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離婚届とデート
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高校の図書室で彼女と出会った日、桜並木での告白、プロポーズの夜――が夢に出てきた。
そして、刃と瑠璃が絡み合うあの光景がリアルに呼び起こされた。
最悪の寝起きと共に、ふとドアが静かに開く音がした。
あたりはまだ真っ暗で、おそらく深夜だろう。
そこには誰かのシルエットが浮かぶ。
目を凝らすと、Tシャツとショートパンツを着た彼女――夜凪さんが立っている。
「月宮さん、起きてますか?」
彼女の声は囁くようで、どこか挑発的な響きがある。
返事を待たず、彼女はベッドに滑り込んできた。
小さな手が俺の肩を押さえ、動けなくなる。
「やっぱりタダで泊めてもらうのは気が引けるので。ちゃんとご奉仕したいです」と言われる。
彼女の言葉には誘惑の色が強い。
顔が近づき、暗闇の中で彼女の瞳が微かに光る。
無邪気さと何か危ういものが混ざった笑みに、俺の心臓が跳ねる。
「待て、ダメ…」と、言葉を続ける前に、彼女は強引に唇を重ねてきた。
柔らかく、慣れた感じの上手なキスに、頭が一瞬真っ白になる。
彼女の手が俺の胸に触れ、Tシャツの下に滑り込もうとしたその瞬間、俺は本能的に彼女の手首をつかみ、身体を引き離した。
「…やめろ」
声は低く、だが確固とした意志を込めた。
彼女を傷つけたくなかったが、これ以上進めば取り返しのつかないことになる。
彼女は驚いたように目を見開き、冷静で落ち着いた話し方が一瞬崩れた。
「…初めて拒否されました」
その声には意外さと、どこか好奇心が混じる。
俺をじっと見つめ、唇に微かな笑みを浮かべると、彼女は何かを納得したような表情に変わった。
「やっぱり、他の人とは違いますね」
それだけ呟くと、彼女はベッドから降り、静かに部屋を出て行った。
足音が遠ざかり、ドアが閉まる音が響く。
俺は乱れた息を整えながら天井を見つめた。彼女の潤んだ瞳と、触れた手の微かな震えが頭から離れない。
何なんだ、彼女は。
俺をからかっているのか、それとも…。
◇
翌日は土曜日、仕事は休みだった。
朝早く、俺は瑠璃との関係を清算するために役所へ離婚届を提出しに行くことを決めた。
調べたところ、土曜日でも離婚届の受付は行っているらしい。
もう瑠璃との関係を続ける意味はない。
これ以上関わりたくないし、夫婦関係が残っていることで将来、何か問題が起きる可能性も排除したかった。
リビングのテーブルに離婚届を広げ、瑠璃が既に記入した欄を確認しながら、俺の名前や必要事項を淡々と埋めていく。
ペンを動かすたび、10年間の思い出が脳裏をよぎる。
初めて手をつないだ公園、彼女の笑顔、結婚式での誓い――
だが、それらは全て刃の嘲笑と瑠璃の冷たい瞳に塗り潰された。
その時、寝室のドアが開き、眠そうに目をこする彼女が現れた。
青い髪が少し乱れている。
昨夜の気まずい出来事を思い出し、俺は思わず視線を逸らした。
だが、彼女はそんなことなど気にも留めていない様子で、冷蔵庫を開け、麦茶をグラスに注いだ。
俺の視線に気づいた彼女は、グラスを傾けながら小さく微笑む。
「おはよ、月宮さん」
その声は明るく、まるで昨夜の出来事がなかったかのようだ。
俺は気まずそうに「あ…おはよう」と返すが、言葉が続かない。
彼女の無邪気な態度に、逆に俺が落ち着かなくなる。
彼女はテーブルに近づき、俺が記入中の離婚届に目をやった。
瞳に一瞬、好奇心が光る。
「裁判とかしないんですか?」
「…まぁ、手切れ金は置いていったし、一応2人で貯めていたお金は俺名義の口座だから、その分を送金したらそれで関係は終わりだから。もう揉めたくもないし、会いたくもないから」
彼女はグラスを置き、テーブルに肘をついて俺をじっと見つめた。
「そうなんですね。じゃあ、いっそ私と結婚しちゃいますか?」
その言葉は冗談めいているが、彼女の瞳には真剣な光が宿っている。
俺は一瞬言葉に詰まり、すぐに首を振った。
「いや…もう結婚はしない」
彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「それは残念です。気が変わったらいつでも言ってくださいね?」
「…夜凪さんと俺はただの同居人だからね。そもそも高校生とは結婚できないし」
「え?そうなんですか。18歳過ぎてますよ?」
