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第4話 恋いに狂う人は(後編)
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"不死の呪い"
愛する人と想いが通じ合えた時……お互いを愛しい人だと思えた時、"呪い"の効力は消える。
そしてその想い人が命を落としたその時は、自らも命を枯らすのだ。
ヴェスナ・ヴェージマは、自分の手のひらにナイフの刃先を当てた。
鋭く研がれた刃はいとも簡単に皮膚が切れると赤い血が流れた。
けれど血が流れたのは一瞬だけ。傷はすぐに塞がっていく。
不死の能力が自分に残っている事を確認してヴェスナは気づいた。
"不死の魔女"……凜夏はまだ生きている。
ヴェスナは、すでに十数本のナイフが収められているコートの裏地にナイフをしまう。
これは同じ呪いにかけられて者同士にしかわからない確かめ方だ。
"不死の呪い"
愛し合える誰かが現れるまでこの呪いから開放されることはない。
再生能力が消えるのは愛する者から愛されるようになった時だけなのだ。
これはかつて愛した相手と自分がかかった呪い。
そしてふたりは一度、呪いから開放されたことがある。
お互いを愛したのだ。
だがしかし、愛は消え"不死の呪い"は復活した。だから、今でもヴェスナは不死だし傷もすぐ癒える。
ところが昨夜、凜夏を攻撃した時、ヴェスナはナイフに手応えを感じたのだ。
あれは不死ではなかった。
ナイフから伝わってくるものでそれがわかった。
だから凜夏が自分をもう一度愛してくれのかもと思った。
愛が戻っているなら不死は消えているはず。なのに何故、ヴェスナは不死の能力を失っていなかった。
すぐに答えは出た。
凜夏は自分以外の誰かを愛しているのだ。
顔を上げると磨き上げられたエレベーターの扉に仮面をつけたヴェスナの顔が映り込んだ。読めぬ文字と奇妙な紋様を刻み込んだ仮面ごしに彼女の赤い瞳だけが己を見つめ続けていた。
あの連れの女のせいか……?
それを思いついた時、ヴェスナに嫉妬の感情が湧き上がっていく。瞳と同じ真っ赤な色をした炎がヴェスナの心の中を支配していった。
エレベーターが最上階のペントハウスで止った時、ヴェスナは我に返る。
この問題は、また後だ。
今は先に解決しなければならない重要な問題がある。
どうやって教団のお歴々をどうしたら納得させるべきか……。
冷静さを取り戻したヴェスナはナイフを懐にしまうとエレベーターから降りた。
そのフロアは限られた人間しか入れない場所だった。
フロアには、すでにメンバーが集まっていた。
この都市で最も高いビルの最上階に集まるは魔法と呼ばれる不可思議な力と"別の神"に取り憑かれた者たちだ。
数百年前から続くこの秘密結社は社会の暗部に潜み次第に影響力をつけてきた。
現代では、街の権力者、法的機関上層部に深く関わっている。
彼らはあるひとつの目的のために集まっていた。
それは崇拝する神を呼び戻すこと。
ユダヤの唯一神でも、それに対抗する堕天使でも、ギリシャの最高神でもない。
まったく別の存在にして"外なる神"。
その名は"ヨグ=ソトース"
彼らが信じる唯一の"神"なのである。
祭壇のような場所に黒い法衣をまとった者たち12人が半円を描くように並んでいた。リーダーらしき者はその中央に立ち経典のような本を抱えている。
ヴェスナは、その中央まで歩いていくと一礼した。
「ザ・スプリングよ。よく戻った」
コードネームで呼ばれたヴェスナは深々と頭を下げた。
「魔導書の件で問題が発生したそうだな?」
「まだ回収できておりません」
「相手は我々の中の人間だということだが?」
「二重スパイでした」
「あれは我らの世界に神をお呼びする重要なものである。それは理解しておるな?」
中央にいる者が口調を強くしながら身を乗り出した。
「重々に……」
「他の者には渡せぬ。"魔導書"ネクロノミコンを必ず取り戻せ」
「Да」
ヴェスナは再度、深々と頭を下げた。
その間に法衣の者たちは暗闇の中に消えていった。
"お歴々"が去った後、ひとり残ったヴェスナは、血のついたナイフを取り出した。
昨夜、裏切り者イモータル・ウィッチ不死の魔女を突き刺したものだ。
その血を指先に触れると目の前の巻くような仕草をした。すると血は霧の様に空中に広がった。血の霧は天井付近に雲のように広がっていく。
次にヴェスナが呪文を唱えると壁や床から黒い"何か"が這い出てきた。
