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出会い編
求婚2
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「こちらです」
驚愕に声を失って、部屋の様子を観察していた我に、ジョシュアが言った。
部屋の奥の本棚が動き、扉が見える。
ジョシュアが何か呟くと、扉が消失し、中へどうぞと促された。
ローリーを抱き上げたまま、中へ入るとそこは部屋のような体裁は保ってはいるものの不思議な空間だった。
設置されているベッドにローリーを寝かし、窓のない四角い部屋を見回す。
どこもかしこもどうにもぼやけて見える。
「異空間か」
「はい。父が私達のために創りました。襲撃を予期してのことと思います。実際にそれで私達は助かったのです。収納魔法の一種だと姉が言っておりました」
「さすが、竜王様ですね。お分かりになりましたか。私など、先程の部屋と同様この隠し部屋も、初めて見た時には何をどうしたらこのような事が出来るのかと、びっくり仰天しましたよ。そして、このような魔法を編み出した人間というものに、私は正直驚きを隠せません」
「なるほど、ローリーの魔法の原点は父上にあられるのだな。とても優秀な魔法使いのようだ」
本当にローリーの魔法はすごいのだぞと、我がエリックに自慢げに言うと、ジョシュアはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、知っていますとも! 今回はジョシュア君が結界を解除してくれたので、すんなり入れましたけどね、私はハイネケン家の様子を探索中にここの結界にひっかっかりましてね、大変な目に遭ったのですよ。虫が体中を這うんです。思わず声を上げて叫んでしまいましたよ」
今でもトラウマですと言って、身を震わせ体を掻き始めるエリックに皆が笑みをこぼした。
あの例の男をこの部屋に寄せ付けないためにローリーが開発したのだと、ジョシュアが説明してくれた。
あの男は、母親の従兄で口約束ではあったものの元婚約者だったようで、自分から母親を奪った父親を大層憎んでいたらしい。
母親に懸想し、またハイネケン家の名と資産にも並々ならぬ未練があったようだ。
「しかし、あの大火の中こうして無傷なのは、そなた達が結界を張り守ってくれたからであろう? 本当に助かった。この通り感謝する」
我はそう言って頭を下げた。
「おやめ下さい! 我々こそ、竜王様には大変な恩があるのです。少しでも返せたのならこんな嬉しい事はございません。なぁ、フェリシア」
「はい、もちろんです。私達だけでなく、あの時逃がしていただいた他の皆も同じ思いですわ」
とそこに、切羽詰まったようにジョシュアが泣きそうな顔で叫んだ。
「僕がいけないんです! 姉には、ジェラルドおじ様の前では愚鈍に振る舞うようにと、僕達が大人になるまでの辛抱だからと、ずっと言われ続けてきました。それなのに、僕は、先日、魔法学校どうしの対抗戦で、ターンホイザー家の長男をやっつけてしまったんです。父と姉を悪く言われて我慢出来なかった! でも、こんなことになるなんて、僕は、本当に馬鹿だった。姉の言いつけ通りにしていれば、こんな事にはならなかったんだ! ぼくのせいで、ごめんなさい、姉様!」
泣いて姉に謝罪するジョシュアをエリック達に任せ、後片付けをするために屋敷の外へ出た。
外で見張りをしていたフランとディーンに声をかける。
「これだけの騒ぎだ。そろそろ、魔法使いか兵士がやって来るだろう。我は首謀者のこの者だけを連れて、一足先に王宮へ挨拶に行って来る。残りは事情を説明して、引き渡してくれ」
我は竜体になり、男を掴んで飛び立った。
幸い今夜は月夜のため、周りがよく見渡せる。
自身に結界を張って目撃されないようにし、王都をぐるりと旋回しながら、危険が無いかを確かめる。
我のいない間にまた襲われてはかなわんからな。
下方に目を向けると、十数人の兵士がハイネケン家の方へ走って行くのが見える。
王宮に着くと、やはり騒がしく人が出入りして、ざわざわしている。
人型に戻り、王の寝室へと転移した。
幸い王は一人で寝ていた。
「レノルドの王よ、起きておるか?」
