まじらぼ  冤罪を魔法で科学捜査して晴らす研究所

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File02 ファンタジー世界に岡っ引き娘がいた件

#10 不倫現場の張り込みと異世界にないもの

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     1


「ざまぁねぇな」

 コールを逃がしたことを、ペイジがシドの旦那に報告すると、他の衛士たちが嘲りの声を上げた。

「未熟モンが。10年早ぇんだよ」
「やっぱ罪人の娘に護民兵は務まらねぇな」

 黙って耐えていたペイジだが、この一言にはブチ切れた。

「ンだとコラぁ! もっぺん言ってみろ!」

 こん棒に手を掛けて怒鳴る。

「おっ? やんのか?」
「その減らず口、聞けねぇようにしてやるぜ」

 護民兵たちもこん棒に手を掛ける。
 まるでチンピラだ。こんなのがこの国の治安を守る警官代わりなんだ。

 今にも乱闘が始まるのかと思ったその時、

「やめねぇか!」

 シドの旦那が怒鳴った。
 詰め所がビリビリ震動するような大声に、ペイジもチンピラ護民兵たちも思わず首をすくめた。

「町がてめぇらにカネ払ってんのは何のためだ? 今、この時も下手人は野放しで〈都〉の人間は不安がってるんだぞ。ケンカや減らず口は手当てぶんの働きをしてからやりやがれ!」

 さすがベテランの衛士だ。会った時は、こんなじーさんで大丈夫か? と思ったけど。
 シドの旦那の剣幕に、ペイジもチンピラ護民兵たちも小さくなって「へーい」と返事するしかなかった。

「魔捜研の」
「え? オレ?」

 いきなり声を掛けられ、オレはちょっと焦った。

「コールの家に凶器はあったのか?」
「いえ。見つかりませんでした」

 そもそも凶器に使えそうな物がほとんどなくて、あってもルミノール反応は出なかった。

「するとコールが下手人じゃない可能性もあるのか……」

 シドの旦那は自分のアゴをなでながらつぶやいた。

 そう、その可能性もあるんだよな。
 でも、コールが犯人じゃないとすると、容疑者がいなくなってしまう。

「ペイジは引き続きコールを探せ」
「はい」

 怒鳴られたからかペイジは神妙な顔でうなずいた。

「他は聞き込みを続けろ。ガイシャの周りにあやしいヤツがいないか探れ」
「へいっ!」

 方針が決まり、オレたちは詰め所を出た。

「お腹空いたわね」

 それまで黙っていたクロエさんが言った。
 言われてオレも空腹なことに気づいた。
 日はとっくに暮れ、詰め所のある通りに並ぶ飲食店はディナータイムを迎え、うまそうなにおいが立ちこめていた。

 早くラボに帰ってサミちゃんの料理を食べたい。そう思った時──

「間違いねえのか?」

 ペイジが大きな声を上げた。

「どうしたんだ?」
「ハンナが新しい情報ネタを取ってきたンだけどさ……」

 ペイジはめずらしく躊躇って言った。

「ガイシャの奥さん、コールと密会してたらしいンだ」

 なんだって?


     2


 被害者の奥さんが、逃げた容疑者コールと不倫していた?

