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3章
15。チョコレートの話は地雷でした
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「えーっ、こんなちっちゃいの一粒でこの値段すんの!? 詐欺じゃね?」
「シィーッ! マゼンタ、声が大きいって!」
店員さんの目が気になり、慌てて飼い猫の口を押さえた。
小さい声で注意すると一応黙ってくれたが、全然納得していない顔をしているマゼンタ。
うん、まあ驚くわよね。私も最初この手のチョコレート屋さんに入った時は似たような感想を持ったもの。
ガイさんに教えてもらったチョコレートの専門店は広場のほど近く、少しだけ入り組んだ路地の突き当たりにあった。
教えてもらっていなければ絶対辿り着いていないと思う場所だが、人気なのか私達以外にもお客さんが何組か入っていた。
店内には甘い匂いが漂い、ボサノバっぽい柔らかな音楽が流されている。
店の中央でガラスのショーケースの中に綺麗に並べられたチョコレートは、一粒でケーキ一個と変わらない値段の高級品だ。
見た目もとても艶やかで本当に宝石か何かのよう。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」
真剣にケースの中を覗き込んで悩んでいると、お店の人に声を掛けられた。
「ええ、友人へのお礼の品を探しているんです。こう、アソートみたいな感じで全部違う種類で詰め合わせにしたいんですけど」
予算はこれくらいでと大銀貨を見せると、お店の人が微笑んで頷く。
「そうですね、人気の品や定番品、季節限定のものなど色々ありますが……もし良ければ、こちらでお選びいたしましょうか?」
「是非お願いします! お店の方のオススメなら喜んでもらえそうです」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
よし、これでチョコレートも無事に用意できそう。出来上がりを見せてもらって、良さそうなら同じものをもう一箱お願いしよう。
お店の人が選んでくれている間に壁際に並んだ焼き菓子やマカロンなんかも見ていると、その辺をフラフラしていたマゼンタが戻ってきた。
「なーやっぱここ高すぎじゃね? 普通、菓子ってこんなに高くねーだろー」
注意したところだからか、耳元でひそひそ声でマゼンタが文句を言ってくる。
お店の人に気を遣えるようになったのは良いことなんだけど、ちょっとくすぐったい。
「だってエリザに贈るのよ? お城の女王様に渡すのに、その辺のお菓子屋さんで買った物って訳にもいかないじゃない」
「あの女王様なら、フィアが選んで買ったもんなら何でも喜びそーだけどな」
理解できないと言った顔でマゼンタが耳をパタリと伏せた。
「んー、でもきっと美味しいわよ? 自分で作るのとは味が全然違うんだから! そうだ、家用にも買って帰りましょうか」
食べればマゼンタも値段に納得できるはずだ。私もまだ食べたわけじゃないから、たぶんだけど。
そう勧めてみたのだけど、マゼンタが反応したのは別の箇所で。
「自分でって、フィアもチョコレート作れるの?」
「え? そうね、私が留学していた国でバレンタインデーって日に好きな相手にチョコレートを贈る風習があったのよ。その時に友達と一緒に作ったんだけど……」
と言っても留学中に作ったのは簡単なトリュフや生チョコくらいで、用途としては友チョコと義理チョコ、完全にバラマキ用だ。
ーー片想いしていたお兄さんが居るのは飛行機で十何時間も遠くの国で、日本で本命用を作る必要はなかったから。
「……なーんか今の表情気に食わないんだけど。何考えてたの?」
「ふぇっ?! え、な、何も考えてなかったわよ!?」
不意を突かれすぎて、思わず変な声が出てしまった。
「絶対ウソ。何切なそうな顔してんのさ、スッゲー腹立つ」
「何それ!? そんな顔してないわよっ! チョコレートを渡したのは友達とかお世話になっていた人達!」
お店の中なのであくまで小声で言い返す。が、鋭すぎるマゼンタに内心はヒヤヒヤしまくりで心臓の音は外に聴こえそうなくらいだ。
それとも私ってそんなに顔に出てるのかしら……
そりゃ、お兄さんのことは今でもーーって、ううん。そこは考えない方がいい。
きっとこの後お兄さんとお姉ちゃんは付き合うことになって、私はそれを近くで見ることになるんだから。
二人を祝福できるようになるべく早く割り切って、それから……
「……やっぱ嘘じゃん。痛そうな顔してる」
「ーーえ?」
「しんどいならさ、思い出さなくてもーー忘れてたって、いいんだって。ココに居る間はそれが許される」
「ちょっと、マゼンタ? 何を言ってーー」
ーーマゼンタの様子がおかしい。
広場でのふざけた感じとも普段の様子とも違ういつになく真剣な顔で、でも全く理解できない事を言われて混乱する。
「ね、フィア。前にオレのこと選んでって言ったけど、オレじゃなくてもいいよ。だから、誰も選ばないで。ーー元の世界のヤツなんか、選ばないでよ」
そう言って、マゼンタが縋りつくようにしがみついてくる。
背中に顔をつけて、閉じ込めるように回された腕がほんの少し震えたように見えて。
