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突然の求婚。
この国の王女殿下に仕える侍女である私に。
そろそろ婚約者が決まりそうな王女殿下よりも年上で、一般的な婚期をとうに過ぎた私は、既に自身の結婚は諦めて、どこかの名家に降嫁するか他国の王族に嫁ぐであろう王女殿下に付き添い、一生お仕えさせていただくつもりでいたというのに。
求婚者は、王女殿下の護衛騎士であり、秘密の恋の相手と噂の高いリーンハルト様。
あり得ない。これはきっと、単純な話ではない。
目の前に座る美丈夫を観察する。女性からの人気も高い麗しの君は、柔らかな色彩の金髪と初夏の新緑を思わせるような明るい翠の瞳をしている。いかにも騎士、それも王族の護衛に任じられる程の実力を見た目にも表している逞しい体躯でいながら、威圧感はない。周りの人達に向けられるのは人好きのする柔和な表情で、好感度も信頼度も高いのは当然だと思う。
王女殿下からの信頼も厚く、彼女がそれ以上の感情を持ってしまうのも、また美しく聡明な王女殿下に彼が同じ感情を抱いてしまうのも、仕方がないことだと思う。
しかし、彼はあくまでも護衛騎士であり、それ以上でもそれ以下でもない。伯爵家の三男である彼と王族である王女殿下が結ばれることは、余程のことがない限り難しいだろう。
王女殿下付きの侍女である私でさえ、二人の逢瀬に気付いたことはなく、あくまでもこれは周りの勝手な憶測。でも、暗黙の了解だった。
そのリーンハルト様が、平凡な行き遅れの侍女に求婚し、今目の前で返事を待っている。その表情はいつになく固く、私は感情も思考も整理がつかないまま、とりあえず思いついた質問を返す。
「とても求婚してくださるようなお顔ではないのですけれど……何か不安なことがおありですか?」
はっと驚きこちらを見るリーンハルト様。当たりだったようだ。何度か言い淀んでからやっと口から出た言葉に、私はようやく事の次第を理解することができた。
「貴女は、私が王女殿下に忠誠を誓っていることを理解した上で結婚してくれるでしょうか?」
彼は王女殿下に忠誠を誓い、心を捧げている。そう、王女殿下だけに。だから他の誰にももう心は渡せない。それが結婚した妻であっても。
つまり、形式上の結婚をしてくれないか、ということだったのだ。
そろそろ婚約者を決める王女殿下に、恋人と噂される相手がいるのは、マイナス要因になるのでは、という話が出ているのは知っていた。その噂を消すために、彼は結婚することにしたのだと思う。
愛する王女殿下の幸せを願い。
自分は身を引き、騎士として側で見守る決意で。
「貴方が王女殿下に忠誠を誓っていることは今まで見ておりましたから充分承知しておりますが……」
何故、私なのだろう。形式上の相手なのだから、誰でもいいはず。なのに、敢えてこんな行き遅れの女を選んだ理由は何なのか。
そこまで考えて、これは行き遅れているからこそ選ばれたのか、と気付く。もう結婚は難しい、と諦めモードに入っていた私なら、かたちだけの結婚であっても利点を見出し同意を得られると思ったのかも。もしかしたら、王女殿下のご配慮もあったのかも知れない。まだこれから結婚の可能性のある誰かを形式上の結婚に付き合わせてはかわいそうだし。
私が脳内で結論づけたと同時に、彼は告げる。
「貴女になら理解してもらえるのではないかと」
正解ということよね。
なら、私の返事は決まっている。形式上の結婚だということなら、これは仕事のようなもの。感情なんてすっ飛ばして、頭で考えればいい。
お仕えする王女殿下のためになる。
王女殿下の想い人であり、立場は違えど私の同僚でもあるリーンハルト様のお役に立てる。
それに形式上の結婚であれば、結婚後も王女殿下の侍女としてお仕え続けることもできそうだ。
私は、もう、ガッツリ手を握ってしまいそうな勢いで返事をした。
「リーンハルト様、このおはなし、謹んでお受けいたします」
満面の笑みの私に、同じくリーンハルト様の満面の美しい笑みが返された。
