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第二章 南へ
67.どんな子に
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「カリナ……いや、ヴァレンって、どんな子になっているんだろう? 昔、ちらっと会ったときはおとなしくて、お人形さんみたいな子だなって思ったんだけれど……」
隣町に向かう乗合馬車に揺られながら、ロシュがミゼアスに尋ねてくる。
どことなく恥じらいにも似た、戸惑いの滲む口調だった。過去は綺麗に美化されているようだ。
乗合馬車には三人の他に客はおらず、貸切状態となっている。ミゼアスはアデルジェスの隣に座りながら、軽く宙を仰ぐ。
「……ええと、残念だけれど……あの子はおとなしいという言葉とは無縁の子だよ。きっと、ロシュと会ったときはお腹が空いていたんだね」
ミゼアスが初めてヴァレンと会ったのは、ヴァレンが九歳のときだ。落ち着きがなく、わけのわからない奇行を仕出かす未知の生き物に頭を抱えたものだった。
ロシュがヴァレンと会ったのはそれよりも前だが、そう簡単に性格が変わるとも思えない。きっと空腹でおとなしくなっていたのだろうとミゼアスは結論づける。
「そうなの? じゃあ元気な子なのか。まあ、実は男の子だったそうだし、そんなものなのかな。物静かで思慮深いっていう印象だったんだけれど。ああ、でも不夜島の四花にまでなっているんだから、やっぱり品があって綺麗なんだろうなあ」
夢見るように呟くロシュ。
美しい夢として終わらせてあげたほうがよいのかもしれない。
しかし、やはり真実に向き合うことも必要だろう。ミゼアスはゆっくりと深呼吸をすると、口を開く。
「ロシュ……夢を壊すのはとても忍びないんだけれど、あの子は賭博王とか酒豪王といった称号をほしいままにする、型破りな子だよ。昔は後方転回の練習を勝手にして、顔面に怪我をするような奇行も目立ったし……どれだけ苦労したか……」
見かけだけでいえば、ヴァレンは不夜島の花として何ら不都合はないだろう。綺麗、というのは肯定してもよい。しかし、中身がひどすぎる。
ついつい、ミゼアスの口調には苦渋が滲んでしまっていた。
「え? そ、そうなの……? そこまで元気とは……。あ、でも怪我をしたのは昔なんだよね。小さい頃は特にやんちゃだったっていうことか」
ロシュはどうにか良い方向に持っていこうとする。
前向きな姿勢は良いことだろう。ここで同意して、適当に話を流すほうが懸命なのかもしれない。理性ではそう思いつつ、ミゼアスは口が勝手に開くのを止められなかった。
「今は、お説教しようとしたら、三階の窓から飛び降りて逃げ出すくらいに成長したよ。もう怪我なんてしないね。空中で回転しながら着地して、観客に『ご声援、あっりがとー!』なんて手を振るくらいの余裕があるもの」
「……なんだか、いろいろと凄いことになっているみたいだね……」
とうとうロシュが折れた。曖昧な笑顔を浮かべて、どう受け止めればよいかわからない様子だ。
ミゼアスはそっと目を伏せる。
「……でも、かつて暗闇に沈み込んでいた僕を救ってくれたのはヴァレンだ。ヴァレンがいたから、僕はあの島でジェスを待ち続けることができた。とんでもない奇行に悩まされはしたけれど、迷惑なくらい明るくて元気な良い子ではあるよ」
隣町に向かう乗合馬車に揺られながら、ロシュがミゼアスに尋ねてくる。
どことなく恥じらいにも似た、戸惑いの滲む口調だった。過去は綺麗に美化されているようだ。
乗合馬車には三人の他に客はおらず、貸切状態となっている。ミゼアスはアデルジェスの隣に座りながら、軽く宙を仰ぐ。
「……ええと、残念だけれど……あの子はおとなしいという言葉とは無縁の子だよ。きっと、ロシュと会ったときはお腹が空いていたんだね」
ミゼアスが初めてヴァレンと会ったのは、ヴァレンが九歳のときだ。落ち着きがなく、わけのわからない奇行を仕出かす未知の生き物に頭を抱えたものだった。
ロシュがヴァレンと会ったのはそれよりも前だが、そう簡単に性格が変わるとも思えない。きっと空腹でおとなしくなっていたのだろうとミゼアスは結論づける。
「そうなの? じゃあ元気な子なのか。まあ、実は男の子だったそうだし、そんなものなのかな。物静かで思慮深いっていう印象だったんだけれど。ああ、でも不夜島の四花にまでなっているんだから、やっぱり品があって綺麗なんだろうなあ」
夢見るように呟くロシュ。
美しい夢として終わらせてあげたほうがよいのかもしれない。
しかし、やはり真実に向き合うことも必要だろう。ミゼアスはゆっくりと深呼吸をすると、口を開く。
「ロシュ……夢を壊すのはとても忍びないんだけれど、あの子は賭博王とか酒豪王といった称号をほしいままにする、型破りな子だよ。昔は後方転回の練習を勝手にして、顔面に怪我をするような奇行も目立ったし……どれだけ苦労したか……」
見かけだけでいえば、ヴァレンは不夜島の花として何ら不都合はないだろう。綺麗、というのは肯定してもよい。しかし、中身がひどすぎる。
ついつい、ミゼアスの口調には苦渋が滲んでしまっていた。
「え? そ、そうなの……? そこまで元気とは……。あ、でも怪我をしたのは昔なんだよね。小さい頃は特にやんちゃだったっていうことか」
ロシュはどうにか良い方向に持っていこうとする。
前向きな姿勢は良いことだろう。ここで同意して、適当に話を流すほうが懸命なのかもしれない。理性ではそう思いつつ、ミゼアスは口が勝手に開くのを止められなかった。
「今は、お説教しようとしたら、三階の窓から飛び降りて逃げ出すくらいに成長したよ。もう怪我なんてしないね。空中で回転しながら着地して、観客に『ご声援、あっりがとー!』なんて手を振るくらいの余裕があるもの」
「……なんだか、いろいろと凄いことになっているみたいだね……」
とうとうロシュが折れた。曖昧な笑顔を浮かべて、どう受け止めればよいかわからない様子だ。
ミゼアスはそっと目を伏せる。
「……でも、かつて暗闇に沈み込んでいた僕を救ってくれたのはヴァレンだ。ヴァレンがいたから、僕はあの島でジェスを待ち続けることができた。とんでもない奇行に悩まされはしたけれど、迷惑なくらい明るくて元気な良い子ではあるよ」
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