水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

文字の大きさ
29 / 86
2章

お守り?・2

しおりを挟む
 炎の輝きが煌めく魔石は、ずっと見つめていたい程きれい。
 暖炉の火を眺める時のような気分。ぱちぱちと言う薪が弾ける音と、揺らめく炎が心を落ち着けてくれる、そんな優しく穏やかな波動が僕を包んでくれる。
 ペンダントを服の下へ仕舞って、服の上から撫でた。

「レオ、ありがとう」

 改めてそう言うと、肌身離さず持っていて、と言っておでこにキスをされた。

 これで支度は全て済んだとばかりに、レオリムは、自分の荷物と僕の荷物を持つと、空いている手を僕に差し出した。
 あ、また先を越されちゃった。
 返してって言っても戻ってこないのはもう毎回のことで分かっているけど、一応抗議の目を向ける。
 レオリムは、くすくす笑いながら、早く、と催促するので、その手を握った。

 レオリムと手を繋いでエントランスへ向かうと、ラドゥ様と騎士さん達が宿の人と話していた。
 ラドゥ様たちに挨拶をして、宿屋の人にお礼を言う。食事がとっても美味しかったことを伝えると、料理人に伝えます、と嬉しそうに言ってくれた。

 宿を出て馬車へ向かうと、父さんと馭者さんが話していた。
 二人に挨拶をして馬車に乗りこむと、レオリムが、僕の手を取った。
 振り返ると、手の甲にちゅっとして、少し待っていて、と宿屋の方へ戻って行った。
 ちょうど、宿屋から出てきたラドゥ様に、父上、と声を掛けて、そちらの方へ歩いていった。
 ラドゥ様に用事があったんだね。
 僕はそのまま、座り心地の良い座席に腰を降ろした。
 父さんが乗り込んできたので、馬車の扉を閉める。馬車の中は既に温かい。
 馬車の中から、レオリムとラドゥ様をなんとなく眺めていたら、父さんが、シーラン、と呼んだ。

「シーラン、レオリムが、お前に何かあった時の顔をしていたが、だいじょうぶか」

 ラドゥ様とレオリムの方を見ながら、そう心配気に言う父さんの言葉に、僕は、はっとした。

「昨日、馬が脅えた話を聞いてから、ずっと心配しているだろう、レオリムは」

 うん、と頷く。父さんも、感じていたんだ。

「昨日、変な夢見ちゃったから、余計心配しているみたい」
「そうか……だいじょうぶか」

 今度は、僕に向かって父さんがそう聞いて、思わず笑ってしまった。
 服の上から、胸元のペンダントを撫でた。

「ふふ。二人共、心配性だね」

 父さんは、軽く笑って、そうか?と言ったけど、その後、じっと何かを考え込むように目を伏せた。
 小さく溜息を吐くと、顔を上げて僕の顔を見た。

「魔獣の話を聞いて思ったんだが、マウリはそういう被害がずっとないな」

 うん、それは僕も思った。
 ラドゥ様から聞いた、人心の乱れや自然の気の乱れ、魔獣の被害は、どこか遠い国の出来事のようだって。
 たまに伝え聞く魔獣の被害は、僕たちの住む国の中の話なんだけど、南海州を出た事のない僕には、特に他州の話は、身近には感じられなかった。

「港で、他の街の船の連中がな、マウリの周辺は海の魔物が出ないし天気も穏やかだから助かると言うんだ」

 それは、僕も聞いたことがある。
 マウリはいい街だなって。大きな街から来た船員さんが言ってた。きっとそれは……

「オレは、それは海竜様のおかげだと思っていてな」

 うん! そうだね!
 こくこくと頷く。

「州侯様も、マウリとマリーアを結ぶ街道はもうずいぶんと魔獣が出たという話を聞かない、他の街道沿いもそうだと良いんだが、と言っていてな。陸も守ってくれるなんてありがたい守護竜様だなぁと思っていたんだが。イラーゼは毎年歌謡いに選ばれるし、その上、シーランたちに、祝福までもらえたしなぁ。」

 イラーゼ姉さんの歌は、我が家の自慢だもんね。
 海竜様は、僕とレオの魂の誓いと旅立ちを、祝福してくれた。
 母さんのことは、父さんの中では、区切りがついているみたい。あまり語ることはないけれど。

 父さんは、一度言葉を切ると、馬車の窓から、ラドゥ様とレオリムに目を向けて、また僕に視線を戻した。

「……お前の生まれる前の話だが、マウリも、それなりに魔獣の被害はあったんだ」

 どくんと心臓が跳ねた。

「いつ頃から魔獣の話を聞かなくなったか考えたんだ。最後にマウリの周辺で魔獣や魔物が現れたと聞いたのはいつだったかと」

 僕の中に、街が大嵐に飲み込まれる暗い夜の光景が浮かぶ。

「海竜様だ」

 嵐に立ち向かう母さんの後ろ姿は、姉さんの背中と重なる。僕は、母さんの顔や姿を覚えていないから。

「あれ以降、マウリは魔獣や魔物に襲われたことがない」

 父さんは首を振って、ちょっと困った時の顔をした。

「だからというワケじゃないが、魔獣の話を聞いたら、今更、他の街にお前たちをやるのを、オレも少し不安に思っちまってな」

 はは、と笑って肩を竦めた。

「自由に、やりたい事を見つけてきなさい、なんて背中を押しておいて情けないが、気を付けるんだぞ」

 優しく、僕を見つめて、ぽんぽんと頭の上に手が乗せられた。
 もう、僕、小さな子供じゃないんだけど。

「うん」

 よし、と言って、父さんは馬車の座席に深く腰掛け直すと、天井を見た。

「それにしても、この馬車は、なんかすごいんだろう? 魔除けの結界もついてるって」

 うんうん、と僕も頷く。

「スーリアもすごいらしいな」
「スーリアも?」
「ラドゥ殿が言っていたが、スーリアの結界は王都の結界より数段すごいらしいぞ」
「王都より?」

 大きな街には、魔の侵入を防ぐ守護結界がある。州都マリーアにもあって、街を囲むように五つの結界塔が立っている。結界塔は立ち入り禁止で、街の中や街道から塔を眺めるだけで、近寄ったことはない。

「魔法の研究が盛んらしいからなぁ。改良に改良を重ねて、学園都市というより、結界都市と呼ぶべきなんじゃないかって言っていたな」

 道中は結界つきの馬車、学園は結界都市、それなら、安心だなぁ!と、父さんはがははと笑った。

「ラドゥ殿は、うちの街にも守護の魔法を掛けてくれてるしな。役場とうちに、ほら、あるだろう、守護の魔法陣」

 うん、お守りみたいなものだよって、マウリに来るたびに掛け直してくれる。

 あれ?

 天人に近しい伴人ともびとの守護の魔法?

 それって、ただの、お守り???
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

処理中です...