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閑話3。家出発覚①
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「シルヴィアーナはまだ帰らないのか!?」
「妹がいなくなってもうすぐ丸二日です。父上、そろそろ捜索隊の手配をした方が……!」
平日昼間のラミレス邸に、本来なら仕事で家にはいないはずの当主とその跡取り息子の声が響く。
ソワソワと扉の前を行ったり来たりする彼らを見遣って、公爵家執事のウォルターが出そうになるため息を殺しながら言葉を紡いだ。
「お二人とも落ち着いてください。お嬢様が魔法の訓練で何日も帰ってこないのはいつものことではないですか。気にされずとも良いのでは?」
「いつもならそうだが、一昨日あんなことがあったばかりなのだぞ? ショックを受けて精神的に不安定な状態では訓練など却って危険だ! 早急に連れ戻さねば……」
「そうだぞウォルター、これは非常事態だ。むしろ何故お前が止めなかったのだ? 僕がその場にいれば絶対止めていたのに!」
(いや、お嬢様が本気で出て行こうとされたら止められる者などこの屋敷、というかこの国には居りませんしーーそもそもショックなんてカケラも受けている様子はなかったですよ。むしろ晴々とした表情で、今にも躍り出しそうなくらい上機嫌でしたから)
そう心の中で愚痴るも、優秀な執事であるウォルターは一切口に出さない。言ったところで彼らには伝わらないから。
この公爵家当主とその子息は大体のことには理性的で話の分かる人物だが、ことシルヴィアーナのことに関してはまともな思考をしていないのだ。
猫可愛がり、溺愛、贔屓の引き倒しーー彼らがシルヴィアーナを見る目には何層にもフィルターが掛かっていて、もはや原型を留めていない。
「あの娘は心優しく、とても繊細なのだ……訓練に行くと言ったのもきっと口実で、誰もいないところで悲しみに暮れておるのだろう」
「きっとそうです! ああ、可哀想なシルヴィアーナ……いつになれば帰ってくれるんだ……!」
「そんなに気になるのでしたら、お嬢様のお部屋に入られれば良いでしょう? 追跡魔法を使われるにしても最後にお嬢様が居られた場所で展開する方が良いでしょうし」
そう提案した彼をアレクシスとコルヴェナートはビックリした顔で見つめ、その二人を驚いたウォルターが逆に見つめ返す。
さっきから本人の部屋の前でうろついているのだから、てっきりそのつもりだと思っていたのだが。
「シーナの部屋にか?」
「ええ。旦那様はマスターキーをお持ちですよね?」
「いやでも。部屋に無断で入ったりしたら嫌われてしまうかも知れないだろう?」
娘に「勝手に人の部屋に入ってくるなんてデリカシーのないお父様は嫌いよ!」なんて言われたら立ち直れないし、と渋る当主に、ウォルターはまた胃がキリキリと痛むのを感じた。
その隣ではコルヴェナートが父親を急かしている。
「そうですよ父上! 中でシーナが倒れていたらどうするのです、早く開けてください!」
「坊ちゃまも解錠魔法をお使いになれば今すぐ入れますよね?」
「えっ……いや、でも、こういうのは家長である父上がーー」
ごにょごにょと言い訳をするコルヴェナートの顔には『万が一部屋に入ったのがバレたら妹に嫌われてしまう! それは困る!』とバッチリ書かれている。
(ホントこの二人似た者親子ですよね……お嬢様とは全く似ていませんが)
これでこの国が誇る宮廷魔道士団の長と副長というのがどうにもウォルターには信じられない。
信じられないが事実としてそうなので、このグダグダな姿は屋敷の中限定なのだろうそうに違いない、と半ば無理矢理自分を納得させてから、ウォルターは二人に向き直った。
ーーウォルターはここラミレス公爵邸の執事である。つまり、目の前にいるのは雇用主だ。
いくら娘可愛さのあまり部屋にも入れない情けない雇用主でも、その要望を完璧に満たすのが彼の執事としての在り方である。
だから、コレからすることは仕事の一環だ。
「でしたらお嬢様には俺の判断で部屋に入ったと説明しておきます。それなら宜しいのでしょう?」
「「ーー! 頼むウォルター!」」
「はぁ……承知しました。骨は拾ってくださいね」
そしてこの部屋を不在にしている人物は貴族令嬢としては型破りで、魔法使いとしてすら規格外のーーそれでもウォルターの敬愛する唯一の主人だ。