呪文は、ドルイドに源流を持つ魔術ではない。"外なる神"と通じる為に研究され考え出された秘術のひとつである。
這い出てきた"何か"は、全身は黒く蝙蝠の翼を持ち爬虫類のような尻尾がある。人のような手足には鋭い爪が伸びていた。
「夜鬼どもナイトゴーント! 存分に獲物の血を味わえ!」
ヴェスナが夜鬼と呼ぶ奇怪な生き物の群れは、餌に群がる魚のように血の霧の中を飛び回った。彼らは血の血を味わいその臭いを嗅いでいた。獲物を追跡する為だ。
夜鬼たちナイトゴーントが十分に血を味わったころを見計らって次の命令を出した。
「行け! イモータル・ウィッチ不死の魔女とその仲間を見つけ出せ!」
命令を受けた夜鬼たちが街に散っていった。
夜鬼はナイトゴーント魔術的ドローンだ。
普通の人間には見えない。実体がないとでもいうのか、壁も通り抜けるし、風などの空気の流れにも影響されることはない。翼を羽ばたかせるが、それが空を飛ぶ為に役立っているのかはわからない。そもそも生物なのかも不明だ。
そうだとしても使えるから使う。それが魔術だった。
使役している者には従順。いわば異界生物の猟犬だ。
ヴェスナの命令は、与えた血の持ち主、イモータル・ウィッチ不死の魔女を見つけ出す事だった。
ビルから飛び立っていく夜鬼の群れナイトゴーントは街の空に散っていく。
ヴェスナは仮面を取ると血のついたナイフを頬にあてた。
その表情は愛おしい何かに触れているように幸福に満ちあふれていた。
ああ、凜夏
私の愛おしい不死の魔女にして古き友よ
たとえ不死の力が失われようとも私は、あなたを心を取り戻したい。
夜鬼たちよ
彼女の息遣い、鼓動、脈打つ血の流れを私に伝えてておくれ
ヴェスナが、風に唄う。
その歪な想いは、神経細胞シナプスのように街全体に広がっていった。
しばらくすると夜鬼の一匹が叫び声を上げた。
道を歩く人には風の音にしか聞こえないその声もヴェスナには届く。
見つけた!
私の愛おしい"不死の魔女"
夜鬼が感じ取っている匂いは、シルエットとしてヴェスナの脳に伝わっていく。
それは赤外線カメラで写される映像によく似ていて細かい容姿まではわからない。
ヴェスナは妙に思う。
凜夏がふたり……? いやそんなはずはない。
ひとりは間違いなく凜夏・ランカスターだ。
それは見覚えのある仕草や動作でわかる。
だが、もうひとりは誰?
夜鬼が凜夏の血を嗅ぎつけて彼女を見つけたはずだった。
けれど夜鬼は、ナイトゴーント近くにいるもうひとりを凜夏と同じ存在として感知している。
これは誰なの?
ヴェスナは、自分の中に怒りと寂しさが入り混じった奇妙な感情が湧き上がっているのに気がついた。
愛する人と想いが通じ合えた時……お互いを愛しい人だと思えた時、"呪い"の効力は消える。
そしてその想い人が命を落としたその時は、自らも命を枯らすのだ。
ヴェスナ・ヴェージマは、自分の手のひらにナイフの刃先を当てた。
鋭く研がれた刃はいとも簡単に皮膚が切れると赤い血が流れた。
けれど血が流れたのは一瞬だけ。傷はすぐに塞がっていく。
不死の能力が自分に残っている事を確認してヴェスナは気づいた。
"不死の魔女"……凜夏はまだ生きている。
ヴェスナは、すでに十数本のナイフが収められているコートの裏地にナイフをしまう。
これは同じ呪いにかけられて者同士にしかわからない確かめ方だ。
"不死の呪い"
愛し合える誰かが現れるまでこの呪いから開放されることはない。
再生能力が消えるのは愛する者から愛されるようになった時だけなのだ。
これはかつて愛した相手と自分がかかった呪い。
そしてふたりは一度、呪いから開放されたことがある。
お互いを愛したのだ。
だがしかし、愛は消え"不死の呪い"は復活した。だから、今でもヴェスナは不死だし傷もすぐ癒える。
ところが昨夜、凜夏を攻撃した時、ヴェスナはナイフに手応えを感じたのだ。
あれは不死ではなかった。
ナイフから伝わってくるものでそれがわかった。
だから凜夏が自分をもう一度愛してくれのかもと思った。
愛が戻っているなら不死は消えているはず。なのに何故、ヴェスナは不死の能力を失っていなかった。
すぐに答えは出た。
凜夏は自分以外の誰かを愛しているのだ。
顔を上げると磨き上げられたエレベーターの扉に仮面をつけたヴェスナの顔が映り込んだ。読めぬ文字と奇妙な紋様を刻み込んだ仮面ごしに彼女の赤い瞳だけが己を見つめ続けていた。
あの連れの女のせいか……?