我は騒ぎにならないように結界を張り、王に話しかけた。
「誰だ?」
王が誰何する静かな声が聞こえた。
寝室に忍び込まれて尚、狼狽えたところを見せないとはさすが、王である。
肝が据わっていると好感を持った。
「こんな夜分にこのような場所へ侵入したことをまず詫びよう。我は竜王、アルベルト=シュヴァイツである」
天蓋付きのベッドゆえ、中は見えぬがレノルドの王が身じろいだのが分かった。
「そのままでよい、聞け。我の宰相より挨拶があったと思うが、我の番いがこのレノルドで見つかった。ゆえにしばらく滞在させてもらう。それから、闇の魔法使いの郎党が我の番いの屋敷を襲ったのでな、こちらで成敗しておいたが異存は無かろうな? ここに首謀者の男を連れて参った。尋問でも何でもするがよい。それから、こやつらに屋敷を燃やされたのでな、しばらく住む場所を提供してもらいたい。よろしく頼む。我の言いたいことは以上だ。何か質問はあるか?」
「いえ、竜王様のことはイシュラムの王からも竜王国の宰相殿からも伺っております。承知しました。住む場所は早速手配致しましょう。闇の魔法使いの件はお恥ずかしい話ですが、手を焼いておりましたので、助かりました。それで、屋敷が燃えたということですが、竜王様はこれからどちらへ? どこに使いを出せばよろしいのでしょうか?」
ハイネケン家襲撃の報を知らせるためか、それとも異変を察知したのか、衛兵が王様!王様!と扉を叩く音がして、ザワザワと大勢の人間がやって来る気配がした。
「ハイネケン家にいる。少々離れられん事情があってな。使いの者はそっちに寄こしてくれ。それから、今しばらくの間、我については口外無用で頼む」
我は結界を解き、転移魔法で王宮の屋根の上に移動した。
王と話した後はすぐに帰るつもりだったが、我を呼ぶ声が聞こえたような気がしたからだ。
やはり呼んでいる。
我は不思議に思いながら、様子を窺うためにその部屋のバルコニーへと転移した。
すると、思いもよらぬ声がかかった。
「アルベルト、久しいな」
声は全く違うのに、それが誰であるか、我はすぐに理解した。
あまりの驚きに、しばらくの間声を出す事すら出来なかった。
驚愕に声を失って、部屋の様子を観察していた我に、ジョシュアが言った。
部屋の奥の本棚が動き、扉が見える。
ジョシュアが何か呟くと、扉が消失し、中へどうぞと促された。
ローリーを抱き上げたまま、中へ入るとそこは部屋のような体裁は保ってはいるものの不思議な空間だった。
設置されているベッドにローリーを寝かし、窓のない四角い部屋を見回す。
どこもかしこもどうにもぼやけて見える。
「異空間か」
「はい。父が私達のために創りました。襲撃を予期してのことと思います。実際にそれで私達は助かったのです。収納魔法の一種だと姉が言っておりました」
「さすが、竜王様ですね。お分かりになりましたか。私など、先程の部屋と同様この隠し部屋も、初めて見た時には何をどうしたらこのような事が出来るのかと、びっくり仰天しましたよ。そして、このような魔法を編み出した人間というものに、私は正直驚きを隠せません」
「なるほど、ローリーの魔法の原点は父上にあられるのだな。とても優秀な魔法使いのようだ」
本当にローリーの魔法はすごいのだぞと、我がエリックに自慢げに言うと、ジョシュアはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、知っていますとも! 今回はジョシュア君が結界を解除してくれたので、すんなり入れましたけどね、私はハイネケン家の様子を探索中にここの結界にひっかっかりましてね、大変な目に遭ったのですよ。虫が体中を這うんです。思わず声を上げて叫んでしまいましたよ」
今でもトラウマですと言って、身を震わせ体を掻き始めるエリックに皆が笑みをこぼした。
あの例の男をこの部屋に寄せ付けないためにローリーが開発したのだと、ジョシュアが説明してくれた。
あの男は、母親の従兄で口約束ではあったものの元婚約者だったようで、自分から母親を奪った父親を大層憎んでいたらしい。
母親に懸想し、またハイネケン家の名と資産にも並々ならぬ未練があったようだ。