 オレとクロエさんは詳しく聞くため、また詰め所の中に戻った。
 シドの旦那と衛士たちは帰った後で、中にはオレたちしかいない。

 ハッチとハンナのドワーフ老夫婦はこの詰め所の番人で、上の階に住んでいるという。交番っていうより駐在所だな。

 話を聞く前に、オレとクロエさんは夕食をご馳走になった。

 奥に牢屋がある待機所。そこの小さめのテーブルに料理が並べられた。

 具だくさんの海鮮スープ、ライ麦パン、それにチーズとオリーブの実入りのマリネっぽいサラダというラインナップで、どれもうまかった。

 このクレイエラ王国の地理、気候は南ヨーロッパに近い。〈都〉の北西は海に面していて海産物も豊富だ。だから料理も似たものになるんだろう。

「奥さんがコールと不倫してた? マジで?」

 食後のハーブティーをいただきながら、オレはあらためて尋ねた。

「現場周辺の住民に聞き込みしたら、奥さんとコールが店の裏で隠れて会っているのを見た人がいたんで。それも何人も」

 ハンナが淡々と答える。

「目撃者の一人によると、奥さんとコールはとても親しい関係に見えたそうです。抱き合っているとこも見たとか」

 それは…大変な情報だ。

「て、ことはコロシの動機は痴情のもつれ…か?」
「酒癖のせいで出禁になった、よりは納得するわね」

 ペイジに続いてクロエさんが言う。

「もし二人がそういう関係なら、コールは奥さんに会いに来るんじゃないか?」

 オレがそう言うと、

「たしかに!」

 と、ペイジが立ち上がった。

「行き当たりばったりに探すより、奥さんを張り込んでたほうがいいな」
「ちょ…まさか、今から張り込みに行こうってんじゃ?」
「あたぼうよ! 善は急げだ!」

 オレ、今日一日歩き回ってヘトヘトなんだけど?

     ×   ×   ×

 幸い、その晩は、ハッチとハンナのドワーフ夫婦が張り込んでくれた。おかげでオレはベッドで休むことが出来た。

 でも翌日──

「ソータ! 張り込みに行くぜ!」

 と、朝からペイジがやって来て、オレは張り込みに付き合わされることになった。

 サミちゃんが作ってくれたお弁当を持って、現場へと向かう。

「……よく考えたら、なんでオレが張り込みに付き合わなきゃならないんだ?」

 張り込み場所である路地に入ってから、オレはそれに気づいた。

 オレは鑑識ポジだ。
 それが気づいたら、犯人追っかけたり、張り込みしたりしている。CSIとかは鑑識ポジの人たちが張り込みもしてたけどさ。

「人手が足りねぇンだよ。それにヒマしてんだろ?」

 たしかに。
 サミちゃんはルミノール液の改良。クロエさん、のじゃ子さんも分析や文献調査がある。
 魔法使いじゃないオレだけ、ラボで仕事がない。

「とっとと行くぞ」

 ペイジに急かされ、オレは張り込み現場へと向かった。


     3


 ガイシャと奥さんの家は、事件現場の酒場『歌うクジラ亭』の裏にあった。

 オレとペイジは、家と酒場の裏口、その両方が見える場所──建物と建物の間の隙間に潜り込み、見張った。

 張り込んでから1時間が過ぎた。誰もやって来ない。

 2時間が過ぎた。コールは現れない。通行人が数人、通りかかっただけだ。

「来ないな……」
「もう音を上げんのかよ。ソータはガマンが足りねぇな」
「ガマンっていうか、ヒマっていうか……」

 ほとんど誰も通らない裏通り。ただ見張っているだけでは緊張感が続かない。ていうか飽きてきた。

「……ソータの世界ってどんなだ?」

 突然、ペイジが聞いてきた。

 なんだコイツも飽きて来たのか。
 でもまあ、退屈しのぎにはちょうどいいか。

「アタイらの世界じゃ魔法が発達してない国は遅れてるって言われる。マロウドは魔法がない世界の人間だって相場が決まってるからさ、どんな不便な世界だろうって気になって」

 こっちは魔法文明の世界。文明/テクノロジー=魔法だから、魔法がない国は文化、文明のレベルが低いって認識になる、と。
 それはともかく、微妙にマウントとってるように感じるのは気のせいか?

「オレたちの世界には魔法の代わりに科学がある。魔法と違う法則でテクノロジーと文明を発展させて来たんだ」
「どんなテクノロジーだ?」
「そうだな…馬車の代わりに、石油で動くエンジンって機械が車を動かしている。船も同じだ。あとは電気だな」
「電気? 雷か?」
「ああ、雷の力を生み出したり、溜めたりする技術がある。それで家の照明から、エレベーター、電車を動かしたりしている」
「デンシャってのはなんでい?」

 ペイジが目をぱちくりさせた。

「そっかぁ、こっちの世界には電車ないんだ」
「なんだそのムカつく口調は? いいからどんなモンだか説明しやがれ」

 お、これはオレたちの世界の勝ちか。ふふふ、科学文明のすごさを教えてやろう。

「電車ってのは、鉄のレールを走る大きな箱の車なんだ。一台に何十人と乗れる車を十両、何十両ってつなげて、一度にたくさんの人を運べるんだ。貨物──荷物専用のヤツもあって、そいつは1キロも2キロもの長さにもなるんだ」

 まあ日本の貨物列車はそこまでの長さじゃないけどさ。
 ちなみにキロとかの単位は、オレの頭に刺さっている〈スパイク〉でこっちの単位に翻訳され、ペイジに伝わっている。

「なんでい、大したことねぇな」

 な、何?

