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第10話
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柔らかな風が頬を撫で、私は目を開きました。
「……ん? 目を覚ましたか。少し待て、水差しを……」
「あなたは、誰ですか……? っ、」
「急に起き上がるな。治療は済ませたが、まだ痛む箇所はあるか?」
どうやら、私はベッドで眠っていたようでした。
体を起こすと、くらりと視界が揺れる気がします。立ち眩みのような感覚です。
額を押さえて、私はゆっくりと瞬きをしました。
「……あなたは、誰ですか?」
もう一度、尋ねます。
眠っていた私の傍ら、ベッドの隣に小さな丸椅子が置かれています。
先ほどから会話をしている相手は、ずっとそこに座っていたようでした。
水差しを手に取る際に、持っていた本をテーブルの上に置いていたので、そこで読書をしていたのだと思います。
黒い髪の、猫の獣人の男性です。
背が高く、しかしリカルド様より体の線は細く、どことなく、学者さんのような雰囲気の方でした。
貴族の方らしい高級そうな衣服の上に、なぜか白衣を羽織っているので、そう思ったのかもしれません。
「まず、水を飲め。喉が渇いているはずだ。……先ほども言ったが、治療ジェムによる怪我の治療は済ませた。だが、聖女の体がどの程度脆いのか、俺には分からん。痛む箇所があれば言え」
彼は私の質問には答えず、水差しから水を注いだコップを手渡してきました。
言われるがままに一口飲み、私は自分が、酷く喉が渇いていた事に気付きます。
「……たぶん、ないです」
「そうか。後からでも、不具合があれば言え。なんせ潰されていたのは頭だ。急死されるわけにはいかないからな」
「――っ」
飲み干してから答えると、彼は私からコップを受け取り、二杯目の水を注いでくれました。
差し出してきたそれを受け取ろうとして、私は動きを止めました。彼の言葉に、嫌な感触が蘇ってきたのです。
それはミーシャ・フェリーネに殴られ、私の頭部の色々な部分が、ぐしゃりとひしゃげる感触でした。
冷や汗が噴き出し、思わず自分の顔を両手で触れて確かめます。
……何の変哲もなく、鼻も、目も、口も、ありました。
頭蓋骨も、割れていません。
「案ずるな。治療ジェムの扱いに関しては、この国で俺を超える者はいないと自負している」
「…………そう、ですか」
「……あくまで、自分ではそう思っているだけだ。だから、まだ痛む箇所があればそれは言え」
なんだか、過保護というか、しつこい? です。
そう考えてから、私は自分が聖女……魔力の淀みを掃う『浄化装置』である事に思い至りました。
彼ら獣人からすれば、死なれては困るのでしょう。
「……大丈夫です。あの、あなたはお医者様ですか?」
「違う」
問いかけると、彼は顔をしかめて否定しました。
尋ねておいてなんですが、私はてっきりそうだと確信していたので、少し驚きました。
医者ではない方に、寝ている間ずっと付き添われていたのだと考えると、それは何だか嫌な気恥ずかしさを感じます。
治療して頂いておいて、申し訳ないとは思いますが……。
「お前がミーシャ・フェリーネを激昂させてくれたおかげで、ハロウズ侯爵派の力が弱まったからな。こうして俺が、接触できるようになったというわけだ」
訝しげな目を向ける私に対し、黒猫の獣人であるその方は、ぶっきらぼうな口調で言いました。
ハロウズ侯爵……リカルド様の力が弱まったとは、どういうことなのでしょうか?
……ミーシャがやったことで、彼の責が問われたのでしょうか。
胸の奥がチクリと痛み、いやにどす黒い感情が、私の心に沸き上がります。
罰するのなら、あの女だけを罰してくれればいいのに……。
リカルド様にも腹を立てていたはずなのに、そんな事を考えている自分に気付き、私は自己嫌悪に目を伏せました。
「お前の望みを、俺は知っていると思う。おそらく半分だけだがね。そして俺は、お前を『共犯者』に誘いに来た」
「お断りします」
ほとんど反射的に、私は彼を拒絶しました。
言っている事も意味が分かりませんし、これ以上、この国の獣人たちに関わるのは嫌でした。
それにこの人自体、あまり信用できる方だとは思えなかったのです。
短く溜息を吐き出して、彼は言葉を続けました。
「そうか。だが、お前は気にならないのか? どうしてハロウズ侯爵がお前に接近したのか。そしてどうして、お前と結婚するタイミングになって、奴に『運命の番』なんてものが、現れたのか」
「――っ!」
「物事には、理由と原因がある」
伏せていた目を彼へ向けると、薄く、哂っておりました。
それは私に向けられた笑みというよりは、なぜかまるで、自嘲のように見えました。
「……ん? 目を覚ましたか。少し待て、水差しを……」
「あなたは、誰ですか……? っ、」
「急に起き上がるな。治療は済ませたが、まだ痛む箇所はあるか?」
どうやら、私はベッドで眠っていたようでした。
体を起こすと、くらりと視界が揺れる気がします。立ち眩みのような感覚です。
額を押さえて、私はゆっくりと瞬きをしました。
「……あなたは、誰ですか?」
もう一度、尋ねます。
眠っていた私の傍ら、ベッドの隣に小さな丸椅子が置かれています。
先ほどから会話をしている相手は、ずっとそこに座っていたようでした。
水差しを手に取る際に、持っていた本をテーブルの上に置いていたので、そこで読書をしていたのだと思います。
黒い髪の、猫の獣人の男性です。
背が高く、しかしリカルド様より体の線は細く、どことなく、学者さんのような雰囲気の方でした。
貴族の方らしい高級そうな衣服の上に、なぜか白衣を羽織っているので、そう思ったのかもしれません。
「まず、水を飲め。喉が渇いているはずだ。……先ほども言ったが、治療ジェムによる怪我の治療は済ませた。だが、聖女の体がどの程度脆いのか、俺には分からん。痛む箇所があれば言え」
彼は私の質問には答えず、水差しから水を注いだコップを手渡してきました。
言われるがままに一口飲み、私は自分が、酷く喉が渇いていた事に気付きます。
「……たぶん、ないです」
「そうか。後からでも、不具合があれば言え。なんせ潰されていたのは頭だ。急死されるわけにはいかないからな」
「――っ」
飲み干してから答えると、彼は私からコップを受け取り、二杯目の水を注いでくれました。
差し出してきたそれを受け取ろうとして、私は動きを止めました。彼の言葉に、嫌な感触が蘇ってきたのです。
それはミーシャ・フェリーネに殴られ、私の頭部の色々な部分が、ぐしゃりとひしゃげる感触でした。
冷や汗が噴き出し、思わず自分の顔を両手で触れて確かめます。
……何の変哲もなく、鼻も、目も、口も、ありました。
頭蓋骨も、割れていません。
「案ずるな。治療ジェムの扱いに関しては、この国で俺を超える者はいないと自負している」
「…………そう、ですか」
「……あくまで、自分ではそう思っているだけだ。だから、まだ痛む箇所があればそれは言え」
なんだか、過保護というか、しつこい? です。
そう考えてから、私は自分が聖女……魔力の淀みを掃う『浄化装置』である事に思い至りました。
彼ら獣人からすれば、死なれては困るのでしょう。
「……大丈夫です。あの、あなたはお医者様ですか?」
「違う」
問いかけると、彼は顔をしかめて否定しました。
尋ねておいてなんですが、私はてっきりそうだと確信していたので、少し驚きました。
医者ではない方に、寝ている間ずっと付き添われていたのだと考えると、それは何だか嫌な気恥ずかしさを感じます。
治療して頂いておいて、申し訳ないとは思いますが……。
「お前がミーシャ・フェリーネを激昂させてくれたおかげで、ハロウズ侯爵派の力が弱まったからな。こうして俺が、接触できるようになったというわけだ」
訝しげな目を向ける私に対し、黒猫の獣人であるその方は、ぶっきらぼうな口調で言いました。
ハロウズ侯爵……リカルド様の力が弱まったとは、どういうことなのでしょうか?
……ミーシャがやったことで、彼の責が問われたのでしょうか。
胸の奥がチクリと痛み、いやにどす黒い感情が、私の心に沸き上がります。
罰するのなら、あの女だけを罰してくれればいいのに……。
リカルド様にも腹を立てていたはずなのに、そんな事を考えている自分に気付き、私は自己嫌悪に目を伏せました。
「お前の望みを、俺は知っていると思う。おそらく半分だけだがね。そして俺は、お前を『共犯者』に誘いに来た」
「お断りします」
ほとんど反射的に、私は彼を拒絶しました。
言っている事も意味が分かりませんし、これ以上、この国の獣人たちに関わるのは嫌でした。
それにこの人自体、あまり信用できる方だとは思えなかったのです。
短く溜息を吐き出して、彼は言葉を続けました。
「そうか。だが、お前は気にならないのか? どうしてハロウズ侯爵がお前に接近したのか。そしてどうして、お前と結婚するタイミングになって、奴に『運命の番』なんてものが、現れたのか」
「――っ!」
「物事には、理由と原因がある」
伏せていた目を彼へ向けると、薄く、哂っておりました。
それは私に向けられた笑みというよりは、なぜかまるで、自嘲のように見えました。
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