「18歳でも高校生だと両親の承諾とかないと結婚できないんだよ」
「…詳しいですね。JKと結婚しようとして調べてたんですか?」と、ちょっと揶揄うように言ってきた。
「別に…知識としてちょっと気になった時があって調べただけだよ」
「えー?本当ですかー?なんかあやしー」と、彼女は笑う。
そんな会話をしてから、俺は離婚届を封筒に入れ、役所に向かう準備を始めた。
すると、彼女が突然立ち上がり、リュックを手に持った。
「私も一緒に行きます」
「え? いや、別に一人でいいんだが…。見ても面白いこともないし」
俺は断ろうとしたが、彼女の「いいじゃないですか。同居人として見届けたいんです」という軽い圧に負け、結局一緒に出かけることにした。
土曜日の朝、街は静かだ。
俺と彼女は最寄りの駅まで歩き、電車で役所に向かった。
彼女はカジュアルなデニムと白いTシャツ姿で、コンビニの制服とは違う、普通の高校生らしい雰囲気だった。
電車の中で、彼女は窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。
「なんか、こうやって誰かと出かけるの、久しぶりです」
その言葉に、俺は彼女の横顔を見た。
昨夜のことを思い出し、彼女の壮絶な人生について、少し想像を膨らませた。
「彼氏とは出かけたりしなかったの?」
「基本、彼氏ができても家でヤルだけだっただけですから。男ってみんなやりたいだけじゃないですか」
「…そんなことは…ないと思うけど」
「そうみたいですね。少なくても月宮さんは違うみたいです。けど、私に返せるものってそれくらいなので。…いや、この言い方は…ちょっと違いますね。私、奢られるのとかあまり好きじゃないんですよね。ちゃんと対等でいたいというか、返せるものは返したいんです。だから…少し気持ちが落ち着いたら、やっぱり私はしてあげたいです。それでこそ私は同居人としてあそこに居ていいって思える気がするので」と、そう言われてしまった。
なんで返せばいいか分からなくて、そのまま景色を眺め続けた。
役所に着き、離婚届の提出手続きは淡々と進んだ。
窓口の職員に書類を渡し、受理されるまでの数分間、俺は妙に落ち着いていた。
瑠璃との10年間が、たった数枚の紙で終わる。
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚だったが、同時に、肩の荷が下りるような解放感もあった。
手続きを終え、役所の外に出ると、彼女が深呼吸して言った。
「なんか、あっけないですね。結婚するときは式とかあげて盛大にするのに、別れるとなったら紙一枚で終わるなんて」
「まあ、そういうもんだと思うよ。現実ってのは、案外味気ないものだから」
「…確かにそうかもしれませんね」
俺の言葉に、彼女は少し笑った。
…一緒に住むならやっぱりお互いのこと知っておいた方がいいよな。
そう思って、近くのベンチに座り、二人でコンビニで買った缶コーヒーを飲みながら、話をすることにした。
「…瑠璃との話…聞いてくれる?」
「もちろんです」
俺は自分の過去を語った。
高校時代に瑠璃と出会ったこと、文学少年だった俺が彼女の明るさに救われたこと。
小さな出版社で編集者として働く夢と、刃に常に比較され続けた劣等感。
淡々と話す俺の声には、どこか諦めと希望が混じっていた。
彼女は黙って聞き、時折頷いた。
「そうだったんですね。大好きだったんですね、瑠璃さんのこと」
「…うん。まぁ、そうだな」
「羨ましいです。心からそう思われるって。いつも穴としてしか見られなかった私とは全然違って、本当に羨ましいです」
「…いい男とは出会えなかったんだ」
「はい。でも、昨日出会えましたよ」と、彼女は可愛く笑う。
それから咳払いしてから「そうですね。じゃあ、次は私の番ですね」と、俺の缶コーヒーを奪うと、それを一気に飲み干して話始める。
「昨日軽く話しましたけど、小さい時に父がいきなり蒸発して、母親と2人で暮らしてたんですけど…毎日、殴られたり、蹴られたり、怒鳴られたりしてたんですよね。いわゆるわDVってやつですね。それと中学2年の時に母親の彼氏に…無理やりされて…それが初めての経験だったんですよね。あの日のことは…本当に思い出したくないですね。けど…そういうことをした後はめちゃくちゃ優しくされて…どこにも居場所がなかった私が穴としてなら必要とされるって思ったら…嬉しかったんですよね。キモい…ですよね。それって、自分の価値はそこしかないってことですから。それからはまぁ、そうやって使われたり…彼氏ができてもやっぱり最後はそういう扱いをされたり…で、ある日、お母さんの彼氏と私の関係を知ってキレて、家を飛び出しちゃったんですよね。それが高2の話です。それで、唯一の親戚だったおばさんの家に引き取られる予定だったんですけど、おばさんは私の子を嫌いらしくて、お金は出すから一人暮らししろって言われて、あの場所で1人で暮らしてました」