それを思いついた時、ヴェスナに嫉妬の感情が湧き上がっていく。瞳と同じ真っ赤な色をした炎がヴェスナの心の中を支配していった。
エレベーターが最上階のペントハウスで止った時、ヴェスナは我に返る。
この問題は、また後だ。
今は先に解決しなければならない重要な問題がある。
どうやって教団のお歴々をどうしたら納得させるべきか……。
冷静さを取り戻したヴェスナはナイフを懐にしまうとエレベーターから降りた。
そのフロアは限られた人間しか入れない場所だった。
フロアには、すでにメンバーが集まっていた。
この都市で最も高いビルの最上階に集まるは魔法と呼ばれる不可思議な力と"別の神"に取り憑かれた者たちだ。
数百年前から続くこの秘密結社は社会の暗部に潜み次第に影響力をつけてきた。
現代では、街の権力者、法的機関上層部に深く関わっている。
彼らはあるひとつの目的のために集まっていた。
それは崇拝する神を呼び戻すこと。
ユダヤの唯一神でも、それに対抗する堕天使でも、ギリシャの最高神でもない。
まったく別の存在にして"外なる神"。
その名は"ヨグ=ソトース"
彼らが信じる唯一の"神"なのである。
祭壇のような場所に黒い法衣をまとった者たち12人が半円を描くように並んでいた。リーダーらしき者はその中央に立ち経典のような本を抱えている。
ヴェスナは、その中央まで歩いていくと一礼した。
「ザ・スプリングよ。よく戻った」
コードネームで呼ばれたヴェスナは深々と頭を下げた。
「魔導書の件で問題が発生したそうだな?」
「まだ回収できておりません」
「相手は我々の中の人間だということだが?」
「二重スパイでした」
「あれは我らの世界に神をお呼びする重要なものである。それは理解しておるな?」
中央にいる者が口調を強くしながら身を乗り出した。
「重々に……」
「他の者には渡せぬ。"魔導書"ネクロノミコンを必ず取り戻せ」
「Да」
ヴェスナは再度、深々と頭を下げた。
その間に法衣の者たちは暗闇の中に消えていった。
"お歴々"が去った後、ひとり残ったヴェスナは、血のついたナイフを取り出した。
昨夜、裏切り者イモータル・ウィッチ不死の魔女を突き刺したものだ。
その血を指先に触れると目の前の巻くような仕草をした。すると血は霧の様に空中に広がった。血の霧は天井付近に雲のように広がっていく。
次にヴェスナが呪文を唱えると壁や床から黒い"何か"が這い出てきた。
呪文は、ドルイドに源流を持つ魔術ではない。"外なる神"と通じる為に研究され考え出された秘術のひとつである。
這い出てきた"何か"は、全身は黒く蝙蝠の翼を持ち爬虫類のような尻尾がある。人のような手足には鋭い爪が伸びていた。
「夜鬼どもナイトゴーント! 存分に獲物の血を味わえ!」
ヴェスナが夜鬼と呼ぶ奇怪な生き物の群れは、餌に群がる魚のように血の霧の中を飛び回った。彼らは血の血を味わいその臭いを嗅いでいた。獲物を追跡する為だ。
夜鬼たちナイトゴーントが十分に血を味わったころを見計らって次の命令を出した。
「行け! イモータル・ウィッチ不死の魔女とその仲間を見つけ出せ!」
命令を受けた夜鬼たちが街に散っていった。
夜鬼はナイトゴーント魔術的ドローンだ。
普通の人間には見えない。実体がないとでもいうのか、壁も通り抜けるし、風などの空気の流れにも影響されることはない。翼を羽ばたかせるが、それが空を飛ぶ為に役立っているのかはわからない。そもそも生物なのかも不明だ。
そうだとしても使えるから使う。それが魔術だった。
使役している者には従順。いわば異界生物の猟犬だ。
ヴェスナの命令は、与えた血の持ち主、イモータル・ウィッチ不死の魔女を見つけ出す事だった。
ビルから飛び立っていく夜鬼の群れナイトゴーントは街の空に散っていく。
ヴェスナは仮面を取ると血のついたナイフを頬にあてた。
その表情は愛おしい何かに触れているように幸福に満ちあふれていた。
ああ、凜夏
私の愛おしい不死の魔女にして古き友よ
たとえ不死の力が失われようとも私は、あなたを心を取り戻したい。
夜鬼たちよ
彼女の息遣い、鼓動、脈打つ血の流れを私に伝えてておくれ
ヴェスナが、風に唄う。
その歪な想いは、神経細胞シナプスのように街全体に広がっていった。
しばらくすると夜鬼の一匹が叫び声を上げた。
道を歩く人には風の音にしか聞こえないその声もヴェスナには届く。
見つけた!
私の愛おしい"不死の魔女"
夜鬼が感じ取っている匂いは、シルエットとしてヴェスナの脳に伝わっていく。
それは赤外線カメラで写される映像によく似ていて細かい容姿まではわからない。
ヴェスナは妙に思う。
凜夏がふたり……? いやそんなはずはない。
ひとりは間違いなく凜夏・ランカスターだ。
それは見覚えのある仕草や動作でわかる。
だが、もうひとりは誰?
夜鬼が凜夏の血を嗅ぎつけて彼女を見つけたはずだった。
けれど夜鬼は、ナイトゴーント近くにいるもうひとりを凜夏と同じ存在として感知している。
これは誰なの?
ヴェスナは、自分の中に怒りと寂しさが入り混じった奇妙な感情が湧き上がっているのに気がついた。
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