続・偽りとためらい

立石 雫

文字の大きさ
33 / 54

第7章 11月(3)

しおりを挟む
 こうやって週末に希美と一緒に過ごす時間を、高志は結構気に入っていた。普段一人で部屋で過ごすのもそれなりに快適だったし、特に淋しいとも思わなかったが、希美が来ると何でもない時間が楽しかった。
 そうやって過ごしながら、高志は、あの後に茂と連絡を取っていないことを意識しないようにしていた。あれ以来、茂から連絡はなかった。きっと仕事と勉強で忙しいのだろう。そして高志からももう何も送らなかった。もし茂が単なる友達であれば、連絡がないことすら意識しないか、あるいは何も遠慮せずに連絡したい時にしていただろうが、今の高志にはどちらも難しかった。
 だから、希美との時間を楽しむことを殊更に意識した。恋愛感情はなくても、希美は高志にとってもう充分に特別で大切な存在になっていた。それでいいのではないか、恋愛感情なんかなくてもこうやって一緒に時間を過ごせていれば何の問題もないのではないか、と思ったりもする。でもそれでは希美の気持ちを無視することになるのかもしれない。好きな人には同じくらい好かれたいと思うかもしれない。
 希美がどう思っているのか聞いてみたかったが、もちろん本人には聞くことはできなかった。第一、高志は希美と別れたくなかった。能動的な恋愛感情がなければ付き合ってはいけないという訳でもないだろう。多分そんな強い感情はそれほど長続きしなくて、いずれは今みたいな居心地の良さへと変容していくものなのではないか。
 きっと、茂の存在がなければ、自分はここまで悩まなかった。一緒にいて居心地が良ければ、それを恋愛感情だとすら思っていたかもしれない。居心地の良い女性と、友達だったはずの男。どうして後者の方に恋愛感情があると思うのだろう。もしかしてその認識自体が誤っているのではないだろうか。理屈でそう考えてみても、実感としてはやはりそれが事実だった。茂に対する渇望とも言える感情は常に高志の中にあった。一年前に茂が自分を切り捨てた時からずっと。
 希美といればそれが消える、とまではいかなかったが、少しの間忘れていることはできた。このまま本当に忘れてしまいたい、と高志は思っていた。

「高志くん、今度USJとか行かない?」
 12月に入ってしばらく経った頃、いつものように金曜日の夜に高志の部屋で過ごしながら、希美がそう言った。
「いいよ」
 高志が何気なく即答すると、希美が苦笑する。
「高志くんて、いつも大体のことはいいって言ってくれるけど、もし気が乗らなかったらそう言ってよね、遠慮とかせずに」
「うん」
 しかし、USJに行くことは特に嫌ではなかったので、高志は「でもいいよ、まじで」ともう一度言った。
「行ったことある?」
「うん、だいぶ前に」
 スマホを見ながら何も考えずにそう答えると、希美が少しだけ逡巡してから、「……元カノと?」と聞いてきた。高志は顔を上げた。
「……元カノとか他の友達とか、何人かで行ったかな」
「そうなんだ」
 何故か、希美はいつも、元カノのことを必要以上に気にしているように見えた。それが付き合っていればある程度普通のことなのか、あるいは希美が敏感になっているのか、どちらかは分からない。
「高校の時、クラスで仲良かったやつらとみんなで行こうってことになって」
「へえ、楽しそうだね」
「……気になる?」
 希美がそこまで気にする理由が高志には分からなかったし、高志から見れば全く気にする必要のないことだった。遥香に関する全ては、完全に過去のこととなっていた。もし何か不安があるのなら取り除けるかもしれないと思い、希美の表情を見ながら高志がそう聞いてみると、希美は少し笑って、「ごめん」と言った。
「元カノさんって、高校の頃に付き合ってたんだね」
「うん」
「どれくらい付き合ってたの?」
「……三年くらい」
「そうなんだ」
 遥香のことをわざわざ気にする必要などないのに、と思う。茂のことならともかく。
「結構長いね。そんなに付き合ってたら、大抵のところには一緒に行ってるよね」
「いや……そうでもないと思うけど」
 答えながら、高志は、ふと思いつき、
「元カノと行ったことないところ、どっか行く?」
と言ってみた。希美は笑いながら「うん」と頷いた。その表情からは、高志は自分の提案が正解だったのかどうか分からなかった。
「行ったことないところなんか山ほどあるけどな」
「高志くんはどこがいい?」
「いや、特に……じゃあ行きたいところいくつか挙げていって」
 行ったことないところ言うから、と言うと、希美がいくつか気になるスポットを口にした。すぐに、遥香とは行ったことのなかった有名な水族館の名が挙がった。
「そこ行ったことない」
「あ、そうなんだ?」
 かなりメジャーなデートスポットであるため、希美が意外そうに声を上げた。
「行く?」
「あ、うん、行きたい」
「明日?」
 そう聞くと、希美は首を横に振った。
「ううん、何の準備もしてないもん。来週にしない?」
「いいよ。来週な」
 高志が頷くと、希美も笑って頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

【完結】それより俺は、もっとあなたとキスがしたい

佑々木(うさぎ)
BL
一ノ瀬(27)は、ビール会社である「YAMAGAMI」に勤めていた。 同僚との飲み会に出かけた夜、帰り道にバス停のベンチで寝ている美浜部長(32)を見つけてしまう。 いつも厳しく、高慢で鼻持ちならない美浜と距離を取っているため、一度は見捨てて帰ろうとしたのだが。さすがに寒空の下、見なかったことにして立ち去ることはできなかった。美浜を起こし、コーヒーでも飲ませて終わりにしようとした一ノ瀬に、美浜は思いも寄らないことを言い出して──。 サラリーマン同士のラブコメディです。 ◎BLの性的描写がありますので、苦手な方はご注意ください *   性的描写 *** 性行為の描写 大人だからこその焦れったい恋愛模様、是非ご覧ください。 年下敬語攻め、一人称「私」受けが好きな方にも、楽しんでいただけると幸いです。 表紙素材は abdulgalaxia様 よりお借りしています。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

処理中です...