彼女の声は平静だったが、缶を握る手がわずかに震えていた。
俺は息を呑み、彼女の言葉を遮らずに聞いた。
…比べることではないが自分のことと比べても圧倒的に悲惨な過去に俺はなんで返せばいいか分からなかった。
彼女は自嘲気味に笑ったが、目には涙が滲んでいた。
「それで最近、彼氏が浮気してることに気づいて、それで別れようって言ったら、殴られて、家の貴重品全部持って消えちゃったんですよね」
彼女の淡々とした話し方と大胆さは、孤独と傷を隠すための仮面だったのだ。
「そんな感じなので私って相当擦れてるというか、男なんて全員そういう生き物だって思ってから…。昨日拒否されたときは本当にビックリしました」
彼女は少し照れ笑いを浮かべ、俺を見た。
「まぁ…実際、そういう奴は多いとは思うよ」
彼女の壮絶な過去を知り、昨夜の行動の意味を理解した。
彼女はただ、必要とされたかったのだ。
そこにいる理由が欲しかった。
そして、その方法はそれしか知らなかったのだ。
「なので、実は今もすごく不安なんです。そんなことされるとは思ってないですけど、いきなり捨てられたらどうしようかなーとか…すごく不安なんです。だからしたい、必要とされたいって思ってましたけど…今はそれ以外にもちょっとあるんです。月宮さんはどんな風に愛してくれるのか…性欲だけじゃない愛し方…してくれそうだなって…。だから…お願いです。私があそこにいてもいいって思えるように…それと…好きになってもらうために…手でも口でもあそこでも良いので…使って欲しいです。お願いします」と、言われた。
彼女の声は小さく、だが心からのものだった。
俺は彼女の瞳を見つめ、そっと言った。
「…気持ちはわかった。じゃあ、せっかくだし、このままデートしよっか」
「デート?」
「うん。ちゃんと順序を踏んでからそういうことはしたいから」
「…分かりました。じゃあ、しましょう」
そして、刃と瑠璃が絡み合うあの光景がリアルに呼び起こされた。
最悪の寝起きと共に、ふとドアが静かに開く音がした。
あたりはまだ真っ暗で、おそらく深夜だろう。
そこには誰かのシルエットが浮かぶ。
目を凝らすと、Tシャツとショートパンツを着た彼女――夜凪さんが立っている。
「月宮さん、起きてますか?」
彼女の声は囁くようで、どこか挑発的な響きがある。
返事を待たず、彼女はベッドに滑り込んできた。
小さな手が俺の肩を押さえ、動けなくなる。
「やっぱりタダで泊めてもらうのは気が引けるので。ちゃんとご奉仕したいです」と言われる。
彼女の言葉には誘惑の色が強い。
顔が近づき、暗闇の中で彼女の瞳が微かに光る。
無邪気さと何か危ういものが混ざった笑みに、俺の心臓が跳ねる。
「待て、ダメ…」と、言葉を続ける前に、彼女は強引に唇を重ねてきた。
柔らかく、慣れた感じの上手なキスに、頭が一瞬真っ白になる。
彼女の手が俺の胸に触れ、Tシャツの下に滑り込もうとしたその瞬間、俺は本能的に彼女の手首をつかみ、身体を引き離した。
「…やめろ」
声は低く、だが確固とした意志を込めた。
彼女を傷つけたくなかったが、これ以上進めば取り返しのつかないことになる。
彼女は驚いたように目を見開き、冷静で落ち着いた話し方が一瞬崩れた。
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その声には意外さと、どこか好奇心が混じる。
俺をじっと見つめ、唇に微かな笑みを浮かべると、彼女は何かを納得したような表情に変わった。
「やっぱり、他の人とは違いますね」
それだけ呟くと、彼女はベッドから降り、静かに部屋を出て行った。
足音が遠ざかり、ドアが閉まる音が響く。
俺は乱れた息を整えながら天井を見つめた。彼女の潤んだ瞳と、触れた手の微かな震えが頭から離れない。
何なんだ、彼女は。
俺をからかっているのか、それとも…。
◇
翌日は土曜日、仕事は休みだった。
朝早く、俺は瑠璃との関係を清算するために役所へ離婚届を提出しに行くことを決めた。
調べたところ、土曜日でも離婚届の受付は行っているらしい。
