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ベルフォール帝国編

難題 ~エーレンフリート・ハッテンベルガー

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「彼はサンダーランド王国の貴族の子息です。サンダーランド王国救援行軍で偶然出会いました。見どころがありベルフォール帝国で学びたい意思がありました。それで私が招いたのです」

 嘘は言っていないとハッテンベルガー伯爵は思っている。大まかな表現をすればまさしく発言した内容通りなのである。
 勿論、妻のエリーゼにはもっと詳細な話をしている。今後の計画も大まかながら設計しており、いくつかは実行しようとしている所である。
 現在はレイ・フォレットと名乗っている子供。
 彼についての情報と身柄は大事に扱わないといけない。
 伯爵にとっては義兄であるクリューガー公爵に、この件の詳細を語るには時期早々と考えている。
 これについても夫婦間で決定済みだ。
 他者には可能な範囲で最低限の情報開示のみという方針となっている。
 その最低限の情報を公爵に報告したのであった。

 ところが公爵は簡単に納得しない。
 これは想定内である。

「まどろっこしい探り合いは止めだ。本当の所を話せよ」

 ソファーにぞんざいにのけ反りながら公爵は面倒くさそうに話す。身内と認めている二人に余計な探り合いは本意ではないようだ。
 だからといって把握している事を全て公開する訳にはいかない。思っている以上に単純では無い。
 それなりに親しい間柄とはいっても考えている事が一致している訳ではない。
 継承権を放棄してはいるが軍部にはかなりの信奉者がいるクリューガー公爵の影響力は決して小さくは無い。
 本人にその気が無くても何かの切っ掛けに担ぎ出す勢力は少なくない。
 開示する範囲は極小で済ませないといけない。
 
「簡単に纏めてはしまいましたが話をした通りです。レイ君は学ぶ姿勢が強いです。将来的にサンダーランド王国に利益をもたらす貴族になるでしょう。それは我が国にも利益になると思います」
「お前ん所の後継者より見どころがあるんだな。じゃなきゃ他国の貴族のガキを預かる理由にならねぇぞ。そのフォレット家だったか。随分と友好的な付き合いがあるんだな?」
「フォレット家は救援行軍で繋がりができたのです。王家の盾と呼ばれる名家だそうです。レイ君は現当主の妹の子供です。カゾーリア軍を退けた際にも前線で従軍していました。見どころはあります」
「成程ねぇ。ちんまりとしたガキに割には随分と戦い慣れていた感じだったしなぁ」
「詳細は聞いておりませんが戦功もあったようです」
「だろうなぁ。手を合わせて見て分かったがよ。随分と手の内を隠していた感じだったぞ」

 公爵は興味ある表情を隠さない。戦い方面での才能を愛する公爵は面白い存在を見つけた興味が尽きないようだ。
 伯爵が危惧している方面ではないようだ。内心安堵の隠しつつ返答をする。

「私も全てを把握できている訳では無いです。年齢にそぐわない実力を持っているのは把握できております。本人は戦方面とは違う知識を欲しているようです」
「そりゃ勿体ねぇなぁ。なぁ数年でいいから俺に預けてみねぇか?サンダーランド王国にあの坊主は勿体ない。どうせ上手く使えなねぇんだ。俺の子飼いにしてみてぇんだよ」
「随分と評価されましたな。それ程の才能を感じられたのですか?殿下との仕合では全く歯が立たなかったと見ていましたが」
「面と向かわねぇと分かんんねぇ事たぁあるんだよ」

 確かにクリューガー公爵とレイ・フォレットの仕合は一方的だった。
 素手の公爵相手にレイは何もできなかったのだ。
 正面から打ち込んでは地面に転がされていたのだ。
 一度だけ打ち込めそうなタイミングもあったが、軽くいなされてしまっていた。
 名実ともに最高の地位にある大将軍相手に名も無き子供が敵う相手ではない。
 不思議な事に公爵は面白そうだった。レイ・フォレット自身も気力を失う事もなく仕合はそれなりの時間を消化していた。
 両者とも満足そうな表情であったのが伯爵は不思議ではあった。
 果たして我が息子が同様の仕合をしていた場合に同じような表情になっていたであろうか?
 見た目以上に何かあったのかもしれないと伯爵はその程度の理解であった。
 まさか子飼いにしたいほどレイ・フォレットを評価しているとは想像だにしていなかった。
 
 思わず表情に出ていたのか公爵が変化に気づく。

「もしかして、お前まだ仕合ってねぇのか?」
「当たり前です。相手は子供ですよ。それに本人が望んでいません。息子との仕合も望んでいませんでした。何故か息子が折れずどうしてもと仕合を望んだので受けてもらいました」
「仕合をするお兄様がおかしいのですわよ。他家からお預かりしている子息ですのよ。万が一があったら我が家の過失になるのですわよ。お兄様は責任取られませんわよね?」
「ぐ・・。面白そうなヤツだったから仕方ねぇだろ。怪我はさせなかったろうが」
「私が途中で止めなければ危なかったでしょうに。無手に拘りすぎでしたよ。少々押されかけてしまってましたね」

