23 / 30
閑話4。主従の出会い
しおりを挟む
ウォルター・クレイランスが主人であるシルヴィアーナ・ラミレスに出会ったのは今から九年前だ。
当時のウォルターは盗賊団のパシリとして飼われているスラムの子供で、盗みの見張りや鍵開け、スリなんかを繰り返していた。
あれはウォルターが十二歳、シルヴィアーナが四歳の時のことーー
◇
「お兄ちゃん! ひとのものは、とっちゃダメなんだよ?」
それはいつもの仕事の最中ーー金を持ってそうな身なりのいい奴から、財布をくすねているところだった。
可愛らしい声とともに、財布を掴んだ腕がキレイに凍り付いて動かせなくなる。
「んなっ?! な、なんだこれ!?」
「凍結魔法をかけたの。ごめんなさいしたら、といてあげるよ」
声の先には、一目でそれと分かる上等なドレスを纏った、人形のような女の子。
煌めくような緑の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
ニッコリと笑いかけられて馬鹿にされたような気分になり、噛みつくように言い返す。
「ざっけんな! お前みたいなチビ助に魔法が使えるわきゃねーだろ!」
「つかえるよ? わたし、まじょだもん」
「はっ、魔女だ? んなの聞いたことねー「“拘束魔法”」いっ!?」
次の瞬間、全身を見えないロープで縛られたようになり、バランスを崩して顔から地面に突っ込んだ。
鼻をしたたかに打ちつけて、顔面血だらけになる。
「……あ、やっちゃった。さきに浮遊魔法かけるのわすれちゃってた」
ごめんねと謝りながら、女の子はウォルターに回復魔法を掛け、ついでのように浮遊魔法もかけてきた。その間も拘束魔法はかけたまま。
流れるように連続で魔法を掛けられ、ウォルターは度肝を抜かれた。
凍結魔法は攻撃魔法の一種、拘束魔法は支援魔法のひとつだ。
おまけに回復魔法に、上級魔法である浮遊魔法。
カテゴリ関わらず様々な種類の魔法を連続発動かつ継続展開、というのは例え名の通った魔道士にだって容易にできることではない。
そのことをスラム育ちの少年が知るはずもないのだが、本能で『こいつはあり得ない』と悟り、ウォルターは怯えた。
「おっ、お前一体なんなんだよ!」
「まじょだよ。さいしょにいったのに、わすれたの?」
こまったお兄ちゃんねと幼女はこてりと首を傾げ、肩口で切り揃えられた白銀の髪がさらりと揺れる。
その姿は見た目だけなら天使のようだったが、捕まったままのウォルターには恐怖の対象でしかなかった。
ーー彼女は悪魔か、でなければ死神か。
どちらにせよ、人間ではないと思った。
結果、いきがって我を通そうとしていた心が、ポキリと折れる。ーーコイツに逆らってはいけない、と。
「とったものかえして、ごめんなさいしよ? そしたらちゃんとたすけてあげる」
「……すみませんでした。二度とやりませんので、助けてください」
「ふふっ、よくできました!」
その言葉と同時に全ての魔法が解除され、ウォルターは地面にへたり込んだ。
差し出された小さな手に大人しく財布をのせると、女の子は「ここで待っててね」と言い残しててくてくと人混みに歩いていく。
そこで「はい、おじさまどうぞ!」と財布をすられた男にそれを返して、ウォルターの方に戻ってきた。
「さっ、お兄ちゃんいっしょにいこ?」
「……行くって何処だよ。警備隊の詰所か?」
「ちがうよ。わたしのおうち!」
笑顔で腕を取られてウォルターは驚愕する。
服装や言葉遣いからして、この幼女は良いとこのお嬢様だ。
そのお嬢様が自分みたいな人間を家に連れて帰ると言う。
「いや、お前子供だから分かってねーんだろーけど、俺みたいなのを家に入れたら大問題だぜ?」
「だから、ちゃんとたすけるっていったでしょ? いいから、きて。やとってあげる」
「ーーは? 雇うって、俺を?」
呆気に取られて見上げれば、緑の瞳と視線がかち合った。
その顔は子供と思えないほど真剣なもので、知らずゴクリと唾を呑んでしまう。
「だって、かわりのしごとがないとまたおなじことするでしょ? それにわたし、おせわしてくれる人をさがしてるの。お兄ちゃんはわたしのまほー見てもさけんだりしなかったから、できそうだとおもって」
「……いいのかよ、俺なんかで。最底辺の犯罪者予備軍だぞ?」
『断った方がいい』『断るべきだ』理性はそう判断していたが、ウォルターは結局その手を掴んだ。
目の前のこの娘は明らかに異常な存在だったが、それ以上に抗い難いほど魅力的でーー何より、自分のことをほしいと言ってくれたから。
「いいの! まじょににごんはないんだから!」
そう言って小さな胸を張り、シルヴィアーナは花が咲くようにパァッと笑ったのだった。
◇
その後ラミレス家の親戚筋であるクレイランス子爵家の養子となったウォルターは、シルヴィアーナの専属執事としての教育を受けラミレス家に仕えることになる。
このことを幼かったシルヴィアーナが覚えているかはウォルターは聞いたことがない。
ただウォルターの中では一生忘れられない思い出となっていた。
*********************
ファンタジー小説大賞エントリー中です。
良ければ投票お願いします!
