60 / 133
第二章 南へ
60.カリナヴァレン
しおりを挟む
「何だって……?」
訝しげに眉を寄せ、真剣な顔でロシュは続きを促す。
「ああ、腹も減ってうまく思い出せねえや」
「いくらでも好きなものを買え。金は払ってやる。何だったら、明日の朝食分だって買ってやるぞ」
またとぼける男に、ロシュは苛立たしげに吐き捨てる。
男は嬉しそうに笑うと売り子を呼び止めて、食べ物をいくつか選んだ。
「旦那、気前がいいね。口も滑らかになるってもんだ。カリナ嬢様は亡くなったんじゃない、売られたんだよ」
「何だって……どこに」
「詳しい場所までは俺も知らねえ。だが、カリナ嬢様はべっぴんだったからな。売り先なんて限られてくるんじゃねえか」
「娼館……か」
力なくロシュは呟く。瞳から、いっときわきあがった希望の色が消えていくようだった。
ミゼアスはアデルジェスと共に何も言わず、二人のやり取りを見守っていたが、ふつふつと疑念がわき起こってくる。
「あんたはどうしてその子のことを知っているんだい?」
ミゼアスが問いかけると、男は食べる手を止めて振り向く。一瞬、目を見開いたようだったが、すぐに元の表情に戻った。
「俺は昔、その店で働いてたんだよ。親父が旦那様の補佐をやっていたんでな。他の連中より詳しいことを知ってるんだ」
「その子のこと、本当は生きているって言っちゃってよかったの?」
「最低でも五年は黙っとけって言われて、俺はそのとおりにしたよ。もう七年経ってる。約束は破っちゃいない」
片手をひらひらさせながら男は答える。
ミゼアスは男の言葉をじっくりと吟味する。嘘を言っているようには見えない。
七年前、売られた、売り先はおそらく娼館。
以前ロシュから話を聞いたとき、わずかにひっかかった疑問だった。そのときはたまたまだろうと流したが、もう一度同じ疑問がより真実味を帯びて蘇ってくる。
「ちょっと思いついたことで、もしかしたら的外れかもしれないんだけど……聞いてみてもいい?」
「ああ、いいぜ。知っていることなら答えてやるよ」
酒と食べ物で機嫌が良くなったらしい男は、気前よく頷く。
「カリナちゃんって、赤味がかった金髪だったんだよね」
「ああ、そのとおり。奥様譲りの綺麗な髪だったよ」
「もしかして、普段は騒がしくて突飛な行動をするけれど、お腹が空くと途端におとなしくなる子だっていうことはなかった?」
ミゼアスの言葉に、男はぽかんと口を開く。訝しげにミゼアスを眺めてきた。
「……よく知ってるな」
肯定の言葉が響く。ミゼアスはさらにもうひとつ、質問をしてみることにする。
「とんでもなく物覚えがよくて、一度読んだ本は忘れないっていうことはなかった?」
「……あんた、どうしてそこまで」
男の顔が驚愕に覆われていくのを見て、おそらく当たりだろうとミゼアスは軽く息を吐いた。次の質問を用意する。
「このあたりって、幼少期に女装する風習が残っている?」
「あんた……いったい……」
これも当たりのようだ。もう、ほぼ間違いないだろう。
頭に浮かぶのは、七年前にミゼアスが受け入れた見習いの姿だ。記憶の中の彼は、いつも迷惑なくらいに元気な笑顔を浮かべている。
ミゼアスは軽く目を伏せてくすりと笑いをこぼす。それからゆっくりと男を見据え、最後の質問を投げかけた。
「カリナ、って女性略称だよね。もしかして、男性略称はヴァレン……本名はカリナヴァレンっていう名前じゃない?」
訝しげに眉を寄せ、真剣な顔でロシュは続きを促す。
「ああ、腹も減ってうまく思い出せねえや」
「いくらでも好きなものを買え。金は払ってやる。何だったら、明日の朝食分だって買ってやるぞ」
またとぼける男に、ロシュは苛立たしげに吐き捨てる。
男は嬉しそうに笑うと売り子を呼び止めて、食べ物をいくつか選んだ。
「旦那、気前がいいね。口も滑らかになるってもんだ。カリナ嬢様は亡くなったんじゃない、売られたんだよ」
「何だって……どこに」
「詳しい場所までは俺も知らねえ。だが、カリナ嬢様はべっぴんだったからな。売り先なんて限られてくるんじゃねえか」
「娼館……か」
力なくロシュは呟く。瞳から、いっときわきあがった希望の色が消えていくようだった。
ミゼアスはアデルジェスと共に何も言わず、二人のやり取りを見守っていたが、ふつふつと疑念がわき起こってくる。
「あんたはどうしてその子のことを知っているんだい?」
ミゼアスが問いかけると、男は食べる手を止めて振り向く。一瞬、目を見開いたようだったが、すぐに元の表情に戻った。
「俺は昔、その店で働いてたんだよ。親父が旦那様の補佐をやっていたんでな。他の連中より詳しいことを知ってるんだ」
「その子のこと、本当は生きているって言っちゃってよかったの?」
「最低でも五年は黙っとけって言われて、俺はそのとおりにしたよ。もう七年経ってる。約束は破っちゃいない」
片手をひらひらさせながら男は答える。
ミゼアスは男の言葉をじっくりと吟味する。嘘を言っているようには見えない。
七年前、売られた、売り先はおそらく娼館。
以前ロシュから話を聞いたとき、わずかにひっかかった疑問だった。そのときはたまたまだろうと流したが、もう一度同じ疑問がより真実味を帯びて蘇ってくる。
「ちょっと思いついたことで、もしかしたら的外れかもしれないんだけど……聞いてみてもいい?」
「ああ、いいぜ。知っていることなら答えてやるよ」
酒と食べ物で機嫌が良くなったらしい男は、気前よく頷く。
「カリナちゃんって、赤味がかった金髪だったんだよね」
「ああ、そのとおり。奥様譲りの綺麗な髪だったよ」
「もしかして、普段は騒がしくて突飛な行動をするけれど、お腹が空くと途端におとなしくなる子だっていうことはなかった?」
ミゼアスの言葉に、男はぽかんと口を開く。訝しげにミゼアスを眺めてきた。
「……よく知ってるな」
肯定の言葉が響く。ミゼアスはさらにもうひとつ、質問をしてみることにする。
「とんでもなく物覚えがよくて、一度読んだ本は忘れないっていうことはなかった?」
「……あんた、どうしてそこまで」
男の顔が驚愕に覆われていくのを見て、おそらく当たりだろうとミゼアスは軽く息を吐いた。次の質問を用意する。
「このあたりって、幼少期に女装する風習が残っている?」
「あんた……いったい……」
これも当たりのようだ。もう、ほぼ間違いないだろう。
頭に浮かぶのは、七年前にミゼアスが受け入れた見習いの姿だ。記憶の中の彼は、いつも迷惑なくらいに元気な笑顔を浮かべている。
ミゼアスは軽く目を伏せてくすりと笑いをこぼす。それからゆっくりと男を見据え、最後の質問を投げかけた。
「カリナ、って女性略称だよね。もしかして、男性略称はヴァレン……本名はカリナヴァレンっていう名前じゃない?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
104
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる