水の巫覡と炎の天人は世界の音を聴く

井幸ミキ

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4章

寝台馬車

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 街道には戻らず、里道を進んでスーリアを目指す。舗装はされていないけど、踏み固められた里道は、サンタナ家の馬車にとっては、街道を行く快適さとほとんど変わりがなかった。
 道が分かれているところでは、先導するツァォロンくん一行に従う。いくつかの集落を横目に、林を抜けたり、また入ったり、街道を行くよりも変化する風景を飽きもせず見て進んだ。
 東へ近付くたび、蕾に混じり、綻んだ花を多く見るようになった。白い花を咲かせるフィアルクスの他にも、銀葉樹の銀灰色の葉の先で、春の訪れを告げる鮮やかな黄色い花がぽつぽつと咲かせ始めていた。
 開けた場所へ出ると、牧草に混じって、白や紫、薄紅の花影が揺れていた。もう少し暖かくなると、色とりどりの花の絨毯を楽しめるらしい。

 里道は、また森の中へ入った。何度かの休憩を取りながら進む内、いつの間にか西の空が茜に染まっていた。森の中は鬱蒼としていて、闇が迫る。陽が落ちてもしばらく進み、開けた場所へ来て、馬車は止まった。
 今夜の野営地は、泉のほとりにあった。

 夕餉の準備出来て、みんな思い思いの場所に腰を下ろして、食べ始める。
 僕とレオリムは、泉の見える場所にした。
 焚火と竈の炎の他に、魔石灯火具も灯されて、手元と足元が明るく照らされている。
 野営の灯りが、泉に反射してきれい。

「いいところだな」
「うん、きれい」

 きらめく水面に見惚れる。

「食ってるか?」

 串焼き肉と汁椀を手にしたツァォロンくんが、そばに腰を下ろした。

「夜の野営は始めてなんだっけ?」
「うん」
「野営も悪くないだろ」

 僕とレオリムは、ツァォロンくんの言葉に頷いた。
 今までずっと高級宿屋に泊まって来たから、ずっと快適だったけど、野外で食べるご飯も美味しいし、景色もきれい。水のそばで、なんだか嬉しい。潮の香りがしないのが、少し残念。

「それにしても、この干物鍋、うまいなぁ」

 僕たちの持ってきたマウリの魚の干物を使った鍋は、ツァォロンくんもお気に召したらしい。でしょ。美味しいでしょ。

「なかなか南の方までは行かないから、久しぶりに食べたよ。ありがとな」

 首を横に振る。持たせてくれたのは、イラーゼ姉さんで、運んでくれたのはラドゥ様たち。

「そういえばラドゥ殿、なんで突然野営に? 今夜の宿も予約していたんじゃ?」

 ツァォロンくんが、少し離れたところにいたラドゥ様の方を向いて尋ねた。
 隣の父さんと話していたラドゥ様は、ん? と小さく首を傾げて、ごくりと口の中のものを飲み込んでから答えた。

「新しい馬車の機能を確かめたかったからだよ」

 ツァォロンくんは、じとっとラドゥ様を睨め付けた。

「……うちにも変な伝令を送ろうとしてたらしい」
「おや、それは穏やかじゃないね」

 ラドゥ様は、にこやかに言って、汁椀から解した魚の身を掬って、口へ運んだ。

「うちは、よ」
「あー……」

 ツァォロンくんは、串焼き肉にかじりついた。
 首を傾げていると、ツァォロンくんが説明してくれた。

「侯爵家は宿駅にて王子殿下の到着を待ちご挨拶を、ていう伝令をうちに送ろうとしてたらしいんだよ」

 ま、うちが宿駅に泊まらないと知って、結局伝令は送らなかったみたいだけど、と肩を竦めた。

「滅多に顔を見せない侯爵が王都に滞在したと知って、挨拶にも来ないとは! とご立腹らしい。サンタナにも伝令を送ろうとしてたと聞いたが……」
よ」

 ラドゥ様の、張り付けたみたいなにこやかな笑顔を見て、僕は、予約していただろう宿屋の解約料、高かったんじゃないかなと心配になった。父さんは反対側を向いて黙々と汁を啜っていた。

「シーラン、面倒事を避ける必要経費だと思えば、安いものだよ」

 僕は溜息を吐いた。
 なんか、王子って、あれみたい。
 ひっつきむし。
 草むらに入って、いつの間にか服にくっついてて、取ったと思ってもなかなか取り切れない草の種。

「何はともあれ、明日にはスーリアだ!」

 ツァォロンくんの明るい声と、豪快な食べっぷりは、細かいことは吹き飛ばしてくれるね。





 馬車の中を寝台にするのは、ジャニュローさんと、何故かツァォロンくんがやってくれた。
 座面の端の留め具を外してずらして渡されると、馬車の中全体が、広々とした寝台になった。
 座席の下に仕舞われていた、天井から下げる垂れ絹や、掛布が広げられて、いつでも寝られるようになった。
 馬車の変身を、ツァォロンくんの従者の人達も、興味深そうに見学していった。

「すごいね、宿屋の寝台よりも寝心地良さそう」
「やっぱり面白いなぁ! 早くうちのも完成しないかなぁ!」

 ツァォロンくんは一頻り見学して、自分の天幕へ引き上げていった。
 その様子を見届けて、ラドゥ様が、さて、と僕たちを見下ろして、それから父さんに話し掛けた。

「垂れ絹で分けてはみたが……う~ん、私達は外で寝るのはどうだろう、ウルマー殿」
「そうですねぇ」
「え! 一緒で大丈夫です」
「そうかい?」
「…………」

 レオも一緒で大丈夫って言ってよ?! と横を見ると、ふぃっと目を逸らした。レオ?!

「ふふ。若夫夫の邪魔をするのは忍びないねぇ、ウルマー殿」
「野外で夜を明かすなんて、いつぶりですかなぁ」

 ラドゥ様と父さんは、おやすみ、と言って天幕へ向かい、騎士さんから寝袋を受け取った。

「……普通、一番偉いラドゥ様が寝台を使うんじゃないのかな?」
「いいんじゃないか?」

 元々、この馬車はシーラのために造ったんだし。
 て、レオリム、全然悪びれずに言うよね?
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