水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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4章

白銀の夢

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 どこまでも続く白銀の雪原は、人にも獣にも厳しい。

 白く目を焼く視界の中、迷わないのは、導いてくれる精霊の声と、温もりを与えてくれる繋いだ手があるから。

 白い嵐の中、どれくらい進んだろう。突然、真っ黒な壁が現れる。堅牢な岩の城。
 岩窟をくり抜いた天然の要塞の内側は、岩肌の冷たさとは逆に、迎え入れる人の懐の深さと同じくらい、温もりに満ちている。

『こんな北の地の果てまで、よくぞ来てくれた!』

 大地を震わすような大声は、すべてを受け入れ、包み込むような朗らかな音。この岩城に満ちる温もりと同じ。

『ちぃーっとばかり、炎の力を分けてほしい』

 ゆっくりと流れる氷の河が、この地を飲み込みそうなんだ、と少しだけ困り顔。

『出来ればありのまま、自然のままで、この地に住めたらいいが、やはり人には厳し過ぎる。獣にも』

 真冬でも凍らない川はいかが?

『そいつはいいな! 魚が棲める!』

 峻厳と聳える美しい氷の山の、麓の方を少しだけ。大地の力と炎の力と水の力で、生命の種が芽吹ける様に。

『春が来たんだ!』

 共に氷の大地の裂け目の底で、互いの力を大地に注いでから幾年か過ぎた頃、嬉しい知らせ。

『ありのまま、手を加えないのが正しいと思っていたが、自分も一部となって共に生きていくのもいいもんだな』

 夏の頃には緑の絨毯が広がって、一時、白から姿を変えていて。

『大地はいいな。オレはやっぱり、この世界が好きだ』

 誰よりもこの世界を愛し、世界で一番厳しい地を慈しむ。大地への愛だけで光に目覚めた変わり者の笑顔は、大地そのもの。



 ふわりと意識が浮き上がる。ゆっくりと瞼を開けると、目の前は真っ白。
 ここは、あの雪原……?
 瞼を閉じる。温かい。あの時も、こうして温もりに包まれていて、どんなに寒くても君と一緒なら平気だって、頼もしかった。
 温もりに頬を寄せる。
 橙花油の香りが鼻先を擽る。
 花が咲いた時、彼はとても喜んで、僕たちを潰すつもりかっていうくらい、抱き着かれて苦しかったね。力加減知らずなんだから。
 なつかしいな。



 頭を撫でる感触に、目が覚めた。
 身動ぎすると、頭を撫でる手が止まって、おでこに温もり。

「おはよ、シーラ」

 顔を上げると、レオリムがまだ眠そうな顔で、僕を見てた。

「おはよう、レオ」

 少し伸びをして、レオリムの唇に、ちょん、と振れる。途端に、キスの嵐。僕は、嵐が過ぎ去るのを待つ。

「シーラ、何かいい夢見ていた?」

 着替えをしながらレオリムに聞かれた。

「夢?」
「うん、何度か笑ってたから」

 かわいかった、とうんうん頷いてる。
 え、僕、寝ながら笑ってたの? 不気味じゃない?

「覚えてないなぁ」

 う~ん、と僕は唸りながら思い出す。
 あ、なんか掴めそう。
 着替えは済んだ。寝台の上に座って、細い糸のようなものを追い掛ける。
 確かに、何か楽しい夢を見ていたような気は、する。でも、起きた途端、忘れた感じ。
 もう少し……。

「思い出せないけど、なつかしかったような気がする」

 悪い夢ではなかったと思う。

「そうか」

 隣に座ったレオリムが、もう一度僕に口付けた。

 あ、こら。

「朝から大人のキスはだめ」

 舌の気配を感じて、レオリムの顔を遠ざける。

「…………」

 レオリムの顔を抑えた手を取られて、ほっぺたや唇に、むにむにと当てられる。

「……夜ならいいの?」

 にやりと笑って言う。

「……いいよ」

 ちゅ、と指先にキスをされて、腕を引かれて立ち上がった。

「お腹空いた。ご飯、食べに行こうぜ」

 ご機嫌なレオリム。ほっぺたにちゅっ。
 夢では、レオリムも一緒だったような気がする。だから、きっといい夢だった。



 食堂へ行くと、ツァォロンくんはもう朝餉を食べていた。

「おはよう!」

 膨らんだほっぺたが、しゅん、と縮んで、からりと大きな笑顔で言うツァォロンくん。
 ラドゥ様の騎士さんや、ツァォロンくんの従者の人とも挨拶を交わしながら、僕とレオリムは、ツァォロンくんのいる奥の食卓へ着いた。

「おはよう」

 ツァォロンくんの前には、こんもりと積まれた腸詰肉。
 席に着くとすぐ、朝餉が給仕される。野菜スープ、半熟の炒め卵、揚げ芋と煮込み豆、麺麭、腸詰肉と燻製肉。
 レオリムも、さっそく腸詰肉にかぶりつく。
 朝からよく食べるなぁ。

「こういう宿屋は肩が凝るばかりだと思ってたけど、があるなら、また泊ってもいいなぁ!」

 僕の視線に気付いたツァォロンくんが、半分になった腸詰肉をくるりと廻して、にかりと笑った。
 レオリムも、お肉を黙々と食べている。君たち、ほんとお肉好きだね。

「野営だと、簡単なものばっかりだし、品数も限られるからなぁ。これからは、もうちょっと利用しようかな」

 ツァォロンくんの言葉に、隣の食卓のツァォロンくんの従者の人たちが、ぜひそうしてください、お願いします、と次々と声を上げた。ツァォロンくん一行は、騎士や従僕も含め、全部で10人。馬車はあるけど、主に荷物を載せているらしくて、ツァォロンくんも含め、全員が騎馬だった。大柄な人が多いので、彼らの食卓にも、次々とお代わりが運ばれている。馬車の荷物、ほとんどが食料?

「おや、にぎやかだね」

 ラドゥ様と父さんが、食堂に入って来た。
 二人は、挨拶を交わしながら僕たちと同じ食卓へやってきて、座る。
 父さんが、じっと僕の顔を見た。

「よく眠れたか?」
「うん!」

 昨日の事、心配してくれてたんだ。

「そうか。ラドゥ殿も、心配しなくていいと言ってくれているからな。気にするなと言うのはむずかしいかもしれないが、お前たちは、学園での新しい生活の方に集中していればいい」
「ありがとう」

 ラドゥ様が無言で、父さんの肩をぽんぽんと叩いて目を細めた。それから僕たちの方を見て笑って頷いた。
 ラドゥ様のほっぺたが膨らんでいるのは、腸詰肉かな?
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