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第7話 えんじる彼女と気になる人
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◇
いつものようにお嬢様を学校に送り届ける。
正直、送り届けるほどの距離でもないのだが、彼女の場合はその短い道中でさえ、危険なのだ。
しかし、剣道、柔道、護身術、キックボクシングと基本的な武道は身につけても、それでも狙われるのがこの秋本クロエである。
「ねぇ、Kevin」と、後部座席に乗っているお嬢様が話しかけてくる。
「何ですか?お嬢様」
「私...髪染めようと思ってるのだけど...どう思う?」
「ちなみに何色にされる予定ですか?」
「...まぁ...例えば...ピンクとか」
「...お嬢様は今のままで充分お綺麗だと思いますよ」
「...そう。そうなのね」
恐らくこんなことを言い出したのも、あの男の影響なのだろう。
最近、お嬢様はよく笑うようになった。
高校生の頃は生徒会長を務め、『絶対零度の女王』というあだ名をつけられるくらい、冷たく残忍でそれでいて完璧な人間だった。
大学に入ってもそれはあまり変わることなく、周りに馴染めぬまま、大学生活を送っていた。
お金持ちで、美人で、頭が良くて、運動神経が良くて、誰からも羨まれるような...そして、恨まれるようなそんな人生を送って、笑えるわけもなかったのだ。
けど、私は知っている。
高校生の時も誰より生徒のことを考え、より良い学校にするためにはどうするべきかに頭を悩ませていたこと。
大学に入ってからも主席として恥じぬ成績を保つために、並々ならぬ努力をしていたことを。
変化があったのは今から半年ほど前のことだった。
◇2023年12月20日
「Kevin、この人のこと調べてくれない?」
渡された資料には『雪村宗』という男の情報が書いてあったのだった。
「...調べろということですが、ある程度の内容はすでにお調べになっているようですが、これ以上何を調べれば良いのでしょうか?」
「そこに書いているのは生年月日とか血液型とかそういう事務的なものだけなの。だから、初恋の相手は誰とか、好きな女性のタイプとか、どういう交友関係があるかとか、そういうのも含めて全部」
「...わかりました」
こうして私は彼の調査を始めることにしたのだった。
彼の第一印象は『普通』としか言いようがなかった。
学校内の成績も、顔面偏差値も、運動神経も、何もかもが普通。
特筆したものは何一つ見受けられないまま、時間だけが過ぎていった。
「調査の方はどう?」
「申し訳ありません。現時点ではあまり有用な情報は得られておりません...。この男に何かあるのですか?」
「いえ。少し気になっただけよ」
「...そうですか」
気になった程度...。
中高大とすべて女子校に通っていながらも、他校からわざわざ彼女に告白する男も少なくなかった。
もちろん、基本的にはそういうのは私が対処していた。
どんなイケメンも、どんな金持ちも、どんな才能を持っていても、彼女が異性に興味を持つことなんてなかった。
それからしばらく経ってから私はお嬢様にバレることなく、とある人間同士と引き合わせることに成功したのだった。
それが江ノ島桜と阿川元樹だった。
そうして、ある日江ノ島桜はお嬢様を合コンに誘うのだった。
「ね、クロエ先輩!合コン行かないですか?」
「行かないわ」
「即答!?」
「...私がそういうの興味ないって知ってるでしょ?」
「知ってるんですけど!...その...クロエ先輩を連れて行くから合コンしない?って言っちゃって...クロエ先輩が来ないって言ったら合コン開けないかもしれないんです!」
「嫌よ」
「もー!可愛い後輩の頼み事聞いてくれないんですか!」
「聞けないわ」
「冷徹!鬼!頑固!」
「...」
「ちなみに今回のメンバーは永保大の2年です!」
「...永保大の2年?」
「そうなんです!あれ?知り合いでもいました?」
「...知り合いはいないわ。ちなみに名前は?」
「え?名前ですか?えっと~、1人は阿川元樹で~、この人は私が狙ってるのでダメですよ!もう1人が~...ちょっと待ってくださいね...あっ、小笠原圭一って人でー、もう1人が雪村宗って人です」
