上 下
1 / 1

目の前で笑う友人、周りを信じられないと思った男

しおりを挟む
 「また、駄目だったのか、正樹(まさき)」
 
 聞きたいんだろうなあと思いながら友人の顔を見た、これで何度目だろうと思ってしまう、振られた話など正直、笑い話にもならないが、吐き出してしまわないと自分の中では消化できないのだ。

 「要するに今まで付き合った女は全員、俺の外見、ステータスしか見てなかったんだ」
 「けど、相手は美人だろ、で、やることはやったんだろ」
 「まあな、でも、会うたびに外食、ホテルの豪華ディナー、何か記念にプレゼントって言われてみろよ、気分はげんなり、その気も失せてしまう」
 
 出会って半月で何回ねだる気だ、それも安くはないブランドのバッグやアクセサリー、化粧品、自分の事を財布と勘違いしていないか。
 先日、付き合い始めた相手は、そのことを指摘すると結婚するんだからと言われ、折角だから指輪が欲しいと言われてしまった、だが、その瞬間、自分は別れようと速攻で思ったのだ。
 その日の夜、自宅へ戻ると電話で別れを告げた、最初は文句を言いながら別れたくないと渋ったが、今まで付き合ってプレゼントした品の代金をを返してくれないかというと、相手は渋々、承知した。
 念の為、もし後で文句を言ったり、つきまとうようなら出るところに出るというと相手は無言になった後、それどういう意味と聞いてきた。
 
 「どうして聞くんだい、普通の人間ならわかるだろう、それとも君は、あれかな」

 すると女は分かったと言って電話を切った、正直、ほっとした自分がいた、思わせぶりな言葉だが、相手は、それほど頭がよくなかったのかもしれない。
 とりあえず、これから付き合う女は、もっと考えようと思ったが、自分も同じ事何度も繰り返しているよなと正樹は思ってしまった。
 
 「なまじ外見、外面がいいと苦労するな」
 「羨ましいと思うか」
 「全然だ、昔なら違っただろうが、今のおまえを見てたら人間って、同じ事を繰り返しているなあって思ってしまうよ」
 「俺も自分に呆れてしまうよ」
 「なんかあったのか」
 「家政婦、ハウスキーパーをクビにした、辞めさせたんだ、油断したよ」

 想像に任せると言葉に友人は、おまえは女運が悪いなと言われて洋司は反論する事もなく、頷いた。


 「今は、掃除とか、たまに親父が来てくれて」
 「オヤジさんが、そういや、料理、上手かったよな学生時代とか、世話になったし」
 「いや、おまえ、今だってたまに来るだろ」
 「オヤジさんは再婚とか、しないのか」
 
 いきなり、何を言い出すのかと正樹は驚いた。

 「いや、今は六十、七十でも再婚したり、女と付き合っているなんて普通だ」

 いや、それは芸能人や金のある人間ならわかるが、普通のおっさんだぞと首を振る自分に友人は本気で言ってるのかと笑われてしまった。

 「おまえ、そういうところは世間知らずだな、居酒屋とか、今はマッチングアプリ、結婚相談所で相手を見つけるのが流行っているんだよ」
 「そうなのか、ネットって、良いイメージがないんだが」

 すると友人は首を振った。

 「馬鹿にできないぞ、ネットだからって登録するのも大変なんだ、知らないのか」
 
 そう言って友人はスマホを取り出した。

 
 その夜、自宅に戻ると、コンビニで買った弁当を食べながら、スマホの画面を見ていた正樹は感心した、マッチングアプリ、パートナーを見つけるネットのサイトなど、今まで真面目に見たことはなかったからだ。
 一人になって寂しいから、一晩だけの相手、セフレやセックスフレンドを探す場所という認識だったからだ。
 考えを改めるべきだな、試しに登録しみるか、自分のプロフィールを打ち込もうとしたが、つい、この間、女と別れたばかりだ。
 また同じ事を繰り返すのはこりごりだ、誰かが、このサイトをと買った知り合いがいたら、どんな感じか教えて貰えるんだが、生憎とそんな知り合いはいない。
 
