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File01 異世界で、科学捜査官ならぬ魔法捜査官になった件
#03 のじゃ子さん その1
しおりを挟むその日、オレは期待に胸を膨らませていた。
大学生になって、はじめてのコンパ。
もしかして、カノジョなんかできちゃうかも? いや、いきなりキスとかその先まで行ってしまうような展開が──!
などと、いま思えば、かなりはずかしい期待をしながら、通いなれた駅までの道を歩いていた。
駅の近くに来た時のことだった。
「そうだ……」
そういえば、サイフの中身がちょっとさびしくなかったか?
これはマズイ! 万が一、うれしくてヤバイ展開になった時に、ホテル代もないなんて情けなすぎる。
ちょっと戻ったとこにコンビニがあったはずだ。軍資金を下ろしておこう。
たしか、そこの角を曲がって──
「……えっ?」
オレは硬直した。
角を曲がったとたん、そこは一面の白い世界だったのだ。
──霧だ。
それもすごく濃い霧だ。
日本でこんな霧が出るものなのか? 視界は数メートル、いやもっと短いかも。ニュースとかでも見たことないぞ、こんなすごい霧。
真っ白の世界。
オレの頭の中も真っ白になった。
どのくらいそうしていただろう。
ふと我に返った。そしてこわくなった。
今いる通りは、いわゆる生活道路というやつで、車も結構走っている。道の真ん中につっ立っていたらひかれるかもしれない。
とにかく、道路の端へ。ブロック塀か電柱がないかと手探りで進む。
リアルな霧というより特撮番組とかのスモークみたいだ。足元さえもよく見えない。
霧を抜けたら、急いで飲み会の会場に行こう。そしてこの霧の話題で盛り上がろう。
なんて考えながら進むことしばらく……。
「……おかしいぞ?」
歩いても歩いても、霧の中に伸ばした手は何にも触れない。
パニクってるせいか? よし、歩数を数えてみよう。
「一歩、二歩、三歩……」
歩く。歩く。でも手は何も触れない。
「五一、五二、五三……」
おかしい。絶対おかしい。こんなのありえない。
たいして広くない通りを歩いているのに、指先は何にも触れない。
ここは街中だぞ?
砂漠とかじゃなくて、街中の生活道路だぞ!
「──そうだ!」
スマホだ。
文明の利器があるじゃあないか。頭の中が真っ白になってて思いつかなかった。
スマホを取り出して位置情報を確認すればいい。
方向感覚がおかしくなっていたとしても、東西南北はわかる。そうすれば──
「け、圏外ぃいいい?」
残酷にも表示された文字はそう告げていた。
絶望で目の前が真っ暗になった。そしてまわりは真っ白な世界。
こんなバカなことがある?
ついさっき店の情報とかメールをチェックしたばかりだぞ。
あれからたいして時間は経ってない。十分くらいだ。霧で時間の感覚もあやしいけど、一時間とかは経ってないだろ。
こんな、こんなバカなことが──!
「わぁああああああ!」
叫びながらオレは駆け出した。
本当のパニックが来たのだ。
足元すら見えないのに全速で走る。
でも、霧ははれない。何もない。
もしかして世界は霧に溶けてしまったのか?
「うわあああああ!」
その考えにますます怖くなってしまい、声を上げて走り続ける。
突然、足が何かに引っかかった。
「──!」
悲鳴を上げる間もなくオレはすっころんだ。
幸い地面はやわらかい草地だった。痛いけどケガはしていない。
──ん? ……草地?
あの街に草地なんかあったっけ?
その時、微かな風が吹いた。
さっと潮が引くように霧が消えてゆく。たちまち霧が晴れた。晴れたのだが──
「…………どこ?」
ぽかん、と大口を開けてしまった。
最初に目に入ったのは、真っ白な雪をまとった黒く険しい岩山だった。
アルプスとかヒマラヤとかみたいな巨大な山脈。それが遠くに見える。
今いる場所はその山の麓になるのだろう。
やわらかな草地がゆるやかに傾斜しながら白と黒の巨大山脈のほうへと続いている。草地の先に深い森が広がっていて、そこを越えると傾斜は急になり、険しい山岳地帯となるようだ。
なんだここ? スイスか? なんでこんな場所にいるんだ?
