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4章
閑話8★ 古い記憶④
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アレは惜しかったな、と今でも思い出すことがある。
「名前をくださいませんか?」
「ふぇっ?!…………名前? なんでいきなり?」
城に着いて十日後。
これから出掛けるというララを引き留め、用意した首輪を手渡しながらそうお願いすると、彼女は奇声を上げてピシリっと固まった。
しばらくそのまま目を白黒させていたが、やがておっかなびっくり聞き返してきたのに、ニッコリ笑って説明する。
「あなたの飼い猫になりたいと思いまして」
「……名前をつけるだけで、猫ちゃんがわたしの飼い猫ってことになるの?」
「届け出が必要ですが、それはこちらでやっておきます。あなたは名前をつけて、僕を飼うと決めてくれればそれだけでいいんです」
それを聞いたララは腕組みをしながらうんうん唸っていたが、やがて残念そうに首を振った。
「ダメだよ、わたしじゃ猫ちゃんは飼えないよ……わたしね、この前八歳になったとこなの。子供なの」
「子供でも、猫は飼えますよ」
「飼えないよ! 子供は勝手なことできないもん。大人の許可がいるんだよ」
「僕が大人ですから、僕が許可を出しますよ」
「それってヘリクツって言うんだよ? むー、困ったなぁ」
そりゃ猫ちゃんはとっても可愛いけどー、しっぽもお耳もふわふわでとっても魅力的だけどー、と悩ましげに眉を寄せたララだが、またふるふるっと首を振り、今度はキッパリと言った。
「やっぱり、やめとく」
「……なんでですか?」
さっきと違って迷っていない顔だから、多分聞いても答えは変わらないんだけど。
それでも気になって理由を聞けば、ララは必死になって自分の考えを伝えてきた。
「ーー動物を飼うなら、最後まで面倒見なきゃいけないの。途中でやめちゃいけないの。でもわたしは、猫ちゃんとはすぐに別れなきゃだから。だから猫ちゃんのことは飼えないの」
「別れるってどういうことです? ずっと城に居るのではないのですか?」
なんだそれ。彼女がいるから、この城にも来たのに。
そんな話は知らなかったと拗ねてみせると、ララは困った顔でうーとかあーとか呟いたあと「今から言うのは秘密だから、誰にも言わないでね」と前置きしつつ、話を続けた。
「……わたしね、ここじゃない世界から来た子供なの。ーー“迷い子”っていうんだって。迷い子は、そのうち元の世界に帰っちゃうんだって」
だから一緒にはいたいけど、ずっとは無理なんだよーーと本当に残念そうな声で言われた。
気落ちしなかったと言ったら嘘になる。
迷い子が必ず帰ってしまう、なんてことはこの世界の者にとっては常識だ。それこそ僕のような境遇の者にだって知れ渡っているくらいに。
だから、諦める以外の選択肢は思いつかなかった。
けれどーー
「……ララは自分が迷い子じゃなければ、僕のこと飼ってくれました?」
「それはもちろん! 猫ちゃんのこと大好きだし!」
「はあ……とりあえず、今はその言葉だけで良しとしますよ」
ため息をつきつつそう言えば、ごめんね? と申し訳なさそうに八歳児に笑われてしまった。
◇
その後は今度こそ出掛けると言うララを魔法陣まで送りながら、思いつくままに色々なことを話した。
「他の猫ちゃん達は、大体がこの国にお世話になることにしたみたい。猫ちゃんはどうするの?」
「……そろそろ放ったらかしにしている兄弟がイジケて面倒なことになりそうなんですよね。なので、いい加減迎えに行こうかと。ララは今から何をしに行くんですか?」
「わたしはまた動物いじめをしている悪い大人がいるって聞いたから、みんなでお仕置きしに行くよー」
猫ちゃん達みたいに困ってる子がいるかもだから頑張る! とガッツポーズを決めるララは、どう見ても可愛くて元気いっぱいな普通の子供だった。
「なんでララは城の仕事を手伝ったりしているんですか? 迷い子だからって、別に強制されているわけでもないでしょう?」
「え? うーんと……わたしがこっちで良いことしておけば迷い子のヒョーバンが良くなって、次の迷い子がこの世界の人たちと仲良くしてもらえるかもでしょ?」
「でも、ララは迷い子ってことは隠しているんでしょう?」
それじゃララ本人に何のメリットもないのでは、と聞いたのだが。
「わたしは好きでやってるからいーのっ!」
満面の笑みでそう返されれば、なら仕方ないな、で納得するしかなかった。
そうして転移魔法陣に着いたあと。
ララは別れ際にしっかりと僕の目を見ながら、“お願い“とやらを言い残した。
「ね、猫ちゃん。いつかまた他の迷い子に会うことがあったら、親切にしてあげてね? 困ってたら、手助けしてあげて?」
約束だよ! とにっこりしながら小指を絡めて言われたのが、結局最後の言葉で。
その次の週には、ララはこの世界から消えていた。