 

 「おーい、入るぞ、飯は食ったのか」
 
 ドアが開き顔を覗かせたのは父親だ。
 

 玄関のチャイムを鳴らしたんだぞと言われて、夢中になってスマホを見ていたのかと正樹は驚いた。

 「なんだ、また、コンビニの弁当を食べてるのか」
 「ちょっと仕事が忙しくてね、そうだ」

 このとき、正樹は頼みがあるんだと父親を呼び止めた。


 身長、体重、職業など、まあ、これは退職したばかり、年金や保険はちゃんと入っているから大丈夫、妻とは別れ、現在は一人暮らし。
 年齢のこともあるので子供は求めていない。
 見た目は普通、こんなところでいいか、趣味や特技、映画、読書、散歩、どちらかと言うとインドア派といえるだろう
 色々と細かいんだな、スマホの画面を見ながら驚いた、免許、もしくはマイナンバーの番号を登録してくださいとなっている。
 友人の言葉を思い出す、やはり世間では真面目な出会いを求めている人間が多いということだろうか。
 
 

 「おまえ付き合っている人とかいないのか」
 
 コンビニの鮭弁だけでは、ちょっと物足りない、大根と油揚げの味噌汁と梅干し入りのおにぎりを食べていた正樹は喉に詰まらせそうになった。
 
 「つい、この間、別れたばかりなんだよ」
 「そうか、あまり長続きしないんだな」
 「オヤジこそ、どうなんだよ」

 今は第二の人生とか普通だよ、友人の受け売りを思い出し話すと父親は首を振った。

 そのとき、スマホの着信音が鳴った、こんな時間に誰だ、友人の着信音ではない、まさかと思いながら斗真は席を立つとスマホを確認した。
 画面のメッセージを見て、まさかと思ってしまった。
 
 
 「おまえ、いきなり、何を言ってるんだ」

 驚いた顔になる父親に離婚して三年だろう、それで俺、相談所に登録してみたんだよ、息子の言葉に父親は首を振った、ネットの相談所など信用できないというか、危なくないか。

 「オヤジ、最近は厳しいんだ、ネットでも、ちゃんとした人間でなければ登録できないんだよ」
 「しかし、そういうのはな、ところで、どんな相手だ」
 
 女性の顔は見れないんだ、その言葉に父親は、少し不安げな顔になった。

 「オヤジ、登録するのに会費も払ったんだよ、勿体ないだろ」
 

 父親が一度、デートしてみれば、どんなものか分かるはずだ、それでいい反応が返ってくれば自分も登録して相手を見つけようと考えていた正樹に父親は、断れないのかと諦めたような呟きを漏らした。
 

 あれから二週間あまりが過ぎた
 父親から連絡の一つもないことに多少の罪悪感を抱きながら駄目だったのかと思いながら、一度様子を確かめに、父親に会いに行こうと正樹は考えた。
 以前は小さなアパートに住んでいたのだが、昨今は物騒な事件も多い、空き巣や泥棒で被害を受け、もし、入院するような怪我をしたら、いや、運が悪ければ命までということもあるかもしれない。
 その為、セキュリティのしっかりとしたマンションに入居するように勧めたのだ、久しぶりに尋ねると父親は驚いた顔で自分を迎えた。


 様子を見に来ただけだからというと父親は、そうかと頷いた。
 
 「やっぱり、あれ、駄目だった」

 不思議そうな顔をする父親に見合いだよと聞く、すると父親は、ああと頷いた、どう切り出そうかと思った、そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
着信音が鳴った。
 テーブルの上のスマホに父親が手を伸ばす。
 