 やむなく審判役を務めた伯爵が進言してくる。何やら複雑な表情をしている。良くもあり、悪くもある仕合結果と考えているのだろうか。

 仕合内容は当然のように公爵の完勝であった。
 しかし、途中でレイの戦い方が変わったのだ。それは目に見えた変化であった。
 その変化に対応する為公爵の対応が変わる。
 公爵曰く「ちょっとだけ真面目にやった」という対応をする事になったようだ。
 レイの武術の実力の底を伯爵は把握できていない。
 武術の基礎はきちんとできているのは理解している。
 が、同年代の子供より体格、筋力に劣るので抜きんでた実力はないと推測していた。
 その認識は仕合をした公爵の意見だと間違いらしい。
 伯爵も今回の仕合で同じ印象を持ったのだ。
 息子との仕合は全く本気ではなかったようだ。公爵とレイの実力差以上の差が、息子とレイの間にあると考える。
 想像以上のモノを持っているのかもしれない。
 気づかず笑みを浮かべていたのであろう。公爵の突っ込みがはいる。

「何ニヤニついているんだ?俺がほんのちょっと困ったから嬉しいのか?イヤなヤツだな」
「違います。勘違いですよ。レイ君が良い素質を持っていると分かって嬉しくなったのです」
「だろ?だから俺に預けろって。数年でいっぱしの将にしてやるぜ」
「それは何度もお断りしています」
「なぜだ。俺が教育するんだぜ」
「本当にお断りします。これはフォレット家との約定なのです」

 ぐぬぬとばかりに唸る公爵。この件については食い下がってくる。これ程人に食い下がるのは珍しい。
 諦めが悪い公爵にエリーゼは止めを刺す。

「残念ですけどフォレット家と我が家との友誼が進んでいるのですわ。娘とレイ君の婚約がほぼ決まりましたのよ。お兄様の元にお預けするのは難しいのですわ」
「なんだ、そりゃ。俺がいない間に話を進めやがって」
「家同士の交流にお兄様の許可は必要ありません事よ。それよりもお兄様の訪問の目的はなんですの?早くおっしゃってくださいな。ある程度でも口裏を合わせておかないとお互いに困ると思うのですわ」

 滅茶苦茶嫌そうな顔をする公爵。どうにも諦めがつかないようだ。
 本当にレイの素質に惚れ込んだのだと伯爵はようやく理解する。
 この公爵は中々自分の本心を晒さない。どこまで本当か冗談なのか分からないのだ。
 少なくてもレイに対する評価は本音のようである。
 悔しそうな顔のまましばらくしてからボソリと言う。
 
「そのレイがアレのガキに目をつけられたようだぞ。最初はそんなヤツがいるのか冗談だと思っていたんだがなぁ」

 公爵の言葉に驚きを隠せない伯爵夫妻。思わずお互いに顔を見合わせてしまう。
 レイの事は宮廷には報告していない。貴族の家の私的な交流をいちいち報告する必要は無い。例え他国の貴族家との交流だとしてもだ。
 更にレイは勤勉な性格ではあるが年齢の割に小柄だ。
 自身も目立たぬよう気をつけているのか屋敷内での交流も少ない。ましては外向きの交流はもっと無い。
 レイの従者であるクレアは無表情の割には活発に行動し、レイの世話をしていると妻から聞いている程度だ。妻はそのクレアを大層気に入っているようである。
 ともあれ、何故皇帝の皇子に目をつけられたのか不明だ。

「リーンハルトかしら?」

 エリーゼから意外な人物の名前があがる。自分の息子が宮廷と交流があるという事だ。どうやら妻は交流を知っていたらしい。
 
「そうらしいぞ。少しは自分とこのガキの面倒を見ておく事だな。愚痴みたいな事を言っていたらしいぞ。どうも三男坊が興味を示していたらしいがな。他のガキ共もそれなりに興味は示したようだが。遠からずアレの耳にも入るんじゃねぇかな」

 妻を見ると、肩をすくめ目を瞑っている。どうやら思い当たる事があるようだ。
 
「リーンが宮廷の皇子達と交流しているのは把握していたわ。将来の皇帝の側付きになる選択肢もありと思ったからなのだけど。交流を深めるのも悪くないでしょう」
「確かに文官に興味を示していたなあ。武術の実力は現時点では足りないと今日判断できたから、その選択肢は有りだと思う。だがレイの事を秘匿するよう話していたと思うが」
「わたくしもきっちりと念を押していたのよ。承知した風だったので信じていたのですわ。ねえ、お兄様。念のためですけど、その噂は真実で間違いないのかしら?」
「ああ、近い内に呼び出しがあると思うぞ。これは間違いないからな。ガキんちょは拒もうとしていたらしいがダメだったようだなぁ。連中は今は宮廷を牛耳っているからなぁ。無理だな」

 成程とばかり伯爵は今日の仕合をリーンハルトが望んだ事が理解できた。
 恐らくだが、レイに仕合で勝利する事により自分が優秀である事を示したかったのだろう。
 自分が優秀であるからレイを招集する事は不要という理由付けをしたかったのだ。
 仕合が終わってもしつこく食い下がってきた事に納得がいったのだ。
 
「エーレン、早く二人に婚約を結ばせましょう。レイ君を守るには明確な繋がりを持つ必要がありますわ」

 妻の申し出に伯爵も同意する。
 どうにも思わぬ所で件の人物は狙われているようだ。
 
 血のなせる業か・・・。
 伯爵は独白する。
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