「しかし、あの大火の中こうして無傷なのは、そなた達が結界を張り守ってくれたからであろう? 本当に助かった。この通り感謝する」
我はそう言って頭を下げた。
「おやめ下さい! 我々こそ、竜王様には大変な恩があるのです。少しでも返せたのならこんな嬉しい事はございません。なぁ、フェリシア」
「はい、もちろんです。私達だけでなく、あの時逃がしていただいた他の皆も同じ思いですわ」
とそこに、切羽詰まったようにジョシュアが泣きそうな顔で叫んだ。
「僕がいけないんです! 姉には、ジェラルドおじ様の前では愚鈍に振る舞うようにと、僕達が大人になるまでの辛抱だからと、ずっと言われ続けてきました。それなのに、僕は、先日、魔法学校どうしの対抗戦で、ターンホイザー家の長男をやっつけてしまったんです。父と姉を悪く言われて我慢出来なかった! でも、こんなことになるなんて、僕は、本当に馬鹿だった。姉の言いつけ通りにしていれば、こんな事にはならなかったんだ! ぼくのせいで、ごめんなさい、姉様!」
泣いて姉に謝罪するジョシュアをエリック達に任せ、後片付けをするために屋敷の外へ出た。
外で見張りをしていたフランとディーンに声をかける。
「これだけの騒ぎだ。そろそろ、魔法使いか兵士がやって来るだろう。我は首謀者のこの者だけを連れて、一足先に王宮へ挨拶に行って来る。残りは事情を説明して、引き渡してくれ」
我は竜体になり、男を掴んで飛び立った。
幸い今夜は月夜のため、周りがよく見渡せる。
自身に結界を張って目撃されないようにし、王都をぐるりと旋回しながら、危険が無いかを確かめる。
我のいない間にまた襲われてはかなわんからな。
下方に目を向けると、十数人の兵士がハイネケン家の方へ走って行くのが見える。
王宮に着くと、やはり騒がしく人が出入りして、ざわざわしている。
人型に戻り、王の寝室へと転移した。
幸い王は一人で寝ていた。
「レノルドの王よ、起きておるか?」
我は騒ぎにならないように結界を張り、王に話しかけた。
「誰だ?」
王が誰何する静かな声が聞こえた。
寝室に忍び込まれて尚、狼狽えたところを見せないとはさすが、王である。
肝が据わっていると好感を持った。
「こんな夜分にこのような場所へ侵入したことをまず詫びよう。我は竜王、アルベルト=シュヴァイツである」
天蓋付きのベッドゆえ、中は見えぬがレノルドの王が身じろいだのが分かった。
「そのままでよい、聞け。我の宰相より挨拶があったと思うが、我の番いがこのレノルドで見つかった。ゆえにしばらく滞在させてもらう。それから、闇の魔法使いの郎党が我の番いの屋敷を襲ったのでな、こちらで成敗しておいたが異存は無かろうな? ここに首謀者の男を連れて参った。尋問でも何でもするがよい。それから、こやつらに屋敷を燃やされたのでな、しばらく住む場所を提供してもらいたい。よろしく頼む。我の言いたいことは以上だ。何か質問はあるか?」
「いえ、竜王様のことはイシュラムの王からも竜王国の宰相殿からも伺っております。承知しました。住む場所は早速手配致しましょう。闇の魔法使いの件はお恥ずかしい話ですが、手を焼いておりましたので、助かりました。それで、屋敷が燃えたということですが、竜王様はこれからどちらへ? どこに使いを出せばよろしいのでしょうか?」
ハイネケン家襲撃の報を知らせるためか、それとも異変を察知したのか、衛兵が王様!王様!と扉を叩く音がして、ザワザワと大勢の人間がやって来る気配がした。
「ハイネケン家にいる。少々離れられん事情があってな。使いの者はそっちに寄こしてくれ。それから、今しばらくの間、我については口外無用で頼む」
我は結界を解き、転移魔法で王宮の屋根の上に移動した。
王と話した後はすぐに帰るつもりだったが、我を呼ぶ声が聞こえたような気がしたからだ。
やはり呼んでいる。
我は不思議に思いながら、様子を窺うためにその部屋のバルコニーへと転移した。
すると、思いもよらぬ声がかかった。
「アルベルト、久しいな」
声は全く違うのに、それが誰であるか、我はすぐに理解した。
あまりの驚きに、しばらくの間声を出す事すら出来なかった。
応援ありがとうございます!
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