バイオレット・アイズ~魔導書と紫の瞳の魔女~

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第9話 不死の魔女は愛さない(前編)

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 黒い球体から伸びている邪神の触手が傭兵たちを襲っていく。
 傭兵たちもアサルトライフルやRPGで応戦するが別次元からの怪物には歯が立たなかった。
 倉庫の中は、縦横無尽に暴れまわる触手に破壊され続けていく。
 しかし触手が暴れまわってはいるが肝心邪神の本体はまだ出現していない。
 本体が現れないのは凜夏が"空間の穴"に制限をかかっているせいだった。

 凜夏は、魔導書に書かれた呪文を使い、邪神を呼び込んだが、それはあくまでも陽動と撹乱の為だ。決して世界を滅ぼすためではない。
 そこで邪神の本体が、こちらの世界に侵入できないように質量を抑制する制限をかけておいたのだ。
 凜夏の魔術の技量だから出来たともいえるものだったが、独自の魔術アレンジが成功するかは賭けだった。
 かろうじて今のところは上手くいっている。

 破壊されていく倉庫の中、魔導書ネクロノミコンの入ったアタッシュケースを抱えて逃げようとする未冬の前にヴェスナが立ちふさがった。
「未冬から離れろ! ヴェスナ!」
 未冬の前に駆けつけた凜夏が立つ。
 だがヴィスナは、その言葉を無視してその能力を行使した。指先を未冬に向けると周囲の破片が宙に浮き、未冬に向かって飛んでいく。
「未冬!」
 凜夏が叫びながら指先を未冬めがけて飛んでいく破片に向けた。破片は未冬に達する前に四散した。

「邪魔するな! 凜夏・ランカスター」
 苛立ちながら叫んだヴェスナは仮面を取った。
 左周辺だけが酷く焼きただれたヴェスナ・ヴェージマの素顔が晒される。
 ヴェスナが両手を広げると背後のコンテナが空中に浮かんだ。コンテナは見えない力でねじり切られ、無数の破片が周囲に散開した。
 第二波の攻撃準備だ。
 宙に浮かんだコンテナの破片は鋭く体を貫けばただでは済まないだろう。その無数の金属片が、今度は凜夏に向けて飛んでいく。その様子は小型の魚の群れのようだった。
 身構える凜夏。
 だがヴェスナが狙っているのは凜夏だけではなかった。金属片の群れは凛夏が魔術で消滅させる前に、全方向に急転換したかと思うと二人を取り囲むかのように四散展開する。
 小賢しい!
 凛夏は、向かってくる破片を次々と消滅させたが、数と飛んでくる方向があまりにも多すぎた。
 幾つかの金属片が迎撃網を突破し、後ろにいる未冬を狙って突き進んだ。
「危ない! 未冬」
 咄嗟に未冬を庇った凜夏の身体を金属片が貫く。
「凜夏さん!」
 倒れた凜夏を助け起こした未冬だったが、胸や脇腹に肩と身体のいたる箇所に金属片が突き刺さっているのを見て唖然とする。
「これくらい平気……」
 そうは言うが凜夏の顔が苦痛に歪んでいた。例の治癒能力が今は働いていないように見える。
 血まみれになった凜夏が未冬に肩を借りてなんとか立ち上がった。
「どうやら私は最大のカードを失ったみたい」
 ヴェスナは、無数な鋭利な金属片の群れを操り、再び二人を取り囲ませた。
「私の思ったとおりだ。ルールは破られてる。あんたは不死を失ってた!」
 勝ち誇ったようにヴィスナが言った。
「治癒能力が発揮できないのは、その娘が原因なんだろ?」
 ヴェスナは未冬を指差した。
「えっ……私が?」
 凜夏の治癒能力が消えたのが自分のせいだと言われ、驚く未冬。
「おや? あんた、”不死の呪い‘について聞かされてないようだね」
 戸惑う未冬にヴェスナがあざ笑うように言った。
「私たちにかかっている"不死の呪い"は愛する者に愛されることで消えてしまうのさ。お前は凜夏のことが好きだろ? 凜夏もお前のことを……」
 凜夏さんも私のことが好き……? それで不死の呪いが消えてしまった?
「ようやく察したようね。そいつは、自分がまだ死なない魔女だと思ってあんたを庇って私の攻撃を受けた。で、その様だ。心臓には届かなかったようだけど致命傷に近い。さあ、これからどうなるかねえ……?」
 ヴェスナの操る残りの金属片が包囲網を狭めていく。
 こんどは未冬が凜夏を庇って前に出た。
「だめ! 未冬」
「でも、凜夏さんが……」
「"不死の呪い"は、私の愛する者が死んでも私は死んでしまうの」
「だから、あのヴィスナという女は私を狙い続けたんですか?」
 未冬は、ヴェスナの企みをようやく理解した。
 このままでは一斉攻撃を受けてしまう。何かないかと周囲を見ると盾のなりそうな半壊のコンテナがあるのを見つけた。
「遮蔽物のある方へ逃げます!」
 包囲網は徐々に狭まっている。迷う暇はない。未冬は瀕死の凜夏の腕を肩にかけて半壊のコンテナへ向かった。
 とどめを刺そうとしたヴェスナの足元に邪神の触手が伸びて絡みついた。大きさは倉庫を破壊しているものほど大きくはなかったが、それでも腕の太さくらいはある。
 足をとられよろめくヴェスナにさらに別の触手たちが群がってきた。
 やむ負えず、ヴェスナは、未冬たちに向けた金属片の包囲網を解き、触手の攻撃に切り替えた。
 大きめの金属片が絡みつく触手を切断した。切断された触手の断面から緑の液体が周囲に飛び散っていく。
 襲い掛かってきた他の触手も金属片で串刺しにして動きを止めた。
 ヴィスナが邪神の触手の応戦をしている隙きに半壊したコンテナの陰に身を隠す未冬と凜夏。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで……」
 涙を流す未冬の頬に凛夏は、そっと手を触れた。その手は血まみれだ。
「違うよ、未冬」
 凛夏がやさしく静かな声で言った。
「これは君のせいじゃない。人を好きになることに何が悪いことがある? そうでしょ?」
「でも……」
「それに君を好きなのは私も同じだから……おあいこだよ」
 そう言って凜夏は微笑んだ。痛みをこらえた無理をした笑顔だというのは未冬には十分わかっていた。
 頬からずりおちていく凛夏の手を掴み強く握る未冬。
「私が凜夏さんのことを好きにならなければ、今でも凛夏さんは不死のままだったのに……」
 未冬の言葉に凜夏の表情が変わる。その様子に未冬が気づく。
「どうしました? 凜夏さん」
「いや、ちょっと、いい手を思いついちゃった」
 そう言って凜夏はいたずらっぽく笑いかけた。
「どうなるかわからないけど、それを試そうと思う。未冬、力を貸してくれる?」
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