天使サマみたいな死神サマに出会ったら魂抜けて、魔界で悪魔に一目惚れされた元ニンゲンのボクの話

井幸ミキ

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1章

夢なら覚めないで

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 伸ばした手の先、細く小さな指先にぽつ、と滴が落ちて、いいにおいにうっとりしていたシャルルは、はっとした。指先の滴から、ぱちぱちと瞬きしながら視線を上げると、天使サマと目が合った。

 天使サマの朝焼け色の瞳が見開かれている。
 そのキレイな瞳を湛えた美しい目尻に、涙の滴が溜まっていたので、シャルルは、指先が届くように肩を上げて腕を伸ばし、ぴんと伸ばした指先で、ちょん、と触れた。途端、輝く丸い滴が形を失って、シャルルの人差し指の先を濡らした。
 シャルルは、濡れた指先と、天使サマの顔を見比べた。とても美しくて宝石のようなのに、シャルルの涙と同じなのが、とても不思議だった。
 シャルルは、反対側の目元の涙にも、もうひとつの手を伸ばして、そぅっと拭った。
 やはり宝石は形を失って、シャルルの指先を濡らした。
 それをじぃっと見つめていたシャルルに、天使サマは小さく肩を震わせ、くしゃりと笑った。朝焼け色の瞳は半分以上隠れてしまったけれど、シャルルは、ぶわりとなにかあたたかいものに包まれた。
 天使サマは、ぽぅっと見惚れるシャルルの濡れた指先を白く美しく長い指で一撫ですると、シャルルの小さな手を取った。シャルルの手は、天使サマの手の平くらいの大きさで、シャルルは、天使サマの大きな手とそのたおやかさに、胸の中がとくとくと跳ねた。
 シャルルは、天使サマに微笑まれて、もうひとつの手を差し出した。天使サマは、その大きな手の中にシャルルの両手を一緒に優しく握り込み、ふぅっと息を吹きかけた。濡れた指先はたちまち乾き、それを確認すると、天使サマは今度はふんわりと笑った。

「ありがとう、君は優しい子だね」

 そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 天使サマの腕の中は、笑顔と同じようにふんわりとあたたかくて心地良かった。シャルルは、身体の内側から、ぽかぽかとあたたまるのを感じた。
 一瞬だけ、小学校へ初めて行った日を思い出した。母親に連れられて行った入学式。たくさんの同じ年頃の子どもたちを見て、一緒にあそべるかしらとドキドキしたあの春の日は、ぽかぽかとあたたかい日だった気がする。

 あったかい……。いいにおい……。

 シャルルは、天使サマの腕の中に抱き込まれて、これは夢だと思った。
 シャルルは、こんなにあたたかいものを知らない。一瞬心に浮かんだ、シャルルの知るあたたかいものよりも、ずっとずっとあたたかい。
 こんなに、ひとつも苦しいところのない、やわらかくて、あたたかくて、うれしくなるものは、目が覚めるとどんなだったか忘れて消えてしまう、夢の中だけのもの。
 胸の奥が、ぎゅ、と苦しくなった。

「どうしたの? 寒い?」

 苦しさに身を縮こませたシャルルに、天使サマは心配そうに声を掛けた。
 天使サマの腕の中はあたたかい。
 寒くはない。そう伝えたいけれど、声を出したら夢から覚めてしまいそう。胸がつかえて言葉が出ない。せめて首を振らないと、そう思うけれど、大きく振っても覚めてしまいそうで、シャルルは、本当に微かに、首を振った。

 覚めないで。
 このままずっと、夢の中にいたい。

 天使サマは、シャルルの首の動きに気付いたようだったけれど、少し首を傾げて思案した。シャルルの両手を離して、大事そうに両腕でシャルルを抱き直すと、ゆっくりと腰を下ろした。胡座をかき、シャルルをその膝に乗せた。
 そこでシャルルは、自分がなにも着ていない事に気が付いた。

 ボク、はだか……!?

 光の玉になる前は、服を着ていた。寒さを凌ぐため、出来るだけたくさんの服に埋もれてもいた。
 光の玉になったから、服は脱げてしまったのか。
 シャルルは、恥ずかしくなって、膝を抱え、ぎゅ、と目を瞑った。
 ふふ、という笑う気配と衣擦れの音がして、シャルルは再び天使サマに抱きしめられた。天使サマの、ひらひらとした白い服の袷が開かれ、その服の内側に、匿うように覆われ、さらにすっぽりと包みこまれた。

「寒くない?」

 やさしく頭を撫でながらそう訊かれて、シャルルはまた夢見心地になった。やっぱり夢だと思って悲しい気持ちが湧き上がるけれど、それよりもうれしい気持ちが大きくて、シャルルは、夢から覚めてしまうかもしれない不安も忘れて、こくこくと首を縦に振った。
 頭を上げると、にこにことシャルルを見つめる天使サマの笑顔。
 その頭上には、ふわふわの白い羽根……。

 まっしろがいっぱい。

 夢だと思う気持ちの一方で、天使サマの腕の確かさに、シャルルは幼い心で混乱した。
 あたたかさと、天使サマから香る得も言われぬいいにおいに、これが夢でなければ良いのに、という気持ちが抑えられない。

「天使サマは……ボクの夢、ですか?」

 声に出したら目を覚ましてしまいそうで恐ろしかったけれど、シャルルは我慢できずに、とうとう、震える声で、そう尋ねてしまった。

 おねがいどうか、夢なら覚めないで。
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