神のような美しさだ。
あのドレスは私が先月の娘の誕生日に贈ったものだな。めちゃくちゃ、ものすごーく似合ってる。やはり私の見立てに狂いはなかったな!
はぁ……自分の娘が可愛すぎてツライ。マジで天使。
本音で言えばずっとお嫁にやらずに手元に置いて愛でたいのだが、この子は将来の国母となることが決まっている。
あと数年もすれば成人の儀、それが終わり次第王太子の婚約者として正式に発表され、一年の婚約期間を経て結婚してしまうのだ。
なんなのもう、なんでこの国十五歳で成人なの? もっと遅く、二十歳とかでいいのに早過ぎじゃない?
あと数年でこの娘を手放さなきゃいけないとか想像するだけで泣けてくる。ツライ。
ああでも、とりあえず今は私の目の前に最愛の娘がいるのだから!
ちゃんと父親として魔道士長として、カッコよく威厳のあるとこを見せないとッ!
コホンと一つ咳払いをして、私はシルヴィアーナを応接用のソファーに座らせ、自分もその向かいに腰掛けた。
「執務室に来るとは珍しいな、シルヴィアーナ。今日はどうしたんだい?」
「お仕事中お邪魔して申し訳ありませんお父様。実は折り入ってご相談したいことがあるのです。お忙しいのは承知しておりますが、少しお時間いただけませんか?」
「もちろん、構わないとも。それで相談とは?」
頬が緩まないように引き締めつつチラリとシルヴィアーナの顔を見たところで、ハッと息を止める。
大事な愛娘の顔が、哀しそうに曇っている。
よくよく見れば目元が少し赤く腫れ、擦ったような跡もあった。
ーーこれは、どういうことだ。一体娘に何があったというのだ?!
「……まずはこれを見て頂きたいのです」
そう言ってシルヴィアーナはバッグから記録用の魔水晶を取り出し、壁に向けて映写した。
そこに映し出されたのは娘の婚約者である王太子とその取り巻き達が私の大事な娘をこき下ろし、馬鹿にし、さらには婚約破棄を企む姿。
彼らには見えていなかったのだろうが、その映像の中にはシルヴィアーナ自身が同じ場所で顔をうつむかせ、両の手をギュッと握りしめて耐える姿も映り込んでいる。
「これは……」
「ーー今日の昼過ぎにあったことです。……私、王太子殿下に嫌われてしまっていたみたいでーー彼には相応しくないと……そう、皆様に言われて……」
そこまで説明したシルヴィアーナが、ついに言葉を途切れさせ、そのまま顔を覆ってしまう。
肩が小刻みに震え、指の隙間からぽたりぽたりと雫がこぼれ落ちるのが見えた瞬間、私は我を忘れて叫んだ。
「シーナ!」
「ーーッ! 大、丈夫です。……取り乱して申し訳ありません」
渡したハンカチで目元を押さえ、シルヴィアーナが顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。
それが私、アレクシス・ラミレスの肩書である。
この国では数十年戦争も起きておらず、たまに辺境に魔物が出る程度。
至って平和なため、魔道士長とはいっても主な業務は書類仕事だ。
その日も私は自分の執務室で大量の書類をさばいていた。
眼精疲労が溜まりそろそろ休憩をと思い出した頃、扉を控えめに三度ノックする音が響き「お父様、いらっしゃいますか?」と鈴を転がすような可憐な声がした。
あの声は、私の可愛いシルヴィアーナか?
どうして娘がここにーーああ、確か今日は王妃教育の日であったな。
ひょっとして、三時のお茶にでも誘いに来たのだろうか。それか一緒に帰ろうという可愛いお誘いの可能性もあるな? 急ぎの書類だけならもうしばらくで終わる。少し待ってもらうことになるが、なんとか都合はつけられるだろう。
どちらにせよ、可愛い娘のお願いを聞いてやらぬでは父親失格というものである。
入室を許可すれば控えめにドアが開き、入ってきたシルヴィアーナが見事な淑女の礼を披露した。
ふんわりと広がるプラチナブロンドの髪、宝石のような深いエメラルドグリーンの瞳。
鮮やかなトルコブルーに金糸で刺繍がされたドレスを身に纏い、まるで妖精か女神のような美しさだ。
あのドレスは私が先月の娘の誕生日に贈ったものだな。めちゃくちゃ、ものすごーく似合ってる。やはり私の見立てに狂いはなかったな!
はぁ……自分の娘が可愛すぎてツライ。マジで天使。
本音で言えばずっとお嫁にやらずに手元に置いて愛でたいのだが、この子は将来の国母となることが決まっている。
あと数年もすれば成人の儀、それが終わり次第王太子の婚約者として正式に発表され、一年の婚約期間を経て結婚してしまうのだ。
なんなのもう、なんでこの国十五歳で成人なの? もっと遅く、二十歳とかでいいのに早過ぎじゃない?
あと数年でこの娘を手放さなきゃいけないとか想像するだけで泣けてくる。ツライ。
ああでも、とりあえず今は私の目の前に最愛の娘がいるのだから!
ちゃんと父親として魔道士長として、カッコよく威厳のあるとこを見せないとッ!
コホンと一つ咳払いをして、私はシルヴィアーナを応接用のソファーに座らせ、自分もその向かいに腰掛けた。
「執務室に来るとは珍しいな、シルヴィアーナ。今日はどうしたんだい?」
「お仕事中お邪魔して申し訳ありませんお父様。実は折り入ってご相談したいことがあるのです。お忙しいのは承知しておりますが、少しお時間いただけませんか?」
「もちろん、構わないとも。それで相談とは?」
頬が緩まないように引き締めつつチラリとシルヴィアーナの顔を見たところで、ハッと息を止める。
大事な愛娘の顔が、哀しそうに曇っている。
よくよく見れば目元が少し赤く腫れ、擦ったような跡もあった。
ーーこれは、どういうことだ。一体娘に何があったというのだ?!
「……まずはこれを見て頂きたいのです」
そう言ってシルヴィアーナはバッグから記録用の魔水晶を取り出し、壁に向けて映写した。
そこに映し出されたのは娘の婚約者である王太子とその取り巻き達が私の大事な娘をこき下ろし、馬鹿にし、さらには婚約破棄を企む姿。
彼らには見えていなかったのだろうが、その映像の中にはシルヴィアーナ自身が同じ場所で顔をうつむかせ、両の手をギュッと握りしめて耐える姿も映り込んでいる。
「これは……」
「ーー今日の昼過ぎにあったことです。……私、王太子殿下に嫌われてしまっていたみたいでーー彼には相応しくないと……そう、皆様に言われて……」
そこまで説明したシルヴィアーナが、ついに言葉を途切れさせ、そのまま顔を覆ってしまう。
肩が小刻みに震え、指の隙間からぽたりぽたりと雫がこぼれ落ちるのが見えた瞬間、私は我を忘れて叫んだ。
「シーナ!」
「ーーッ! 大、丈夫です。……取り乱して申し訳ありません」
渡したハンカチで目元を押さえ、シルヴィアーナが顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。
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