「...そう」
「なので!お願いします!先輩!」
「分かったわ」
「え!?いいんですか!?」
「可愛い後輩の頼みだもの...ね?けど、一つだけ条件いいかしら?」
「条件ですか?」
「雪村宗が行かないなら私も行かない。けど、私がそう言ってるっていうのは本人に伝えないでくれる?」
「...え?あぁ、まぁ...いいですけど...やっぱ知り合いなんですか?」
「いえ、違うわ。これから知り合うのよ」
◇2024年7月8日(月)
「つんつん」
「...んぁ...」
「朝よ」
「...まだ寝る」
その瞬間、「シャッ!」というカーテンが開く音とともに真っ暗な部屋に灯りが入ってくる。
「まっぶぃ...」
「ふふっ、その情けない顔...結構好きよ?」と、笑う。
「...あのなぁ」
そうして、彼女に無理やり起こされるのだった。
「目にクマができてるわよ?大丈夫?」
「...来週からテストだからさ...」
「あらそう。それは大変ね」
「...クロエはテスト勉強とかしないのかよ」
「必要ないわ。テストなんて普段の勉強で事足りるもの」
「...流石は天才」
「天才...ね。それで?今はなんの勉強をしてるの?」
「経済学の勉強。はぁ、マクロとかミクロとかザクロとかリクロとか...ややこしいっての」
「へぇ、経済学で食べ物の研究までしてるのね。変わってるわね、あなたの学校。ところで、宗くんは将来の夢とかないの?」
「将来の夢...?うーん...ねーな」
「結婚願望とかもないの?」
「ねーな。子供も欲しいと思わないし」
「そう」
「そういうクロエはあるのか?子供欲しいとか」
「そうね...子供は欲しいわね。けど、旦那はいらないわね」
「それまた新しい考え方だこと。けど、クロエがお母さんになったらめちゃくちゃ厳しそうだな」
「そんなことないわ。きっとすごく甘やかしてしまうと思うわ」
「本当かー?あんまりそんな想像できないけど」
「あなたのことも相当甘やかしているつもりなのだけれど」
「...そうなのか?」
「えぇ、もちろん。気づかなかったの?」と、相変わらず彼女は楽しそうに笑うのだ。
いつものようにお嬢様を学校に送り届ける。
正直、送り届けるほどの距離でもないのだが、彼女の場合はその短い道中でさえ、危険なのだ。
しかし、剣道、柔道、護身術、キックボクシングと基本的な武道は身につけても、それでも狙われるのがこの秋本クロエである。
「ねぇ、Kevin」と、後部座席に乗っているお嬢様が話しかけてくる。
「何ですか?お嬢様」
「私...髪染めようと思ってるのだけど...どう思う?」
「ちなみに何色にされる予定ですか?」
「...まぁ...例えば...ピンクとか」
「...お嬢様は今のままで充分お綺麗だと思いますよ」
「...そう。そうなのね」
恐らくこんなことを言い出したのも、あの男の影響なのだろう。
最近、お嬢様はよく笑うようになった。
高校生の頃は生徒会長を務め、『絶対零度の女王』というあだ名をつけられるくらい、冷たく残忍でそれでいて完璧な人間だった。
大学に入ってもそれはあまり変わることなく、周りに馴染めぬまま、大学生活を送っていた。
お金持ちで、美人で、頭が良くて、運動神経が良くて、誰からも羨まれるような...そして、恨まれるようなそんな人生を送って、笑えるわけもなかったのだ。
けど、私は知っている。
高校生の時も誰より生徒のことを考え、より良い学校にするためにはどうするべきかに頭を悩ませていたこと。
大学に入ってからも主席として恥じぬ成績を保つために、並々ならぬ努力をしていたことを。
変化があったのは今から半年ほど前のことだった。
◇2023年12月20日
「Kevin、この人のこと調べてくれない?」
渡された資料には『雪村宗』という男の情報が書いてあったのだった。
「...調べろということですが、ある程度の内容はすでにお調べになっているようですが、これ以上何を調べれば良いのでしょうか?」
「そこに書いているのは生年月日とか血液型とかそういう事務的なものだけなの。だから、初恋の相手は誰とか、好きな女性のタイプとか、どういう交友関係があるかとか、そういうのも含めて全部」