*************************
次から本編に戻ります。
「名前をくださいませんか?」
「ふぇっ?!…………名前? なんでいきなり?」
城に着いて十日後。
これから出掛けるというララを引き留め、用意した首輪を手渡しながらそうお願いすると、彼女は奇声を上げてピシリっと固まった。
しばらくそのまま目を白黒させていたが、やがておっかなびっくり聞き返してきたのに、ニッコリ笑って説明する。
「あなたの飼い猫になりたいと思いまして」
「……名前をつけるだけで、猫ちゃんがわたしの飼い猫ってことになるの?」
「届け出が必要ですが、それはこちらでやっておきます。あなたは名前をつけて、僕を飼うと決めてくれればそれだけでいいんです」
それを聞いたララは腕組みをしながらうんうん唸っていたが、やがて残念そうに首を振った。
「ダメだよ、わたしじゃ猫ちゃんは飼えないよ……わたしね、この前八歳になったとこなの。子供なの」
「子供でも、猫は飼えますよ」
「飼えないよ! 子供は勝手なことできないもん。大人の許可がいるんだよ」
「僕が大人ですから、僕が許可を出しますよ」
「それってヘリクツって言うんだよ? むー、困ったなぁ」
そりゃ猫ちゃんはとっても可愛いけどー、しっぽもお耳もふわふわでとっても魅力的だけどー、と悩ましげに眉を寄せたララだが、またふるふるっと首を振り、今度はキッパリと言った。
「やっぱり、やめとく」
「……なんでですか?」
さっきと違って迷っていない顔だから、多分聞いても答えは変わらないんだけど。
それでも気になって理由を聞けば、ララは必死になって自分の考えを伝えてきた。
「ーー動物を飼うなら、最後まで面倒見なきゃいけないの。途中でやめちゃいけないの。でもわたしは、猫ちゃんとはすぐに別れなきゃだから。だから猫ちゃんのことは飼えないの」
「別れるってどういうことです? ずっと城に居るのではないのですか?」
なんだそれ。彼女がいるから、この城にも来たのに。
そんな話は知らなかったと拗ねてみせると、ララは困った顔でうーとかあーとか呟いたあと「今から言うのは秘密だから、誰にも言わないでね」と前置きしつつ、話を続けた。
「……わたしね、ここじゃない世界から来た子供なの。ーー“迷い子”っていうんだって。迷い子は、そのうち元の世界に帰っちゃうんだって」
だから一緒にはいたいけど、ずっとは無理なんだよーーと本当に残念そうな声で言われた。
気落ちしなかったと言ったら嘘になる。
迷い子が必ず帰ってしまう、なんてことはこの世界の者にとっては常識だ。それこそ僕のような境遇の者にだって知れ渡っているくらいに。
だから、諦める以外の選択肢は思いつかなかった。
けれどーー
「……ララは自分が迷い子じゃなければ、僕のこと飼ってくれました?」
「それはもちろん! 猫ちゃんのこと大好きだし!」
「はあ……とりあえず、今はその言葉だけで良しとしますよ」
ため息をつきつつそう言えば、ごめんね? と申し訳なさそうに八歳児に笑われてしまった。
◇
その後は今度こそ出掛けると言うララを魔法陣まで送りながら、思いつくままに色々なことを話した。
「他の猫ちゃん達は、大体がこの国にお世話になることにしたみたい。猫ちゃんはどうするの?」
「……そろそろ放ったらかしにしている兄弟がイジケて面倒なことになりそうなんですよね。なので、いい加減迎えに行こうかと。ララは今から何をしに行くんですか?」
「わたしはまた動物いじめをしている悪い大人がいるって聞いたから、みんなでお仕置きしに行くよー」
猫ちゃん達みたいに困ってる子がいるかもだから頑張る! とガッツポーズを決めるララは、どう見ても可愛くて元気いっぱいな普通の子供だった。
「なんでララは城の仕事を手伝ったりしているんですか? 迷い子だからって、別に強制されているわけでもないでしょう?」
「え? うーんと……わたしがこっちで良いことしておけば迷い子のヒョーバンが良くなって、次の迷い子がこの世界の人たちと仲良くしてもらえるかもでしょ?」
「でも、ララは迷い子ってことは隠しているんでしょう?」
それじゃララ本人に何のメリットもないのでは、と聞いたのだが。
「わたしは好きでやってるからいーのっ!」
満面の笑みでそう返されれば、なら仕方ないな、で納得するしかなかった。
そうして転移魔法陣に着いたあと。
ララは別れ際にしっかりと僕の目を見ながら、“お願い“とやらを言い残した。
「ね、猫ちゃん。いつかまた他の迷い子に会うことがあったら、親切にしてあげてね? 困ってたら、手助けしてあげて?」
約束だよ! とにっこりしながら小指を絡めて言われたのが、結局最後の言葉で。
その次の週には、ララはこの世界から消えていた。
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次から本編に戻ります。
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