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第8話 豪商からの依頼
しおりを挟む「お待ちしておりましたシュツルム・タンツェン殿。依頼をお受けになっていただきありがとうございます。私がこの屋敷の当主ピッド・ブヒボンドです」
紳士がクエスト受諾の礼を述べる。そして直ぐ、名乗りながら特注と思われる優美なマスクを外した。だが、その素顔に驚かされた。その為一瞬固まってしまう。勿論シュツルム先輩もヴァレンティナ嬢も固まっていた。
何故なら、依頼主の鼻はオークの特徴である豚の鼻の様に前面を向いていたのだ。
ーーハーフオークの豪商が居るーー
そんな噂を耳にしたことがあった。目の前の男が正にその男だと物語っていた。
「シュツルム・タンツェンです。素顔を晒させて申し訳ないが、私のこの鎧は呪いにより取ることが出来ないのでご了承いただきたい」
「左様でございますか。いえ、こちらにはそんなつもりはございません。お気になさらないでください」
ブヒボンド氏は、こちらに視線を巡らせる。慌てて自己紹介をした。
「オレはアリフレット。アリュフと呼んでくださいっス」
「私はヴァレンティナ・カガミ。見習い司祭です」
「アリフレット? もしや、Nethearts家の?」
「まさか? 自分は家名を名乗れる出ではないッス。なので冒険者になったんス」
危ねー! なんで知らない商人が俺っちの家知ってんのー!? まさか今更、捜索願いか指名手配でも出されてるとか?
「そうですか。奴隷解放を詠い、貴族階級を没収された後一家離散、奴隷に落とされたとも巷では実しやかに囁かれていましたが、冒険者になっていたとしたら面白いですね」
「もし本当なら面白そうッスね」
笑えない。だけど板について来た営業スマイルで誤魔化しておく。
「そして貴方は見習いですか?」
「はい。それでもターンアンデットは使えます」
「なるほど。私としては幽霊が出なくなれば良いので、よろしく頼みますよ」
「お任せください。ターンアンデットはクレリックのみ使用出来ますが、私も彼もゴーストに有効な魔力剣が使えます」
恭しく首を垂れるシュツルム先輩に習って一礼をする。
「では、今夜は頼みましたよ。成功したら礼ははずみます」
「提示された額のみで結構ですよ。我々としても嬉しい申し出ですが高ランクが報酬以外でチップを貰っていてはギルドの腐敗を指摘される格好の餌ともなりかねませんから」
「おやおや、お固い方です。では、せめて美味しい食事を用意させていただきます」
「分かりました。そちらはお受けいたしましょう」
ふぅ。取り敢えずはうちの家の事はそれだけで済んだか……いつか家の事と向き合わなきゃなぁ。
◆
さて、館の主人ブヒボンド氏は、第一印象最悪な出逢いと言っていいだろう。だからと言ってクライアントの好意の豪華な食事を一人断るわけにもいかない。むしろ堪能してやる位が冒険者としては丁度いい。
「依頼を受けていただきありがとうございます。重ね重ねお礼申し上げます。ささやかながら、心ばかりの食事を用意させていただきました。どうぞゆっくりと、お召し上がりください」
「我々、冒険者にこのような豪華な食事を振舞っていただき感謝します。ところで幽霊の件ですがどの様な害が出ているので?」
「その件に関しては食事しながらでもいたしましょうか。さ、冷めないうちに召し上がってください」
「それでは、お祈りを……」
「恵と幸大き生に感謝を」
シュツルム先輩が祈りの宣言をし、ブヒボンド氏が祈りの内容を口にした。普通は口に出すものでもない。
どうも、格式高く無駄の多い食事は苦手だ。決してマナーを嫌ってるわけじゃないぞ。決してだ。好きな時に好きな自分のタイミングで食事にありつくのがやはり良い。目の前に並べられた皿の一口サイズに切り分けられた胸肉は冷めるのが早い。余計な心遣いだ。ブヒボンド氏の前置きは比較的短く助かるが……。
「では、いただきましょう」
「いただきます」
シュツルム先輩の音頭で俺もヴァレンティナ嬢も食べ始めた。
「妻の幽霊が悪霊化しました。あなた方にはそれを退治して貰いたいのです」
「失礼ですが、奥様は何故悪霊化したのですか?」
「あの邪教の生贄にされたのです。妻は狂って死にました。我が息子はどうにか助かりましたが……」
「邪教……そうですか。お悔やみ申し上げます。必ずや奥様の魂に安らぎを与えましょう」
「何卒、よろしくお願いします」
裏取りもせずに返事をしてしまったが、良いのかな。シュツルム先輩ちょっとは疑わないかなぁ。かと言って発言力の無い俺が言ったところで家のことをネタにされそうだし。この件不安しかない。邪教とか言う集団への復讐を口にしない辺りも怪しいし。まぁ、依頼主に問いただしたところで不利な事を言うわけもないか。邪教って何処の宗教だろう?