もう瑠璃との関係を続ける意味はない。
これ以上関わりたくないし、夫婦関係が残っていることで将来、何か問題が起きる可能性も排除したかった。
リビングのテーブルに離婚届を広げ、瑠璃が既に記入した欄を確認しながら、俺の名前や必要事項を淡々と埋めていく。
ペンを動かすたび、10年間の思い出が脳裏をよぎる。
初めて手をつないだ公園、彼女の笑顔、結婚式での誓い――
だが、それらは全て刃の嘲笑と瑠璃の冷たい瞳に塗り潰された。
その時、寝室のドアが開き、眠そうに目をこする彼女が現れた。
青い髪が少し乱れている。
昨夜の気まずい出来事を思い出し、俺は思わず視線を逸らした。
だが、彼女はそんなことなど気にも留めていない様子で、冷蔵庫を開け、麦茶をグラスに注いだ。
俺の視線に気づいた彼女は、グラスを傾けながら小さく微笑む。
「おはよ、月宮さん」
その声は明るく、まるで昨夜の出来事がなかったかのようだ。
俺は気まずそうに「あ…おはよう」と返すが、言葉が続かない。
彼女の無邪気な態度に、逆に俺が落ち着かなくなる。
彼女はテーブルに近づき、俺が記入中の離婚届に目をやった。
瞳に一瞬、好奇心が光る。
「裁判とかしないんですか?」
「…まぁ、手切れ金は置いていったし、一応2人で貯めていたお金は俺名義の口座だから、その分を送金したらそれで関係は終わりだから。もう揉めたくもないし、会いたくもないから」
彼女はグラスを置き、テーブルに肘をついて俺をじっと見つめた。
「そうなんですね。じゃあ、いっそ私と結婚しちゃいますか?」
その言葉は冗談めいているが、彼女の瞳には真剣な光が宿っている。
俺は一瞬言葉に詰まり、すぐに首を振った。
「いや…もう結婚はしない」
彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「それは残念です。気が変わったらいつでも言ってくださいね?」
「…夜凪さんと俺はただの同居人だからね。そもそも高校生とは結婚できないし」
「え?そうなんですか。18歳過ぎてますよ?」
「18歳でも高校生だと両親の承諾とかないと結婚できないんだよ」
「…詳しいですね。JKと結婚しようとして調べてたんですか?」と、ちょっと揶揄うように言ってきた。
「別に…知識としてちょっと気になった時があって調べただけだよ」
「えー?本当ですかー?なんかあやしー」と、彼女は笑う。
そんな会話をしてから、俺は離婚届を封筒に入れ、役所に向かう準備を始めた。
すると、彼女が突然立ち上がり、リュックを手に持った。
「私も一緒に行きます」
「え? いや、別に一人でいいんだが…。見ても面白いこともないし」
俺は断ろうとしたが、彼女の「いいじゃないですか。同居人として見届けたいんです」という軽い圧に負け、結局一緒に出かけることにした。
土曜日の朝、街は静かだ。
俺と彼女は最寄りの駅まで歩き、電車で役所に向かった。
彼女はカジュアルなデニムと白いTシャツ姿で、コンビニの制服とは違う、普通の高校生らしい雰囲気だった。
電車の中で、彼女は窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。
「なんか、こうやって誰かと出かけるの、久しぶりです」
その言葉に、俺は彼女の横顔を見た。
昨夜のことを思い出し、彼女の壮絶な人生について、少し想像を膨らませた。
「彼氏とは出かけたりしなかったの?」
「基本、彼氏ができても家でヤルだけだっただけですから。男ってみんなやりたいだけじゃないですか」
「…そんなことは…ないと思うけど」
「そうみたいですね。少なくても月宮さんは違うみたいです。けど、私に返せるものってそれくらいなので。…いや、この言い方は…ちょっと違いますね。私、奢られるのとかあまり好きじゃないんですよね。ちゃんと対等でいたいというか、返せるものは返したいんです。だから…少し気持ちが落ち着いたら、やっぱり私はしてあげたいです。それでこそ私は同居人としてあそこに居ていいって思える気がするので」と、そう言われてしまった。
なんで返せばいいか分からなくて、そのまま景色を眺め続けた。
役所に着き、離婚届の提出手続きは淡々と進んだ。
窓口の職員に書類を渡し、受理されるまでの数分間、俺は妙に落ち着いていた。
瑠璃との10年間が、たった数枚の紙で終わる。
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚だったが、同時に、肩の荷が下りるような解放感もあった。
