水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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2章

水の巫覡・1

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 僕はしばらく、レオリムと睨み合った。
 レオと睨み合うなんて、はじめてかも?
 姉さんに『あなたたち本当に仲が良いわねぇ、ケンカしたりしないの? うんと小さい時だって、おやつの取り合いどころか、お互い譲り合って、私が半分こしてあげるまで食べないくらい、相手のことばかりだものねぇ』なんて言われてきたくらいで。

「シーラ、一旦出よう。話はその後に」

 先に目を逸らしたのは、レオリムだった。
 それだって、そんなのレオらしくない。いつだって真っ直ぐな眼差しなのに。
 僕が、きゅ、と唇を噛むと、困った顔で首を巡らせて、はぁ、と溜息を吐きながら、水の精霊たちを見た。

「こいつら、うるさいから」

 レオ、この子たちに冷たい。
 今も、鬱陶しそうに振り払ってる。
 精霊たちは、レオリムに向かって、“ほのお、いじわる!みこさまかえして!”と言いながらも、じゃれるように周りを飛び交ってる。もしかして、ほんとは結構懐いてるかもしれない。

 ……でも、たしかに。
 僕たちが睨み合っている間も、“みこさまーあそんでー”と、僕の周りをくるくるくるくるしていて、可愛いんだけど、大事な話をしたい時にはちょっと大人しくしてほしい、かも?

「……わかった」

 僕は、そばにいた精霊に向かって手を伸ばした。
 すると、ふわりと手の平に乗って、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 ふふ。飛べるのに、僕の手の平に乗って、水滴が跳ねるみたいに飛び跳ねるんだね。
 かわいい。


 みこさま!
 みこさま!!


 すぐに、他の精霊たちも、僕の手の平の上を、代わる代わる飛び跳ね始めた。

 ぴょんぴょん
 ぴちょん ぴちょん
 しとっ しとっ

 わぁ…。
 春の雨が行潦にわたずみを作るみたい。

 かわいくて楽しくて、思わず顔を綻ばせると、シーラ、と不機嫌な声が隣から掛かった。
 むすりとした表情で、髪の毛をひっぱる精霊を掴んで引き剥がしているところだった。

 こんなレオ、初めて見たかも。

 僕は、ちょっとおもしろくなってしまった。
 レオリムは、いつも僕に優しくて、太陽みたいに笑っていて、好きという気持ちを惜しみなく表してくれるから、こんな不機嫌な顔を僕が見る機会はほとんどない。
 咎めるみたいな声で名前を呼ばれたのも、初めてかも。

 ふぅん。

 むずむずする口元を、精霊たちを乗せた手とは反対の手で隠して頷いて返す。
 もうちょっと見たい気もするけど、しょうがない、この辺にしよう。

 僕は、手の平に乗った精霊を、ぽんと上に跳ね上げるように上げて、宙へ放った。
 僕が遊びに付き合うと思ったようで、きゃーきゃーと喜んで、また手の平に戻ってこようとしたけど、手を縦に翳して、静止の意図を伝える。

「今は遊べないんだ、ごめんね」

 精霊たちは、残念そうに、僕の周りをまたくるくる回り出した。
 もっと遊んでと強請られるのかな、と思ったけど、一頻り回った後、玻璃をすり抜けて、湖の方へ帰って行った。


 みこさま、またねー
 みこさま、またあそんでねー
 みこさま、ほのおとなかよくねー


 聞き分けの良い、良い子たちばかりだね。

 レオリムを振り返ると、苦虫を噛み潰したような顔で、湖の光を睨んでいた。
 わぉ。さっき僕と睨み合いしていた時よりずっと怖い顔。
 精霊たちはレオのこと、キライじゃないみたいだよ?

 僕の視線に気付いたレオリムは、はっとして、顔を背けて下を向いた。
 耳としっぽが垂れ下がったみたいに見えて、僕はよしよしと頭を撫でた。

「シーラ……」

 しゅんとした声が可愛い。
 やきもちやいてるの?
 海竜様にもやきもち焼いてたよね。
 レオって、僕がちょっとでも他に取られそうになると、すごくいやがるよね。
 マウリでは、もうずっとそんなことがなかったし、みんな僕のことは『レオリムのシーラン』という扱いだったから、こんな牙を剥き出しのレオリムを見たのは……いつだろう、ずっと、すごく、昔のような気がする。

 だいじょうぶだよ。
 僕が一番好きなのは、レオだからね。

 ほっぺたに、ちゅ、とすれば、ぎゅ、と抱き締められた。

 濡れた浴衣よくいで肩が冷えちゃう。
 もう上がろう?

 レオリムの手を引いて湯船から上がって、最後に湯を掛けて、展望風呂を後にした。





 こんなことは初めてなのだけど。
 レオに、声を掛けづらいと思うなんて。

 僕の様子を伺って、気にしているレオリムだけど、唇は引き結ばれたまま。
 伏し目がちの目は、きっと、何をどう伝えようか、考えているんだろう。黒い睫毛が何度も上下する。
 無言のまま、僕たちは服を着替えた。
 ちらりとレオリムを横目で見ると、タオルを持って佇んでいた。言い出そうか躊躇うみたいに、ぎゅ、と握っている。
 僕は、近くにあった椅子に腰かけた。

「レオ、おねがい」

 鏡越しにレオリムを見ると、ぱっと上がった顔が、ほっとしたように緩んで、泣き笑いみたいな顔。
 まるで僕がいじめてるみたいじゃない?
 むしろ、僕の方が隠し事をされてたみたいだし、なんていうか、裏切られたみたいな、そういう気持ちになってもおかしくないと思うんだけど。
 ぷくっとほっぺたを膨らませると、慌てて僕のそばにきて、優しい温風を髪に当ててくれた。

 別に、怒ってないよ。

 もし僕に秘密にしていることがあるんだとしても。

 レオが僕を裏切ったりしないってこと、僕は知っているから。

 僕はレオを、魂から信じてる。
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