水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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4章

怖くないよ

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 歓談室で魔獣の話が出た後は、そのまま解散になった。
 僕とレオリムも、就寝の挨拶をして、部屋へ引き上げようと歓談室を出たところ、ツァォロンくんに声を掛けられた。

「魔獣の件、怖がらせて、悪かったな」

 僕は、違う、と首を振った。

「……ラドゥ様たちがいるから、心配してないよ。確かに、魔獣は少し怖い気はするけど、そうじゃなくて……」

 レオリムが、繋いだ手に、少し力を込めた。

「僕に、魔獣を救える力があればいいな、と思って……」
「シーラ……」

 僕は水の巫覡と呼ばれる天人の生まれ変わりみたいだけど、正直よく分からない。魂の光を得たら、今の僕でも天人になれるだろうか。そうしたら、魔獣を救えるだろうか。
 そう言う事を考えると、何故だか、なんだか胸が詰まるような気持ちがするんだ。
 誰かを、傷付けているような、そんな、苦しい気持ち……。

 ツァォロンくんは、僕をじっと見て、それから、僕を心配そうに見詰めるレオリムをじっと見た。ツァォロンくんの藍銅色の瞳は、高い魔力を秘めた魔石のような輝きをしている。見透かすように、でも、冷たいわけじゃない。硬質な輝きだけど、大地の息吹のような大きくて包み込むような温かみも感じられる不思議な瞳。

「……ごめん。魔獣の被害に遭う人もいるのにね」
「いや、救えるもんなら、救いたいよな」

 大きな口がにんまりと弧を描く。
 そばに来て、僕の頭を、ぽんぽんと撫でた。

「シーランは、それでいい。な? レオリム」
「あぁ」

 ツァォロンくんは、おやすみ、と言って踵を返し、肩越しにひらひらと手を振って廊下の奥へ去って行った。
 レオリムは、ツァォロンくんの背中におやすみと返した後、僕の頭を同じように、ぽんぽんした。
 いつもと同じ、優しい色の蒼い瞳。
 でも今は、どこか遠い輝きに見えた。



 僕とレオリムが泊まる部屋へ戻り、別々にお風呂に入った。
 じつは、精霊の宿を出た後、次の宿駅で泊まった高級宿屋で一緒にお風呂に入って以降、レオリムと一緒にお風呂に入っていない。次の宿屋でも当然一緒に入るものと思っていたら、レオリムに、先に入ってきて、と言われて、それが続いている。そこにあったものが急になくなった気がして、物足りない気はするけど、レオリムが別々に入ろうと言った理由を聞いて、納得しているから不安はない。というか、あんなこと言われたら、そうせざるを得ないよね!? 『シーラに触りたくて仕方なくなる。怖がらせたくないから』だって、真顔で言うんだもん!
 先にお風呂に入って、寝る支度をする。レオリムは、一人でお風呂に入ると、ちゃんと洗って浸って来た? っていうくらい、早く出てくるから、今夜もやっぱり、僕が髪の毛を乾かして、お肌の手入れをして寝支度を整え終わる前だった。

「ちゃんと温まってきた?」

 頷きながら寝台に腰かけて、僕に背中を向ける。髪の毛を乾かして、櫛を当てた後、レオリムの肩を引いて、頭を膝の上に乗せる。お肌の手入れも。レオリムは、放っておくと自分ではほとんど肌の手入れなんかはしないから、時々僕がしてあげる。橙花油の香りは、優しい甘さと爽やかさがあって、お気に入り。
 レオリムを僕と同じ香りにして、ごそごそと寝台のお布団の中に潜り込んだ。
 パサ、とそばの椅子にタオルを掛ける音がして、レオリムも、僕の隣に潜り込んできた。
 後ろから、僕を抱き締める。温かい腕。

「おやすみ、シーラ」

 ちゅ、と頭の後ろにキスをされる。
 お風呂には一緒に入ってくれないのに、寝るのは一緒。寝台は、もう一つあるのにね、当たり前みたいに、僕を抱き枕みたいにして寝るんだ。

「シーラ?」

 僕が、おやすみ、と返さないので、寝ていると思ったのか、上から覗き込んできた。
 僕は、寝たふり。

「……おやすみ」

 ちゅ、とほっぺたにキス。
 ちゅ。耳朶にキス。
 はむ。耳朶を食べられる。
 ちゅ。首の後ろにキス。
 ちゅ、ちゅ、ちゅ……。

 もう!!

 僕は、腰に廻ったレオリムの腕を解いて、身体の向きを変えた。

「……やっぱり起きてた」
「……寝てたよっ」

 睨んでも、全然悪びれないレオ。
 僕がおやすみを返さなかったから、いじわるしてるんだ。

「もう寝るよ、おやすみ」
「うん、おやすみ」

 蕩けるみたいな笑顔で、おやすみを言われて、僕はレオリムの腕の中に潜り込んだ。
 とくとくと、心臓の音が聞こえる。
 魔獣の話を聞いた時湧き上がった哀しい気持ちが、溶けていく。

「ねぇ、レオ」
「うん?」
「もうお風呂、一緒に入らないの?」
「……」

 返事がないので、顔を上げると、すっぱくてえぐい葡萄を食べちゃった時みたいな顔をしてた。

「……そのうちまた一緒に入る」
「いつ?」

 お湯の中で、レオとくっつき合って、ゆらゆらと温まるの、好きなんだ。

 レオリムの顔が近付いてきて、唇が重なる。
 何度か角度を変えて重なって、温かいものが、唇に触れる。濡れる感触。僕は、それを受け入れる。
 レオリムの舌は、ゆっくりと、僕の唇を舐めて、歯をなぞっていく。さらに伸びて、僕の舌が捉えられる。絡みついて、じゅ、と吸い上げられて、僕はびくりと身体に力が入った。ぞくぞくと背中が震える。

「……んっ」

 ぱ、とレオリムの口が離れて、ぎゅ、と抱き締められた。

「俺がこういうことしても、シーラが怖がらなくなったら、だ」

 怖くないよ。
 怖くないって思うのに。

 レオリムの唇が、僕の目元に溜まった涙を、吸い取った。
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