当時のウォルターは盗賊団のパシリとして飼われているスラムの子供で、盗みの見張りや鍵開け、スリなんかを繰り返していた。
あれはウォルターが十二歳、シルヴィアーナが四歳の時のことーー
◇
「お兄ちゃん! ひとのものは、とっちゃダメなんだよ?」
それはいつもの仕事の最中ーー金を持ってそうな身なりのいい奴から、財布をくすねているところだった。
可愛らしい声とともに、財布を掴んだ腕がキレイに凍り付いて動かせなくなる。
「んなっ?! な、なんだこれ!?」
「凍結魔法をかけたの。ごめんなさいしたら、といてあげるよ」
声の先には、一目でそれと分かる上等なドレスを纏った、人形のような女の子。
煌めくような緑の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
ニッコリと笑いかけられて馬鹿にされたような気分になり、噛みつくように言い返す。
「ざっけんな! お前みたいなチビ助に魔法が使えるわきゃねーだろ!」
「つかえるよ? わたし、まじょだもん」
「はっ、魔女だ? んなの聞いたことねー「“拘束魔法”」いっ!?」
次の瞬間、全身を見えないロープで縛られたようになり、バランスを崩して顔から地面に突っ込んだ。
鼻をしたたかに打ちつけて、顔面血だらけになる。
「……あ、やっちゃった。さきに浮遊魔法かけるのわすれちゃってた」
ごめんねと謝りながら、女の子はウォルターに回復魔法を掛け、ついでのように浮遊魔法もかけてきた。その間も拘束魔法はかけたまま。
流れるように連続で魔法を掛けられ、ウォルターは度肝を抜かれた。
凍結魔法は攻撃魔法の一種、拘束魔法は支援魔法のひとつだ。
おまけに回復魔法に、上級魔法である浮遊魔法。
カテゴリ関わらず様々な種類の魔法を連続発動かつ継続展開、というのは例え名の通った魔道士にだって容易にできることではない。
そのことをスラム育ちの少年が知るはずもないのだが、本能で『こいつはあり得ない』と悟り、ウォルターは怯えた。
「おっ、お前一体なんなんだよ!」
「まじょだよ。さいしょにいったのに、わすれたの?」
こまったお兄ちゃんねと幼女はこてりと首を傾げ、肩口で切り揃えられた白銀の髪がさらりと揺れる。
その姿は見た目だけなら天使のようだったが、捕まったままのウォルターには恐怖の対象でしかなかった。
ーー彼女は悪魔か、でなければ死神か。
どちらにせよ、人間ではないと思った。
結果、いきがって我を通そうとしていた心が、ポキリと折れる。ーーコイツに逆らってはいけない、と。
「とったものかえして、ごめんなさいしよ? そしたらちゃんとたすけてあげる」
「……すみませんでした。二度とやりませんので、助けてください」
「ふふっ、よくできました!」
その言葉と同時に全ての魔法が解除され、ウォルターは地面にへたり込んだ。
差し出された小さな手に大人しく財布をのせると、女の子は「ここで待っててね」と言い残しててくてくと人混みに歩いていく。
そこで「はい、おじさまどうぞ!」と財布をすられた男にそれを返して、ウォルターの方に戻ってきた。
「さっ、お兄ちゃんいっしょにいこ?」
「……行くって何処だよ。警備隊の詰所か?」
「ちがうよ。わたしのおうち!」
笑顔で腕を取られてウォルターは驚愕する。
服装や言葉遣いからして、この幼女は良いとこのお嬢様だ。
そのお嬢様が自分みたいな人間を家に連れて帰ると言う。
「いや、お前子供だから分かってねーんだろーけど、俺みたいなのを家に入れたら大問題だぜ?」
「だから、ちゃんとたすけるっていったでしょ? いいから、きて。やとってあげる」
「ーーは? 雇うって、俺を?」
呆気に取られて見上げれば、緑の瞳と視線がかち合った。
その顔は子供と思えないほど真剣なもので、知らずゴクリと唾を呑んでしまう。
「だって、かわりのしごとがないとまたおなじことするでしょ? それにわたし、おせわしてくれる人をさがしてるの。お兄ちゃんはわたしのまほー見てもさけんだりしなかったから、できそうだとおもって」
「……いいのかよ、俺なんかで。最底辺の犯罪者予備軍だぞ?」
『断った方がいい』『断るべきだ』理性はそう判断していたが、ウォルターは結局その手を掴んだ。
目の前のこの娘は明らかに異常な存在だったが、それ以上に抗い難いほど魅力的でーー何より、自分のことをほしいと言ってくれたから。
「いいの! まじょににごんはないんだから!」
そう言って小さな胸を張り、シルヴィアーナは花が咲くようにパァッと笑ったのだった。
◇
その後ラミレス家の親戚筋であるクレイランス子爵家の養子となったウォルターは、シルヴィアーナの専属執事としての教育を受けラミレス家に仕えることになる。
このことを幼かったシルヴィアーナが覚えているかはウォルターは聞いたことがない。
ただウォルターの中では一生忘れられない思い出となっていた。
*********************
ファンタジー小説大賞エントリー中です。
良ければ投票お願いします!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる