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第19話
王城の大広間は、煌びやかな光に満ちておりました。
宝石で作られたシャンデリアは、火でも電気でもなく、『魔法』の力でそれそのものが輝いています。
至るところに大きな花束が飾られて、花束に負けじと豪奢なドレスを纏った令嬢たちが、そこかしこで歓談をしている姿が窺えました。
広間の一角は立食会場となっており、多種多様な料理とお酒が振る舞われ、給仕の方々がゆったりと動き回っております。
彼ら彼女らの挙動は目立たず、そして仕草からは余裕が窺えるのですが、よく見ると物凄い手際で業務をこなしているようでした。
混雑時のファミリー向けレストランを、一人で回せそうな仕事ぶりです。
「……フィ、フィル、私、浮いてませんよね?」
「問題ない。安心しろ」
周囲の様子に圧倒され、私は傍らの黒猫獣人に尋ねました。
フィルはむすっとした不機嫌顔で、片手で鼻を軽く擦ってから答えました。
彼の機嫌が悪いのは、匂いが気になるからだそうです。
王城に入る直前になって、フィルは「だから気にするな」とわざわざ私に告げてきました。
前もって言い訳をする姿に少し笑ってしまったのですが、確かに周囲を漂う匂いは多種多様です。
料理の匂い、お酒の匂い、花の匂い、香の匂い、獣人の方々本来の匂い、そしてキツイ香水の匂い。
別に不快なわけではないのですが、ただの人間である私が気付くくらいです。
獣人である彼らが感じる匂いの量は、私の感じるそれを遥かに凌ぐと聞きました。おそらくそれを誤魔化すために、ご令嬢方が纏う香水の量も増えるのでしょう。まさしく負のループです。
「挨拶をされたら、練習した通りに挨拶を返せ。その後は何も語らず、微笑んでただ立っていろ。余計な事は言うな。そして不用心に頷くな」
まるで戦地に赴く兵隊さんのような表情で、フィルは低い声音で注意事項を付け加えてきました。
そう言われても、先ほどから周囲の圧が凄いです。皆が私たちをじろじろと見ている気がします。上手くやれるでしょうか……?
……というか、気がする、ではなく、確実に見られていると思います。
獣人貴族の方々の、値踏みするような、観察するような視線が私へ刺さります。逆サファリパークの気分でした。
ふと、大きな体格の殿方が、にこにこと笑顔でこちらに近寄ってきました。
彼は何の獣人なのでしょうか? 茶色くて少し丸い、犬とも猫ともつかない耳です。立派なお髭の方でした。
「これはこれは、お久しゅうございますな、殿下」
「……ああ、侯か」
「でんっ!?」
ぎょっとして、私はフィルの顔を見ました。
『黙っていろ、口を開くな』というニュアンスの感じられる睨みを向けられ、私は目を逸らし、やっぱりもう一度フィルを見ました。二度見です。
「殿下が王城から去って久しいですが、わたくしどもは、今でも殿下を深くお慕いしておりますよ」
「世辞はいい。耳の大きな者もいるからな。得てしてそういった者は口もでかい。俺はすでに『殿下』ではない。そうだろう?」
「仰る通りでございますな。ええ、もちろん。ただの『世辞』でございますとも、殿下のご機嫌を取るのは、臣下として当然の――」
「くどい。無用な心配はするな。お前には感謝しているさ」
「ありがたきお言葉。……聖女様も、ご機嫌麗しゅう」
「あ、はい」
急に話を向けられて、いまだ混乱していた私はこくりと会釈しました。フィルのお城でやった練習の成果は皆無です。
体格の大きなお髭の方は、さらにフィルと短い会話を二、三言交わすと、笑顔で去って行きました。
「……フィ、フィル? 今のは……?」
「『協力者』だが、仲間だとは思わぬほうがいい」
「いえ、そうではなく……」
フィルが『殿下』とは、一体どういう事なのでしょうか?
この黒猫むっつりが、あのライオン獣人の王様の息子……? 全然似ていませんが……?
「行くぞ。お前を見せねばならぬ相手は他にいる」
「見せって、人を物みたいにっ……いえ、そうじゃなくて説明を――ッ」
これまで訊かなかった私も悪いのですが、事前に説明をしないフィルもおかしいです。
問い詰めようとした途端、私はふと、見知った顔を見つけました。
「――っ!? あ、おいッ!」
思わずそちらへ足を向けます。
フィルの事も気になりますが、問い詰めるなら、彼のほうが先でした。……いえ、私はもう、悩み過ぎて頭がパンクしていたのだと思います。
あの人に……リカルド様に、どうして刃物を持って私の元へ訪れたのかなどと、尋ねようとしているのですから。
宝石で作られたシャンデリアは、火でも電気でもなく、『魔法』の力でそれそのものが輝いています。
至るところに大きな花束が飾られて、花束に負けじと豪奢なドレスを纏った令嬢たちが、そこかしこで歓談をしている姿が窺えました。
広間の一角は立食会場となっており、多種多様な料理とお酒が振る舞われ、給仕の方々がゆったりと動き回っております。
彼ら彼女らの挙動は目立たず、そして仕草からは余裕が窺えるのですが、よく見ると物凄い手際で業務をこなしているようでした。
混雑時のファミリー向けレストランを、一人で回せそうな仕事ぶりです。
「……フィ、フィル、私、浮いてませんよね?」
「問題ない。安心しろ」
周囲の様子に圧倒され、私は傍らの黒猫獣人に尋ねました。
フィルはむすっとした不機嫌顔で、片手で鼻を軽く擦ってから答えました。
彼の機嫌が悪いのは、匂いが気になるからだそうです。
王城に入る直前になって、フィルは「だから気にするな」とわざわざ私に告げてきました。
前もって言い訳をする姿に少し笑ってしまったのですが、確かに周囲を漂う匂いは多種多様です。
料理の匂い、お酒の匂い、花の匂い、香の匂い、獣人の方々本来の匂い、そしてキツイ香水の匂い。
別に不快なわけではないのですが、ただの人間である私が気付くくらいです。
獣人である彼らが感じる匂いの量は、私の感じるそれを遥かに凌ぐと聞きました。おそらくそれを誤魔化すために、ご令嬢方が纏う香水の量も増えるのでしょう。まさしく負のループです。
「挨拶をされたら、練習した通りに挨拶を返せ。その後は何も語らず、微笑んでただ立っていろ。余計な事は言うな。そして不用心に頷くな」
まるで戦地に赴く兵隊さんのような表情で、フィルは低い声音で注意事項を付け加えてきました。
そう言われても、先ほどから周囲の圧が凄いです。皆が私たちをじろじろと見ている気がします。上手くやれるでしょうか……?
……というか、気がする、ではなく、確実に見られていると思います。
獣人貴族の方々の、値踏みするような、観察するような視線が私へ刺さります。逆サファリパークの気分でした。
ふと、大きな体格の殿方が、にこにこと笑顔でこちらに近寄ってきました。
彼は何の獣人なのでしょうか? 茶色くて少し丸い、犬とも猫ともつかない耳です。立派なお髭の方でした。
「これはこれは、お久しゅうございますな、殿下」
「……ああ、侯か」
「でんっ!?」
ぎょっとして、私はフィルの顔を見ました。
『黙っていろ、口を開くな』というニュアンスの感じられる睨みを向けられ、私は目を逸らし、やっぱりもう一度フィルを見ました。二度見です。
「殿下が王城から去って久しいですが、わたくしどもは、今でも殿下を深くお慕いしておりますよ」
「世辞はいい。耳の大きな者もいるからな。得てしてそういった者は口もでかい。俺はすでに『殿下』ではない。そうだろう?」
「仰る通りでございますな。ええ、もちろん。ただの『世辞』でございますとも、殿下のご機嫌を取るのは、臣下として当然の――」
「くどい。無用な心配はするな。お前には感謝しているさ」
「ありがたきお言葉。……聖女様も、ご機嫌麗しゅう」
「あ、はい」
急に話を向けられて、いまだ混乱していた私はこくりと会釈しました。フィルのお城でやった練習の成果は皆無です。
体格の大きなお髭の方は、さらにフィルと短い会話を二、三言交わすと、笑顔で去って行きました。
「……フィ、フィル? 今のは……?」
「『協力者』だが、仲間だとは思わぬほうがいい」
「いえ、そうではなく……」
フィルが『殿下』とは、一体どういう事なのでしょうか?
この黒猫むっつりが、あのライオン獣人の王様の息子……? 全然似ていませんが……?
「行くぞ。お前を見せねばならぬ相手は他にいる」
「見せって、人を物みたいにっ……いえ、そうじゃなくて説明を――ッ」
これまで訊かなかった私も悪いのですが、事前に説明をしないフィルもおかしいです。
問い詰めようとした途端、私はふと、見知った顔を見つけました。
「――っ!? あ、おいッ!」
思わずそちらへ足を向けます。
フィルの事も気になりますが、問い詰めるなら、彼のほうが先でした。……いえ、私はもう、悩み過ぎて頭がパンクしていたのだと思います。
あの人に……リカルド様に、どうして刃物を持って私の元へ訪れたのかなどと、尋ねようとしているのですから。
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