愕然。唖然。呆然。
オレは草地にへたり込んだまま思考停止してしまった。
どのくらいそうしていたか。
草地を踏む小さな足音でオレは我に返った。
音のしたほうを見ると、すぐそばに、小さな女の子がいた。
年齢は、小学校高学年──一〇~一二歳くらいだろうか。へたり込んでいるオレと目線がだいたい同じ高さだ。
つばの広いとんがり帽子をかぶり、濃い紫のローブを着ている。大きめの肩掛け鞄をして、背中には座布団ほどもあるバカデカい本を背負っていた。
ハロウィンみたく何かのイベントで魔法使いのコスプレをしているのだろうか?
それにしては衣装が本格的だ。
帽子もローブも量販店で売ってる安物じゃない。生地も仕立ても高級、そして実用品だ。それはオレみたいな服に詳しくないヤツでも一目でわかった。
妙に格好つけた仕草で、女の子は両手を腰に当て、オレを見つめた。
「もしかしてキミも迷子かな? オレもそうなんだ。あははは……」
言ってから落ち込んだ。
そんなオレを見て、女の子はため息をついた。そして自分で自分を指差し、言った。
「──ノーマ」
「のろま?」
そう聞こえた。
女の子はヘンな顔して、また自分で自分を指差して言った。
「ノーマ・ナージャ・コンリーロ」
どうやら自己紹介しているらしい。
しかしこの時、オレはまだこの世界の発音に慣れていなかったので、
「……のじゃ子さん?」
そう聞こえたのだ。
女の子は、もうそれでいいや、というような顔をすると、オレのすぐ前の地面を指差した。
「何かあるのかな?」
下を向き、女の子が指差す地面を見るが、やわらかな草があるだけだ。
「いったい何を──」
濃い緑の草の大地。そこに落ちた女の子の影。
その影が、トンカチのようなものを振り上げるのが見えた。次の瞬間──
「ぎえぇえええええ!」
脳天を貫く鋭い痛み!
まるで頭に釘を打たれたような痛みに、オレは悲鳴を上げ、のたうちまわった。
「なんじゃ、デカいナリして大げさな」
女の子があきれた声を上げる。
「このガキ! なんてことするんだ!」
「ガキではない。──まあ、この姿では仕方がないか」
そう言うと女の子は
「わしの名はノーマ・ナージャ・コンリーロ。故あってこのような姿をしておるが、齢五〇〇歳を超える大陸一の大賢者なるぞ」
と、小さな胸を張った。
「大賢者ぁ? 魔法使いごっこでもして──」
そこでオレは気づいた。
「──言葉! 言葉通じてる!?」
「ニブいヤツめ。やっと気づいたか」
女の子──のじゃ子さんは、鞄から金属のクギのようなものを取り出して見せた。
直径は五ミリほどで長さは七、八センチくらい。先端は鋭くとがっているけど、反対側、クギの頭にあたる場所は穴が空いていてパイプのようになっている。
「これは〈スパイク〉。脳の機能を拡張するアイテムじゃ。単体では会話の翻訳くらいの機能しかないが、今はこれで十分じゃろ」
思わずその〈スパイク〉が打ち込まれた場所に手をやった。もう痛みはないし、血も出てない。
指に金属質の感触…脳天に、丸い金属の穴がある。
これが〈スパイク〉か。なんかイヤホンジャックが頭に出来たみたいだ。
「……まるで魔法だ。てか、のじゃ子さんはホントに魔法使いなの!?」
「ただの魔法使いではない。大・賢・者! じゃ」
大賢者に力入れて言う。どう見ても小学生にしか見えないんだけど。
……そこでオレは、また気づいた。
「するとここは異世界? エルフとかドラゴンとか騎士とか勇者がいる、剣と魔法のファンタジーな世界に、オレは来ちゃったってわけ!?」
「平たく言うと、そういうことになるな」
またしても愕然、呆然となったオレに、のじゃ子さんはうなずいた。
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