 話し終わると手伝ってくれるだろうと言われ、斗真は不思議そうな顔をした、宅配が来るんだという言葉に何を買ったのと聞くとベッドだという返事に驚いてしまった。
 自分は体も大きくないしシングルで十分だと言っていたけど、やはり寝具というのは余裕のあるものがいいだろう。
 自分も一人暮らしだが、ベッドはダブルだ。
 
 「じゃあ、前の奴はどうする」
 「いや、そのままだ、勿体ないし、別の部屋なら邪魔にはならない」
 
 オヤジの贅沢なんてしれている、離婚してから自分のことを、ここまで育ててくれた、大学を留年しそうになっても諦めるなと費用を出してくれたのだ。
 
 「この間の話、ほら、お節介だったかな」
 
 結果を聞きたかったのだが、父親の反応からよくないのだろうと思っていると、また着信音が鳴った。

 
 「オヤジが女と」
 「ああ、この間、娘と買い物しているときに見かけたんだよ、挨拶しようとしたんだが」
 
 
 自分の父親が若い女性と仲良く歩いていたと聞かされたとき、正樹は驚いた。 
 そういえば見合いサイトの事を詳しく話さなかった、今にして思えば、はぐらかされたような気がしないでもない。
 もしかして、あのサイトで出会った女性と付き合っているのか、だとしたら、何故、自分に話してくれないのか。
 いや、もしかして、好みじゃないが、相手の女が強気で迫って断れないとか、あり得るかもしれないと思った、その可能性がないと言い切れるだろうか。
 女性に対して強気に出れないところがある、強く言われ、ずるずると付き合いを続けてなんてことになっていたら、後になって面倒な事にならないか。
 確かめたほうがいいだろうかと思ってしまう、後になって自分に助けを求めてきたら。

 探偵を雇って調べるというのもありだが、父親のことを内緒でというのは正直、気が引ける、なら、直接、聞いた方が早い。
 友人が女と一緒だったというのを、自分が偶然、見たということにすればいいだろう。
 

 その日、仕事を早くすませて父親のマンションに行こうと考えたが、手ぶらで行くのもわざとらしい。
 夕飯の食材、いや、それよりも菓子、甘いものはどうだろう、友人から貰ったんだといえば、そんな事を考えながらマンションの近くのスーパーに菓子売場があった筈だ。
 店に入って売場を探そうと周りをきょろきょろと見回していたときだ。

 (あれ、もしかして)

 ここで会うとは丁度いい、声をかけようとしたときだ。

 突然、父親が振り返り、正樹は通路に隠れた、振り返った父親に女性が近づき、一緒に歩き出す姿に正樹はしばし、その場から動けなかった。

 
 まさか、息子から見合いの心配をされるとは思わなかった、突然のことに断ろうとしても、会う場所も決まっているといわれては言い訳が見つからない。
 ネットの相談所に登録したと言われて、それは体、夜のセックスの相手を探す怪しげなと思ったが、結局のところ押し切られてしまい、会うこととなった。

 そして、自分は今、待ち合わせの喫茶店で出された珈琲に口を付けることもできずに相手が来るのを待っている。
 緊張、不安、多分、両方だろう、相手女性の顔が分からないから、尚更なのかもしれない、店内に人が入ってくる度に視線が向いてしまうが、入ってくるのはサラリーマンや学生だ。
 何度目だろうと思いながら時計を見る、早く来すぎてしまったが、もしかして、相手も都合が悪くなってキャンセルというのもありえる、その場合はどうなるのか。
 鞄の中からスマホを取り出そうとしたとき。

 「井川さんですね、遅れてすみません」

 女の声に、はいと返事をしながら顔を上げると顔を赤くした女性が自分を見ている、向かいの席に座ると女はにっこりと笑うが、その表情はどこかぎこちない。

 「初めてなんです、ネットでのお見合いなんて」



 
 紹介したい人がいると電話で知らされたとき、正樹は驚いた、数日前の事を思い出し、あの時一緒にいた女性だろうかと思いながらも、分かったと返事をしながら待ち合わせの場所を聞くとマンションに来てくれと言われてしまった。 
  