手続きを終え、役所の外に出ると、彼女が深呼吸して言った。
「なんか、あっけないですね。結婚するときは式とかあげて盛大にするのに、別れるとなったら紙一枚で終わるなんて」
「まあ、そういうもんだと思うよ。現実ってのは、案外味気ないものだから」
「…確かにそうかもしれませんね」
俺の言葉に、彼女は少し笑った。
…一緒に住むならやっぱりお互いのこと知っておいた方がいいよな。
そう思って、近くのベンチに座り、二人でコンビニで買った缶コーヒーを飲みながら、話をすることにした。
「…瑠璃との話…聞いてくれる?」
「もちろんです」
俺は自分の過去を語った。
高校時代に瑠璃と出会ったこと、文学少年だった俺が彼女の明るさに救われたこと。
小さな出版社で編集者として働く夢と、刃に常に比較され続けた劣等感。
淡々と話す俺の声には、どこか諦めと希望が混じっていた。
彼女は黙って聞き、時折頷いた。
「そうだったんですね。大好きだったんですね、瑠璃さんのこと」
「…うん。まぁ、そうだな」
「羨ましいです。心からそう思われるって。いつも穴としてしか見られなかった私とは全然違って、本当に羨ましいです」
「…いい男とは出会えなかったんだ」
「はい。でも、昨日出会えましたよ」と、彼女は可愛く笑う。
それから咳払いしてから「そうですね。じゃあ、次は私の番ですね」と、俺の缶コーヒーを奪うと、それを一気に飲み干して話始める。
「昨日軽く話しましたけど、小さい時に父がいきなり蒸発して、母親と2人で暮らしてたんですけど…毎日、殴られたり、蹴られたり、怒鳴られたりしてたんですよね。いわゆるわDVってやつですね。それと中学2年の時に母親の彼氏に…無理やりされて…それが初めての経験だったんですよね。あの日のことは…本当に思い出したくないですね。けど…そういうことをした後はめちゃくちゃ優しくされて…どこにも居場所がなかった私が穴としてなら必要とされるって思ったら…嬉しかったんですよね。キモい…ですよね。それって、自分の価値はそこしかないってことですから。それからはまぁ、そうやって使われたり…彼氏ができてもやっぱり最後はそういう扱いをされたり…で、ある日、お母さんの彼氏と私の関係を知ってキレて、家を飛び出しちゃったんですよね。それが高2の話です。それで、唯一の親戚だったおばさんの家に引き取られる予定だったんですけど、おばさんは私の子を嫌いらしくて、お金は出すから一人暮らししろって言われて、あの場所で1人で暮らしてました」
彼女の声は平静だったが、缶を握る手がわずかに震えていた。
俺は息を呑み、彼女の言葉を遮らずに聞いた。
…比べることではないが自分のことと比べても圧倒的に悲惨な過去に俺はなんで返せばいいか分からなかった。
彼女は自嘲気味に笑ったが、目には涙が滲んでいた。
「それで最近、彼氏が浮気してることに気づいて、それで別れようって言ったら、殴られて、家の貴重品全部持って消えちゃったんですよね」
彼女の淡々とした話し方と大胆さは、孤独と傷を隠すための仮面だったのだ。
「そんな感じなので私って相当擦れてるというか、男なんて全員そういう生き物だって思ってから…。昨日拒否されたときは本当にビックリしました」
彼女は少し照れ笑いを浮かべ、俺を見た。
「まぁ…実際、そういう奴は多いとは思うよ」
彼女の壮絶な過去を知り、昨夜の行動の意味を理解した。
彼女はただ、必要とされたかったのだ。
そこにいる理由が欲しかった。
そして、その方法はそれしか知らなかったのだ。
「なので、実は今もすごく不安なんです。そんなことされるとは思ってないですけど、いきなり捨てられたらどうしようかなーとか…すごく不安なんです。だからしたい、必要とされたいって思ってましたけど…今はそれ以外にもちょっとあるんです。月宮さんはどんな風に愛してくれるのか…性欲だけじゃない愛し方…してくれそうだなって…。だから…お願いです。私があそこにいてもいいって思えるように…それと…好きになってもらうために…手でも口でもあそこでも良いので…使って欲しいです。お願いします」と、言われた。
彼女の声は小さく、だが心からのものだった。
俺は彼女の瞳を見つめ、そっと言った。
「…気持ちはわかった。じゃあ、せっかくだし、このままデートしよっか」
「デート?」
「うん。ちゃんと順序を踏んでからそういうことはしたいから」
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