この不安な気持ちを抱えてしまった所為でこの後の食事の味を堪能できなかった。なんと勿体無い事をしたのだろうと、とても悔やんだ。
◆
ブヒボンド氏は守護対象が3歳になったばかりの御子息だと言う。なんでも悪霊化した奥様が息子の魂を狙いにやってくるのだと言う。邪教の事について聞こうとすると家のことをネタに話をはぐらかされた。
まぁ、ブヒボンド氏からはこれ以上有益な情報は得られそうもないので、そこで切り上げた。
そして、仕事に取り掛かる。ブヒボンド氏とあまり、関わるのは今後避けた方が良いかもしれない。さっさと幽霊退治して帰りたい。
「三つに分かれて、先ずは幽霊が出ると言われる場所を見張ろう。見取り図によれば、割と複数が出ている様だ。奥方を核として召喚が行われた可能性もある」
「金持ちを妬む気持ちは分かるっスけど、エグい嫌がらせっスね」
「それは黒幕がいた場合でしょ」
「幽霊の様に存在があやふやな場合は引き寄せられる事もあるからな。偶然召喚に見える事も考慮して行こう」
幽霊を退治して、はい! お終い! って訳いかない気がするわー。あのおっさん、絶対裏で何かしらやってる気がするし、家族のネタも牽制にしか感じられないわー。ちょっと真面目にやれないっスね。いかんいかん。
「アリュフ、聞いているのか?」
「あ、ああ、すまんス」
「どうしたんですか? ボーッとしてますねー」
「奴隷解放を宣言したネザーツ家の事ですか?」
「いや、人の弱みにつけ込んでくる奴は何かしら攻撃されたくない事を抱えてるもんっス。幽霊になった人を悪霊と言って消そうとしてるのが果たして鵜呑みにしていいものかと」
「死者を冒涜する方には見えませんでしたよー?」
「私も思うところあるが、アリュフ。雇われてる身では覆すのは難しいぞ」
「分かってるっス。先輩。だからモヤモヤしてるっス」
煮え切らないでいるとヴァレンティナ嬢がフォローを入れてきた。
「とにかく、いきなりターンアンデットはしない方が良いですかねー」
「「え、なんか意外(っス)」」
「いちいちシンクロして傷つけに来ますね」
いや、だっていきなりターンアンデット打ちそうにしか見えなかったし……と出かかった言葉を飲み込んだ。
_____
邪教について
聖デコグリフ教団は光の民側最大の信者を抱える五代神を崇める宗教団体である。よって、その他の宗教団体を、カルト教団扱いにする傾向がある。
そして、大抵はカルトな信仰宗教を邪教と呼ぶ。幻覚作用を引き起こす植物全般を司る神として崇める等、奇跡が実在する為にこれら教団の歌い文句としては“逢える神”が定番である。
更に、ちょっとどこか捻じ曲がった破滅系集団が比較的槍玉に挙げられる。
奴隷解放宣言
白黄黒色の人種のみならず、ドワーフ、エルフ、ハーフエルフやハーフオーク、小人族と種族が多岐にわたる為、異文化の軋轢は中々埋まらなかった。これをまとめる為に生まれたのが、奴隷制度だった。この光の民に取って黒い歴史とも言われる事件が受け入れられたのは、貴族や教会が悪魔との間に産まされた戦災孤児を忌子とし、人として扱わなかった事が大きい。その理不尽に晒される子供達の純粋さに触れたネザーツ夫人は優し過ぎた。
それを受けて、ネザーツ家当主は妻の声に応え体制に立ち向かったのだ。
最低限の生活を保障するだけで労働力や欲を満たす俗物解消の産業として成り立ってしまっては、それらを手放したくない上流階級には目障りでしかなく、ネザーツ家は貴族階級を剥奪されるに至った。この事は一部の上流階級や高ランク冒険者達には周知の事実である。知らないアリュフが情報弱者である。
チップについて
奴隷に取って正式な給与は存在しない為、チップは生命線である。相場は日本円にして100~500程。チップ文化は奴隷制度に対する庶民の良心の呵責や罪滅ぼし、せめてもの抵抗の様な物として成り立っている。この世界のこの時代、正当報酬ある者がチップを貰うと叩かれる傾向にあった。
お金についての続き
1/2.5/5/50クード コインが実生活で使用されている。商人が往航する港町で代用貨として生まれたもの。それだけ、細かい価格設定が存在し、クードコインはクディス、スディスと共に庶民に浸透していった。
1クード=10銅コイン
100銅コイン=1銀コイン
100銀コイン=1紙幣
__________
お読みいただきありがとうございます。
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