 桜川 抄子(さくらがわ しょうこ)さんだ、父親から紹介された女性を前にして正樹は頭を下げた。

 「おまえが以前、登録したあのサイトで会ったんだ、まあ」
 「言ってくれたらいいだろう、内緒なんてらしくないぞ」

 そう言いながら正樹は自分が緊張している事に気づいた。
 
 
 
 その日、呼び出した友人にどうしたんだと聞かれてオヤジが再婚すると呟いた正樹は、自分は今、どんな顔をしていると呟いた。

 「良かったじゃないか、それでなんで俺が」
 「桜川抄子、オヤジの相手だ」

 名前を聞いて友人は不思議そうな顔をし、誰だと尋ねた。

 「俺が昔付き合った女だよ」

 ほんの数秒、友人は真面目な顔になり、その名前を繰り返すように呟いた。

 「ああ、大学のとき付き合ってた女だったか、で、なんの冗談だ」
 「冗談、どういうことだ」

 意味が分からず、不思議そうな顔をする自分に友人は、おまえ、知らなかったのかと呟いた。

 「桜川抄子はいない、少なくとも日本にはな、結婚して外国に行ったんだ」
 「嘘、だろう」

 本当だよと言われて、すぐには言葉が出てこなかった、嘘だろうと思ってしまう。

 「でも、亡くなったんだよ」
 
 正樹は何も言えず友人の顔を見た、冗談を言っているようには見えなかった、どうしてと聞くと病気だよと返事だ、元々、持病があったんだよと言われて、えっとなった
 「学校を休んでいることあっただろう、手術も何度か」
 「知らなかった」
 「知ってる奴もいたけど、ほら、おまえは」

 友人は少し黙り込んだ、何だ、言ってくれと促すと少し気まずそうに、口が軽いと言われて、そんなことはと否定しようとした正樹は黙りこんだ。
 「おまえは女に聞かれたら大事な内緒にしたいことでもさ、それで面倒な事になったこともあるだろう」
 「そ、それは、確かに」
 「だから、おまえと話すとき、皆、気を付けてたよ、多少のフェイクを入れてさ」

 正樹は目の前の友人を見た。

 「まさか、おまえも、か、俺と話しているとき」
 
 すると、昔はなと友人は笑った。

 「まあ、今でもおまえは色々とやらかしてくれるけどな、就職とか、会社の内情、いいのかって思うような事、酒の席で話すから」
 「なんだよ」
 
 思わず責める口調で、正樹は自分でも驚くほど大きな声をあげた。
 


 「まあ、いいじゃないか、ところで、彼女に妹がいたことを知ってたか」

 話を急に変えられてしまった。

 「妹がいたのか、そんなこと」
 
 知らなかったと呟きを漏らすと、やっぱりと納得したような津布施焼きを漏らした。
 理由を聞こうとしたが、知りたいのかと聞かれて正樹は迷った。

 「おまえ、顔と外面はいいけど」

 その後に続く言葉を正樹は、ああと頷いた。

 「下半身は節操なかったしな、性病の噂もあったぞ、まあ、事実だったがな」
 
 友人と思っていた相手から聞かされる言葉が、これほど堪えるとは、この場を今すぐ立ち去りたい、逃げたいと思ってしまった。
 
 「桜川のこと好きだったのか」
 「あの女は」

 俺を、馬鹿にしているような気がしたという言葉に、じゃあ、俺派と友人が言葉を続けた。

 「おまえのこと、どう思っているか、聞きたいか」

 返事ができない正樹に笑いながら、親父さんの結婚を邪魔するなよと友人に言われて正樹は顔が強ばるのを感じた。
 
 「何か、知ってるのか」

 友人は答えなかった、ただ、口元をわずかに、笑うだけだ。
 それが誰かに似ている、大学時代の彼女に似ているなど、正樹は気づきもしなかった。
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...