「...わかりました」
こうして私は彼の調査を始めることにしたのだった。
彼の第一印象は『普通』としか言いようがなかった。
学校内の成績も、顔面偏差値も、運動神経も、何もかもが普通。
特筆したものは何一つ見受けられないまま、時間だけが過ぎていった。
「調査の方はどう?」
「申し訳ありません。現時点ではあまり有用な情報は得られておりません...。この男に何かあるのですか?」
「いえ。少し気になっただけよ」
「...そうですか」
気になった程度...。
中高大とすべて女子校に通っていながらも、他校からわざわざ彼女に告白する男も少なくなかった。
もちろん、基本的にはそういうのは私が対処していた。
どんなイケメンも、どんな金持ちも、どんな才能を持っていても、彼女が異性に興味を持つことなんてなかった。
それからしばらく経ってから私はお嬢様にバレることなく、とある人間同士と引き合わせることに成功したのだった。
それが江ノ島桜と阿川元樹だった。
そうして、ある日江ノ島桜はお嬢様を合コンに誘うのだった。
「ね、クロエ先輩!合コン行かないですか?」
「行かないわ」
「即答!?」
「...私がそういうの興味ないって知ってるでしょ?」
「知ってるんですけど!...その...クロエ先輩を連れて行くから合コンしない?って言っちゃって...クロエ先輩が来ないって言ったら合コン開けないかもしれないんです!」
「嫌よ」
「もー!可愛い後輩の頼み事聞いてくれないんですか!」
「聞けないわ」
「冷徹!鬼!頑固!」
「...」
「ちなみに今回のメンバーは永保大の2年です!」
「...永保大の2年?」
「そうなんです!あれ?知り合いでもいました?」
「...知り合いはいないわ。ちなみに名前は?」
「え?名前ですか?えっと~、1人は阿川元樹で~、この人は私が狙ってるのでダメですよ!もう1人が~...ちょっと待ってくださいね...あっ、小笠原圭一って人でー、もう1人が雪村宗って人です」
「...そう」
「なので!お願いします!先輩!」
「分かったわ」
「え!?いいんですか!?」
「可愛い後輩の頼みだもの...ね?けど、一つだけ条件いいかしら?」
「条件ですか?」
「雪村宗が行かないなら私も行かない。けど、私がそう言ってるっていうのは本人に伝えないでくれる?」
「...え?あぁ、まぁ...いいですけど...やっぱ知り合いなんですか?」
「いえ、違うわ。これから知り合うのよ」
◇2024年7月8日(月)
「つんつん」
「...んぁ...」
「朝よ」
「...まだ寝る」
その瞬間、「シャッ!」というカーテンが開く音とともに真っ暗な部屋に灯りが入ってくる。
「まっぶぃ...」
「ふふっ、その情けない顔...結構好きよ?」と、笑う。
「...あのなぁ」
そうして、彼女に無理やり起こされるのだった。
「目にクマができてるわよ?大丈夫?」
「...来週からテストだからさ...」
「あらそう。それは大変ね」
「...クロエはテスト勉強とかしないのかよ」
「必要ないわ。テストなんて普段の勉強で事足りるもの」
「...流石は天才」
「天才...ね。それで?今はなんの勉強をしてるの?」
「経済学の勉強。はぁ、マクロとかミクロとかザクロとかリクロとか...ややこしいっての」
「へぇ、経済学で食べ物の研究までしてるのね。変わってるわね、あなたの学校。ところで、宗くんは将来の夢とかないの?」
「将来の夢...?うーん...ねーな」
「結婚願望とかもないの?」
「ねーな。子供も欲しいと思わないし」
「そう」
「そういうクロエはあるのか?子供欲しいとか」
「そうね...子供は欲しいわね。けど、旦那はいらないわね」
「それまた新しい考え方だこと。けど、クロエがお母さんになったらめちゃくちゃ厳しそうだな」
「そんなことないわ。きっとすごく甘やかしてしまうと思うわ」
「本当かー?あんまりそんな想像できないけど」
「あなたのことも相当甘やかしているつもりなのだけれど」
「...そうなのか?」
「えぇ、もちろん。気づかなかったの?」と、相変わらず彼女は楽しそうに笑うのだ。
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