この国の王女殿下に仕える侍女である私に。
そろそろ婚約者が決まりそうな王女殿下よりも年上で、一般的な婚期をとうに過ぎた私は、既に自身の結婚は諦めて、どこかの名家に降嫁するか他国の王族に嫁ぐであろう王女殿下に付き添い、一生お仕えさせていただくつもりでいたというのに。
求婚者は、王女殿下の護衛騎士であり、秘密の恋の相手と噂の高いリーンハルト様。
あり得ない。これはきっと、単純な話ではない。
目の前に座る美丈夫を観察する。女性からの人気も高い麗しの君は、柔らかな色彩の金髪と初夏の新緑を思わせるような明るい翠の瞳をしている。いかにも騎士、それも王族の護衛に任じられる程の実力を見た目にも表している逞しい体躯でいながら、威圧感はない。周りの人達に向けられるのは人好きのする柔和な表情で、好感度も信頼度も高いのは当然だと思う。
王女殿下からの信頼も厚く、彼女がそれ以上の感情を持ってしまうのも、また美しく聡明な王女殿下に彼が同じ感情を抱いてしまうのも、仕方がないことだと思う。
しかし、彼はあくまでも護衛騎士であり、それ以上でもそれ以下でもない。伯爵家の三男である彼と王族である王女殿下が結ばれることは、余程のことがない限り難しいだろう。
王女殿下付きの侍女である私でさえ、二人の逢瀬に気付いたことはなく、あくまでもこれは周りの勝手な憶測。でも、暗黙の了解だった。
そのリーンハルト様が、平凡な行き遅れの侍女に求婚し、今目の前で返事を待っている。その表情はいつになく固く、私は感情も思考も整理がつかないまま、とりあえず思いついた質問を返す。
「とても求婚してくださるようなお顔ではないのですけれど……何か不安なことがおありですか?」
はっと驚きこちらを見るリーンハルト様。当たりだったようだ。何度か言い淀んでからやっと口から出た言葉に、私はようやく事の次第を理解することができた。
「貴女は、私が王女殿下に忠誠を誓っていることを理解した上で結婚してくれるでしょうか?」
彼は王女殿下に忠誠を誓い、心を捧げている。そう、王女殿下だけに。だから他の誰にももう心は渡せない。それが結婚した妻であっても。
つまり、形式上の結婚をしてくれないか、ということだったのだ。
そろそろ婚約者を決める王女殿下に、恋人と噂される相手がいるのは、マイナス要因になるのでは、という話が出ているのは知っていた。その噂を消すために、彼は結婚することにしたのだと思う。
愛する王女殿下の幸せを願い。
自分は身を引き、騎士として側で見守る決意で。
「貴方が王女殿下に忠誠を誓っていることは今まで見ておりましたから充分承知しておりますが……」
何故、私なのだろう。形式上の相手なのだから、誰でもいいはず。なのに、敢えてこんな行き遅れの女を選んだ理由は何なのか。
そこまで考えて、これは行き遅れているからこそ選ばれたのか、と気付く。もう結婚は難しい、と諦めモードに入っていた私なら、かたちだけの結婚であっても利点を見出し同意を得られると思ったのかも。もしかしたら、王女殿下のご配慮もあったのかも知れない。まだこれから結婚の可能性のある誰かを形式上の結婚に付き合わせてはかわいそうだし。
私が脳内で結論づけたと同時に、彼は告げる。
「貴女になら理解してもらえるのではないかと」
正解ということよね。
なら、私の返事は決まっている。形式上の結婚だということなら、これは仕事のようなもの。感情なんてすっ飛ばして、頭で考えればいい。
お仕えする王女殿下のためになる。
王女殿下の想い人であり、立場は違えど私の同僚でもあるリーンハルト様のお役に立てる。
それに形式上の結婚であれば、結婚後も王女殿下の侍女としてお仕え続けることもできそうだ。
私は、もう、ガッツリ手を握ってしまいそうな勢いで返事をした。
「リーンハルト様、このおはなし、謹んでお受けいたします」
満面の笑みの私に、同じくリーンハルト様の満面の美しい笑みが返された。
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