彼は主人のことをとても心配していた。
それこそ彼女の父兄と勝るとも劣らぬほどに。
「妹がいなくなってもうすぐ丸二日です。父上、そろそろ捜索隊の手配をした方が……!」
平日昼間のラミレス邸に、本来なら仕事で家にはいないはずの当主とその跡取り息子の声が響く。
ソワソワと扉の前を行ったり来たりする彼らを見遣って、公爵家執事のウォルターが出そうになるため息を殺しながら言葉を紡いだ。
「お二人とも落ち着いてください。お嬢様が魔法の訓練で何日も帰ってこないのはいつものことではないですか。気にされずとも良いのでは?」
「いつもならそうだが、一昨日あんなことがあったばかりなのだぞ? ショックを受けて精神的に不安定な状態では訓練など却って危険だ! 早急に連れ戻さねば……」
「そうだぞウォルター、これは非常事態だ。むしろ何故お前が止めなかったのだ? 僕がその場にいれば絶対止めていたのに!」
(いや、お嬢様が本気で出て行こうとされたら止められる者などこの屋敷、というかこの国には居りませんしーーそもそもショックなんてカケラも受けている様子はなかったですよ。むしろ晴々とした表情で、今にも躍り出しそうなくらい上機嫌でしたから)
そう心の中で愚痴るも、優秀な執事であるウォルターは一切口に出さない。言ったところで彼らには伝わらないから。
この公爵家当主とその子息は大体のことには理性的で話の分かる人物だが、ことシルヴィアーナのことに関してはまともな思考をしていないのだ。
猫可愛がり、溺愛、贔屓の引き倒しーー彼らがシルヴィアーナを見る目には何層にもフィルターが掛かっていて、もはや原型を留めていない。
「あの娘は心優しく、とても繊細なのだ……訓練に行くと言ったのもきっと口実で、誰もいないところで悲しみに暮れておるのだろう」
「きっとそうです! ああ、可哀想なシルヴィアーナ……いつになれば帰ってくれるんだ……!」
「そんなに気になるのでしたら、お嬢様のお部屋に入られれば良いでしょう? 追跡魔法を使われるにしても最後にお嬢様が居られた場所で展開する方が良いでしょうし」
そう提案した彼をアレクシスとコルヴェナートはビックリした顔で見つめ、その二人を驚いたウォルターが逆に見つめ返す。
さっきから本人の部屋の前でうろついているのだから、てっきりそのつもりだと思っていたのだが。
「シーナの部屋にか?」
「ええ。旦那様はマスターキーをお持ちですよね?」
「いやでも。部屋に無断で入ったりしたら嫌われてしまうかも知れないだろう?」
娘に「勝手に人の部屋に入ってくるなんてデリカシーのないお父様は嫌いよ!」なんて言われたら立ち直れないし、と渋る当主に、ウォルターはまた胃がキリキリと痛むのを感じた。
その隣ではコルヴェナートが父親を急かしている。
「そうですよ父上! 中でシーナが倒れていたらどうするのです、早く開けてください!」
「坊ちゃまも解錠魔法をお使いになれば今すぐ入れますよね?」
「えっ……いや、でも、こういうのは家長である父上がーー」
ごにょごにょと言い訳をするコルヴェナートの顔には『万が一部屋に入ったのがバレたら妹に嫌われてしまう! それは困る!』とバッチリ書かれている。
(ホントこの二人似た者親子ですよね……お嬢様とは全く似ていませんが)
これでこの国が誇る宮廷魔道士団の長と副長というのがどうにもウォルターには信じられない。
信じられないが事実としてそうなので、このグダグダな姿は屋敷の中限定なのだろうそうに違いない、と半ば無理矢理自分を納得させてから、ウォルターは二人に向き直った。
ーーウォルターはここラミレス公爵邸の執事である。つまり、目の前にいるのは雇用主だ。
いくら娘可愛さのあまり部屋にも入れない情けない雇用主でも、その要望を完璧に満たすのが彼の執事としての在り方である。
だから、コレからすることは仕事の一環だ。
「でしたらお嬢様には俺の判断で部屋に入ったと説明しておきます。それなら宜しいのでしょう?」
「「ーー! 頼むウォルター!」」
「はぁ……承知しました。骨は拾ってくださいね」
そしてこの部屋を不在にしている人物は貴族令嬢としては型破りで、魔法使いとしてすら規格外のーーそれでもウォルターの敬愛する唯一の主人だ。
彼は主人のことをとても心配していた。
それこそ彼女の父兄と勝るとも劣らぬほどに。
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