ーーここ、外なのに。
そう思うのにその腕を振り解いちゃいけない気がして、私は途方に暮れた。
「シィーッ! マゼンタ、声が大きいって!」
店員さんの目が気になり、慌てて飼い猫の口を押さえた。
小さい声で注意すると一応黙ってくれたが、全然納得していない顔をしているマゼンタ。
うん、まあ驚くわよね。私も最初この手のチョコレート屋さんに入った時は似たような感想を持ったもの。
ガイさんに教えてもらったチョコレートの専門店は広場のほど近く、少しだけ入り組んだ路地の突き当たりにあった。
教えてもらっていなければ絶対辿り着いていないと思う場所だが、人気なのか私達以外にもお客さんが何組か入っていた。
店内には甘い匂いが漂い、ボサノバっぽい柔らかな音楽が流されている。
店の中央でガラスのショーケースの中に綺麗に並べられたチョコレートは、一粒でケーキ一個と変わらない値段の高級品だ。
見た目もとても艶やかで本当に宝石か何かのよう。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」
真剣にケースの中を覗き込んで悩んでいると、お店の人に声を掛けられた。
「ええ、友人へのお礼の品を探しているんです。こう、アソートみたいな感じで全部違う種類で詰め合わせにしたいんですけど」
予算はこれくらいでと大銀貨を見せると、お店の人が微笑んで頷く。
「そうですね、人気の品や定番品、季節限定のものなど色々ありますが……もし良ければ、こちらでお選びいたしましょうか?」
「是非お願いします! お店の方のオススメなら喜んでもらえそうです」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
よし、これでチョコレートも無事に用意できそう。出来上がりを見せてもらって、良さそうなら同じものをもう一箱お願いしよう。
お店の人が選んでくれている間に壁際に並んだ焼き菓子やマカロンなんかも見ていると、その辺をフラフラしていたマゼンタが戻ってきた。
「なーやっぱここ高すぎじゃね? 普通、菓子ってこんなに高くねーだろー」
注意したところだからか、耳元でひそひそ声でマゼンタが文句を言ってくる。
お店の人に気を遣えるようになったのは良いことなんだけど、ちょっとくすぐったい。
「だってエリザに贈るのよ? お城の女王様に渡すのに、その辺のお菓子屋さんで買った物って訳にもいかないじゃない」
「あの女王様なら、フィアが選んで買ったもんなら何でも喜びそーだけどな」
理解できないと言った顔でマゼンタが耳をパタリと伏せた。
「んー、でもきっと美味しいわよ? 自分で作るのとは味が全然違うんだから! そうだ、家用にも買って帰りましょうか」
食べればマゼンタも値段に納得できるはずだ。私もまだ食べたわけじゃないから、たぶんだけど。
そう勧めてみたのだけど、マゼンタが反応したのは別の箇所で。
「自分でって、フィアもチョコレート作れるの?」
「え? そうね、私が留学していた国でバレンタインデーって日に好きな相手にチョコレートを贈る風習があったのよ。その時に友達と一緒に作ったんだけど……」
と言っても留学中に作ったのは簡単なトリュフや生チョコくらいで、用途としては友チョコと義理チョコ、完全にバラマキ用だ。
ーー片想いしていたお兄さんが居るのは飛行機で十何時間も遠くの国で、日本で本命用を作る必要はなかったから。
「……なーんか今の表情気に食わないんだけど。何考えてたの?」
「ふぇっ?! え、な、何も考えてなかったわよ!?」
不意を突かれすぎて、思わず変な声が出てしまった。
「絶対ウソ。何切なそうな顔してんのさ、スッゲー腹立つ」
「何それ!? そんな顔してないわよっ! チョコレートを渡したのは友達とかお世話になっていた人達!」
お店の中なのであくまで小声で言い返す。が、鋭すぎるマゼンタに内心はヒヤヒヤしまくりで心臓の音は外に聴こえそうなくらいだ。
それとも私ってそんなに顔に出てるのかしら……
そりゃ、お兄さんのことは今でもーーって、ううん。そこは考えない方がいい。
きっとこの後お兄さんとお姉ちゃんは付き合うことになって、私はそれを近くで見ることになるんだから。
二人を祝福できるようになるべく早く割り切って、それから……
「……やっぱ嘘じゃん。痛そうな顔してる」
「ーーえ?」
「しんどいならさ、思い出さなくてもーー忘れてたって、いいんだって。ココに居る間はそれが許される」
「ちょっと、マゼンタ? 何を言ってーー」
ーーマゼンタの様子がおかしい。
広場でのふざけた感じとも普段の様子とも違ういつになく真剣な顔で、でも全く理解できない事を言われて混乱する。
「ね、フィア。前にオレのこと選んでって言ったけど、オレじゃなくてもいいよ。だから、誰も選ばないで。ーー元の世界のヤツなんか、選ばないでよ」
そう言って、マゼンタが縋りつくようにしがみついてくる。
背中に顔をつけて、閉じ込めるように回された腕がほんの少し震えたように見えて。
ーーここ、外なのに。
そう思うのにその腕を振り解いちゃいけない気がして、私は途方に暮れた。
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