水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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3章

同じ魂

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 ラドゥ様の結界に守られた馬車の中は静かで、外の物音も何も聞こえなかった。
 僕は気が付くとぴたりとレオリムに身を寄せていた。
 レオリムは僕の手を握って安心させるように、手の平から魔力を流し続けていた。僕がその肩に体重を掛けると、繋いだ手を持ち上げて、だいじょうぶだよ、と手の甲に唇を落とした。

 別に怖いわけじゃないからね!
 静かすぎて、なんとなく、くっついていたくなっただけ!

「不安にさせてしまったかな。すまないね」

 そんな僕たちを見て、ラドゥ様は眉を下げた。
 別に、不安な顏はしてなかったと思うけどな?! レオが宥めるように手にキスするから……。
 父さんたちの前では、ちょっと恥ずかしいよ、レオ……。
 でも今更それを言うのもなんだか気恥ずかしいし、僕は首をふるふると左右に振った。
 レオは、特に何も変わらず。いつも通りと言うか、僕に触れるのは通常運転。

「私たちは普段から魔獣の相手をしている。騎士たち彼らはとても優秀だから、心配はいらないよ」

 ラドゥ様が騎士を伴って、各地の魔獣を退治していることは、精霊湖の湖畔の宿屋で聴いた。
 ラドゥ様は、更に話をしてくれた。

 西の果てに封じられた『闇』は、魔を生み出す。『闇』の生み出す魔と、僕たちの使う魔法は、似て非なるもの。
 僕たちの魔法は、魂の持つエネルギーで、それは魂が蓄えた『光』のエネルギーのこと。
『光』は、愛や慈しみ、信じる心、高潔さや、世界を識り、成長や向上したいという前向きな気持ち……そう言った正の気持ちから生まれる。
『闇』はその対極、負の気持ちから生まれる。怒りや憎しみ、疑い、妬み嫉み……それらに囚われて、昏く冷たい闇に沈んだ魂。
『光』を奪い、取り込めば、自分もそうなれると信じて足掻き彷徨う憐れなもの。

「……元は我々と同じ魂だった」

 ラドゥ様は遠くを見て、悲し気に言った。

 

 僕は、まるで、冷たい海の底に凝る汚泥に埋まってしまったように、胸の奥が苦しくなった。

「天人方は皆そうだが、巫覡殿は特に慈悲深い方でね。闇に堕ちた魂を救おうと、炎と天人と誰よりも奔走された」

 光を思い出してくれたら。そう願って、一人の天人が自らの『光』と共に『闇』を封じたお陰で、『光』を手に入れた『闇』は、永きに渡り、西の果てで大人しくしていたのだと言う。
 けれど『闇』はどこまでも貪欲で、天人から分け与えられた『光』だけでは満足できず、いつの頃からか、もっと多くの『光』を求めて、また魔を放つようになった。
 西の果てと人の住む大地の間にある結界は、強固な分、編み目が大きいそうだ。多くの魔は結界の森から出て来られないが、人の心にも闇はある。
 西の果てに封じられた『闇』が出てくることは、結界が解かれない限りないけれど、その隙間から魔は人の世に滲み出してくる。人の心に巣食う汚れ淀みは、魔を呼び寄せる。
 ラドゥ様たちは、そうして人の世にこぼれた魔や、それに憑りつかれた魔獣を滅するために、各地を廻っている。

「それが、身を賭して『闇』を封じてくださった水の巫覡のご意思を守ることだからね」

 はっと息を呑む僕の手を、レオリムがぎゅうっと握った。

「水の巫覡が、西の果てに『闇』を封じた天人……?」

 僕がそう呟くと、ラドゥ様が、そうだ、と頷いた。

「天人たちは何度も『闇』の封印をしたが、それらの封印は時間が経つと破られてきた。『光』と共に封じることで、今も強固に西の果てに『闇』を封じる最後の封印となった。その代わり、水の巫覡は天人としての光の力を失い、徒人ただびととして輪廻の輪に入ることになった」

 海に沈んだ飾りの取れた宝石を探すようなものだった、そう呟いたラドゥ様の言葉に、僕の頭の中で『輪廻の先で待っていて。必ず君の元に戻ってくるから』という声が重なった。
 の言葉だった?
 僕は、レオリムを見た。
 その瞳は、愛しさに溢れている。

 レオ、僕は……。

「水の精霊たちがシーランに気付いた。やはり魂を見るのだね。魂は同じと言っても、シーランは水の巫覡とは別の人間だ。魔獣が、シーランと封印の天人である水の巫覡を同一視しないならば、このことを告げる必要はないんだが……」

 ゆっくりと首を振ると、ラドゥ様は一つ大きな溜息を吐いた。

「餌を撒いたと言ったね」

 ただ、首を縦に振る。

「魔獣を誘き出すのに、私たちは魔石の欠片を使うのだが、警戒心の強い魔獣は喰い付かない。しかし、かつて巫覡殿の作った魔石の欠片には必ず喰い付く。刻まれているのだろうな、『闇』の渇望が。『闇』は天人の『光』に強く惹かれるが、共に封じられた『光』の持ち主、水の巫覡の魂を、特に強く欲している」

 レオリムの魔力が、不穏に膨れあがる。

「レオリム、魔力を抑えなさい」
「…………はい」

 不承不承に返事をして、レオリムの魔力が、一瞬大きく揺らめいて、すーっと鎮火するように小さくなった。
 その様子をじっと見て、よし、とラドゥ様は笑った。
 それから、小さく肩をすくめて、すぅと大きく息を吸うと、僕たちを真っ直ぐ見た。

「レオリム、シーラン」
「「はい」」
「天人の生まれ変わりということを、気負うことはしなくていい。二人共、私たちの大事な息子だ。レオリムも言ったね。そこに、誰の生まれ変わりかは関係ない。ただ、気を付けなくてはならないことが、あるというだけだ」

 父さんが、僕とレオリムを見て、大きく頷いた。
 父さんはずっと言葉少なに、見守っている。元々言葉数の多い人ではないけど。
 海の上では誰よりも頼もしい海の男の父さんも、おかの上では普通の父親で、急に息子とその婚約者が天人の生まれ変わりだと聞かされて、戸惑っているんだろうな。でも、多分、僕の気持ちを察して、黙って見守ってくれているんだと思う。
 僕は、父さんの顔を見て、うん、と頷いた。僕も、ただの、父さんの子供。
 そして父さんは、レオリムにも、同じ目を向けている。
 レオリムも、こくりと頷いた。

「何の責務を感じる必要は全くない。二人には、天人の枷から離れ、自由に生きてほしいと願っている」

 ラドゥ様はそこで一度言葉を切ると、微笑んだ。

「レオリムとシーラン、二人一緒にね」
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