水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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4章

馬車の列

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 朝餉の後は部屋へ引き上げ、支度をして宿屋を出発した。
 宿駅の東の門の前は、通行証の確認を待つ馬車や騎馬、人で列が出来ていた。州営の街道馬車や、個人所有の馬車の他に、大荷馬車や郵便車、商団の馬車などが、一列に並んで待っている。
 護衛の騎馬隊なども一緒だと確認に時間がかかる。それに、騎士さんが教えてくれたけど、この時期のスーリアへ向かう馬車の数は、特に多いんだって。この時期は、新入生や、長期の休みを終えて学園へ戻る学生の乗る馬車が増えるから。

「同じスーリア学園の新入生もいるかな」
「そこに一人いる」
「ツァォロンくん以外で」

 窓の外から馬車や人を見ながらレオリムと他愛のない話をする。
 僕たちの馬車の前には、ツァォロンくん一行がいて、窓から覗く僕たちの視線に気付いたツァォロンくんが、振り返って馬の上から手を振って来た。僕たちも手を振り返す。朝から元気いっぱいだね。あれだけ食べれば元気もいっぱいになるか。

 列の横を、馬車と騎馬の一団が通り過ぎて、宿駅の東の門まで進んだ。馬車の内、一輌は貴族が街乗りに使う様な豪華な馬車で、残りは、多分使用人用の馬車や荷馬車で、結構な大所帯。
 その一団は、列に並ぶことなく、確認を済ませて宿駅を出て行った。
 その後も、列に並ばず出発する一行がいくつか。どれも、どの馬車が主人の馬車か一目で分かるような豪華な馬車が中心の一行だった。中には、家紋らしい模様の刻まれた馬車も。
 ちょっと心配になる。どの馬車に貴人がいて、どの貴族家かも分かると、野盗に襲われるだけじゃなくて、誘拐されて身代金とか要求されちゃったりしない? まぁ、そのための護衛隊か。僕たちだって、馬車は一輌しかないから、主人はここですって言ってるようなものだし。

「ラドゥ殿、もしかして、列に並ばなくても宿駅を出られたのでは?」

 ようやく順番が来て、宿駅の門をくぐって東へ向かう街道を走り出してしばらくして、父さんが首を傾げながらラドゥ様に尋ねた。
 それは僕も思った。さっき門を通り抜ける時に。僕たちの前、ツァォロンくん一行の通行証を確認する時、門衛兵の人が少し慌てたように見えた。その次、僕たちの番でも、馭者のジャニュローさんと騎士のフェブウィさんと通行証の確認をしていた門衛兵の人が、慌てて敬礼したり、頭を下げたりして、しっかり確認したのかな? と心配になるくらい、慌てて僕たち一行を通したから。
 二人の会話に耳を澄ませる。

「そうだね。貴族の馬車は、列に並ばずとも、優先的に通行証の確認をして通していたね」

 軽く肩を竦めて、ラドゥ様が父さんの質問に答える。

「王都とスーリアを行き来する貴族は特に多いからね。この街道は、他に比べ少しは安全だから、身分を隠さなくても大丈夫と思うんだろう」

 王都とスーリアを結ぶ街道は、平地を通っていて、野盗が隠れたりする場所が少ない。往来する馬車や人も多く、宿駅だけじゃなく、駅所にも宿があるから安全に夜を過ごせる。衛士も定期巡回をしているらしい。
 そして、ほとんどの街や宿駅を出入りする門は、入出それぞれ一列が多い。州都の街門は道も門も大きくて、馬車用、徒歩用に分かれていて、列も二列あったけど。ここの門衛兵は、貴族の馬車を先に通すことに、慣れている様子に見えた。

「平民の列に並ぶのはお嫌いらしいしね、貴族は」

 ラドゥ様の笑顔が、いつもより冷たく硬くて、背中が少しひやっとする。父さんも、少し引き攣った笑顔。レオリムが、僕の背中を撫でた。

「まぁ、緊急時は、少しばかり融通してもらうこともあるけど、今は急ぎの旅でもないからね。威張り散らす必要もない。私は、貴族なんてものは、少しばかり人より多くの荷を持てる者、くらいにしか思っていないしね」

 ラドゥ様は、父さんの手を取って、顔を見て、笑った。今度はふわりと温かい笑顔。

「ウルマー殿と私に、何の違いもないだろう? 同じ、子を持つ父親だ」

 父さんは、きょとんとして、ラドゥ様の顔を見て、それから、僕と、レオリムを見て、ラドゥ様と同じように笑った。

「はは、そうですね! 息子の入学を楽しみにスーリアまで着いてくる親ばか同士ですな!」

 僕とレオリムは、顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。
 ほんとに。
 僕もマウリからほとんど出たことのない田舎育ちだけど、父さんだって、せいぜい州都のマリーアにたまに行くくらいの、ほんとに普通のただの田舎の港街の領主で。それが、息子が国一番の学園に入学するからって、侯爵様と一緒にこんな遠くまで来ちゃうんだから。
 父さんは、ふぅと大きく息を一つ吐いた。

「侯爵家の御子息を預かって一緒に育ててほしいと言われた時は、何が何だか分からなかったが、あの時は色々重なって……赤ん坊をもう一人? と戸惑うより前に、ラドゥ殿が、レオリムと一緒に乳母殿を連れてきてくれて、本当に助かりました」

 父さんは、ばつが悪そうに笑った。

「オレは、イラーゼの時も、子どもの世話はアマラに任せきりで、おしめの替え方もヘタでなぁ。イラーゼもマリーアの学校だったから、乳母殿がいなかったら、どうなっていたことか」

 僕とレオリムを、優しい目でみつめる。

「それでも街の復興はやる事が山積みで、毎日へとへとになって家に帰ると、シーランが、レオリムと一緒にすくすく育つのを見るのが、支えだった」
「寝返りをうったとか、はいはいしたとか、私も毎日のように届く頼りが楽しみだったよ」
「えぇ。その内、この二人はいつか一緒になりたいと言い出すなぁと思った時、うちは準男爵だし身分差はどうしたもんかと頭を悩ます前に、ラドゥ殿から、二人の気持ちが大事だからと言ってもらいましたね」

 ラドゥ様は、くくく、と肩を震わせた。

「そもそも、身分がどうのという結びつきではないからね」

 レオリムが、僕の手を握って、うん、と頷いた。当然ですって顔に書いてあるね……。

「スーリア学園も、身分ではなく、きちんと人として見てくれる場所でしょうか」

 父さんの声音に、少し心配な色が混ざる。
 僕も、今まで何度か見掛けたやそれを取り巻く人の態度を思い浮かべた。

「ウルマーさん、俺もシーラも、そんなものには負けないよ」

 なっ、とレオリムの蒼い目が、僕を真っ直ぐに見る。

「……うん!!」

 笑い声が二つ。

「私たちの息子たちは、逞しいね、ウルマー殿」

 だって僕たち、最強の婚約者だし! あっ、魂では、もう立派な夫夫ふうふかな?
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