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1章
34★ 奥様は激おこだそうです
しおりを挟むソフィアが居なくなった階下。
リュウはマヤに向かって、本日二度目となる苦言を呈していた。
「……おい、マヤ。どういうつもりだ?」
「何よぅ、人に向かってオイって言っちゃダメなんだからね!」
オリーブオイルを取り出しながら答えるマヤの顔は、一言で言えばとても悪い顔をしていた。
「誤魔化すな。嬢ちゃんの言ってた『おまけのハーブ』って……」
「あら、別に私が渡した訳じゃないのよ?アレを寄越したのはガイなんだから♪」
だから何かあっても私のせいじゃないわっ!とご機嫌にボールを並べ、食材を吟味している。
「いや、だとしてもだな。知ってんなら止めてやれよ」
「イヤよ、止めない方が絶対面白くなるわ!ーーそれに、私、これでもかなり怒ってるのよ?」
何をだ?と問うてくる視線に、にっこりと口元だけ笑って続ける。
「だってあの猫たち、絶対ソフィアさんに碌な説明をしていないわ。会ったその日に血判入りの申請書を出させたって言うのよ?ソフィアさんとても賢そうだもの。内容を聞いていたなら、そんな軽々しく誓約にのってる筈がないわ」
歌い出しそうな楽しげな口調で、その実マヤの目は眇められ、剣呑な光を湛えていた。
いわゆる激おこってやつである。
妻のいつにない怒りのオーラを感じて情けなくも勝手に伏せてしまう耳を気にしながら、リュウが少しだけ二人のフォローに入る。
「ーーそれか、あの嬢ちゃんが此処を現実だと認識していないって線もあるがな」
大方、夢でも見てると思ってんじゃねえかな、と溢す。
「だとしても、よ。説明責任はあの子達にあるわ。お仕置きのひとつもあって当然でしょう?」
「だからってなぁ。この場合、嬢ちゃんまで巻き込まれることになるんじゃないか?」
「ふふふっ。いくらなんでも、他人の家の中で大したことはできないわ」
精々我慢して苦しめば良いのよ!むしろ何かあったら根本からチョン切ってやるわ!
眼を爛々と光らせそう宣言するマヤ、それを聞いてブルッと震えながら目線を外すリュウ。しっぽは可哀想なくらい垂れ下がってしまっている。
「……例え他人ん家でも、できることはあったりするんだがな……」
「何か言ったリュウ?」
「いや、何でも……」
ここで自分の首を締めてまでマヤを止めるほど、リュウはお人好しではない。
三人の事はそれなりに気になるが、自分の身の安全が一番だ。
怒った嫁ほど怖いものはないのである。
というわけで多少の罪悪感は黙殺して夕食作りを優先することに決めたリュウは、大人しく生地を捏ねる作業に戻った。
マヤは材料を一通り並べ終わるとお湯を沸かし始める。
「もうすぐ生地の仕込みは終わるでしょう?お仕事の前に、こちらもお茶にしましょ♪」
ポップコーン楽しみだわぁ、と買ってきた袋を開け始める。
「ああ、マヤ。悪いが余分にお湯を沸かしといてくれ」
「良いけど、何に使うのかしら?」
「夏場だからいいかとも思ったが。一応、生地の発酵が少しでも進むようにな」
なるべく早めに夕食にしてやったほうがいいだろうと目に同情の光を浮かべながら生地を捏ねる夫に、あらあらお優しいことね?とコロコロ笑う妻。
街の不動産屋は今日も平常運転だった。
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