「車をアホみたいに繋げて野を越え山越えて運ぶなんて効率悪いだろ。ていうかレール敷くのにどんだけ鉄使うんだ。無駄すぎんだろ」
「ぐぬぬ…じゃあ、こっちではどんな大量輸送やってんだよ?」
「テレポートゲートだ」

 テレポートゲートって、前にのじゃ子さんが作り出したヤツ?

「郊外に大きな広場くらいのゲートがあってさ。一度に馬車を何十台も転移させるってシロモノだ。歩いて百日の道も一瞬だぜ」
「マジでぇ!?」

 そんなものがあるなら、列車とか飛行機とか必要ないな。必要ないから存在しないのか。

 しかし、今のところ、こっちの魔法文明のほうが、オレたちの世界より上だな。ファンタジーものの異世界って、どこもこうなのか?

「人口は? ソータの国にはどんくらいの人間が住んでるんだ?」

 ふふんって顔でペイジがこっちを見ている。

「……1億2千万人くらいだけど?」

 負け確と覚悟しながらオレは答えた。
 魔法のある世界じゃ、食料生産も医療もきっとすごいハズだ。

「い、いちおくぅ!? マジでか?」

 と思ったら、ペイジが仰天していた。

「この国の人口は?」
「2千万くらい…これでも大陸では多いほうなんだぞ!」

 ぐぬぬぬ…という顔でペイジが答える。

 フフフ、いい顔だぜ。まさか人口でマウント取れるとは思わなかったな。

「他に、こっちの世界にないものはあんのか?」
「そうだな……」

 ヘタなものではまた負けるかもしれない。
 オレたちの世界にあるもので勝てるものを考えないと。

 こっちの世界とあっちの世界、その一番の違いは……。


     4


「人権だな」
「ジンケン? こういうのか?」

 グー、チョキ、パーとじゃんけんをしてみせるペイジ。
 なんでファンタジー世界にじゃんけんがあるんだよ? いやそれより人権だ。

「人権っていうのは、人が人らしく生きるために生来持っている権利のことで……」

 教科書的な答を言おうとしてやめた。これじゃ伝わらない。

「オレの世界──国では、あやしいヤツってだけで捕まって拷問とかされない。裁きの場では証拠の提出と確認が必要だし、裁かれる側も弁護人っていう法律の専門家を応援につけることができるんだ」

 そう。オレがこっちの世界で痛感したこと。それは──

 ──人権がないのはおそろしい、ということだった。

「それは平民でもか?」
「そうだ。誰でも、この権利を生まれながらに持っているんだ」
「それはすごいな」

 どうだペイジ! これはオレの世界の勝ちだろう! オレは心の中で叫んだ。

「人権があるなら冤罪はないんだろう。無実の人間が罰せられることはないんだろう」

 ペイジの顔を見た途端、オレの勝利の快感はしぼんでしまった。

 そうだった。ペイジの親父さんは、無実の罪で追放刑にされたって……。

「残念だけど、オレの世界でも冤罪はあるんだ」
「なんで?」

 怒ったようなペイジの顔。なんでって言われても……。

「捕まえるのも、裁判するのも人間だから…だと思う。間違い、勘違いもあるし、手柄や保身のために冤罪が生み出されることもある」
「そっちの役人も腐っているのがいんだな」

 残念そうに、でもちょっとほっとしたようにペイジは苦笑した。

「こっちの世界の役人も腐っているのか?」
「ああ、貴族、役人、大商人…山ほどいやがる」

 ペイジが重いため息をついた。

「どの世界にも悪いヤツがいる。どっちの世界も同じだな」
「ああ、同じだ」

 オレとペイジは同時に笑った。
 笑えない。でも笑うしかない。

「待った!」

 いきなりペイジが素に戻った。そして低い声で言った。

「誰か来たぜ」

 誰かって…まさかコールが?

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