68 / 133
第二章 南へ
68.守るため
しおりを挟む
ほどなく乗合馬車は隣町に到着し、三人は書いてもらった住所を探す。
小奇麗な住宅が並ぶ通りに、目的の場所はあった。こぢんまりとした家だったが、よく手入れされた庭には色とりどりの花が咲き、明るく落ち着いた印象を受ける。
庭では一人の老人が手入れの最中のようだった。髪はほとんど白く、小柄だったが、かくしゃくとしているようだ。しっかりとした動きで作業を続けていく。
「こんにちは」
ロシュが明るく声をかける。人に警戒させない、穏やかな笑顔だ。
「はい、こんにちは」
老人も作業の手を止め、返事をした。皺の刻まれた顔に伝う汗を拭う。
「ちょっとお尋ねしたいんですが……」
ロシュが手紙を見せると、老人は受け取ってしげしげと眺める。
「息子から、わしあてですな。読んでみてよいですかな?」
「はい、どうぞ」
老人は手紙を読み進めていく。だんだんと、表情が驚愕に覆われていった。
「……カリナ嬢様が……。ええと、わしに何か話があるそうですな。ここでは何ですので、中へどうぞ」
三人は家の中に通される。すっきりと片付いた部屋で、内装は簡素だが、卓の上に花が飾られているなど、優しげな生活感が漂っていた。
先日の男は姉夫婦の家、と言っていたはずだが、今の時間は老人以外に誰もいないようだった。老人が茶を運んでくる。
ミゼアスが茶を一口含むと、ふわり、とほのかな花の香りが広がった。心をほぐしてくれるような、優しい香りだ。
「わしは旦那様の補佐をしておりました。カリナ嬢様にはじい、と呼ばれて……何でも、あなた方はカリナ嬢様が今、どうしているかを知っているとか」
ややあって、老人が口を開く。どことなく、そわそわとした様子だった。
「うん、カリナ……というか、僕に馴染みのある名前はヴァレンだけれど……とにかく、あの子はとてもとても元気に過ごしているよ」
ミゼアスが答えると、老人ははっとしたように目を見開く。
「ああ……そうでした……今は、もうヴァレン坊ちゃまですな……。このあたりでは、九歳まで女装する風習があるのです。もうじき、女装も終えるというときに、あのようなことになってしまい……」
そっと目頭を押さえる老人。
「旦那様も、苦渋の決断でした。わしも、あんなに可愛らしいカリナ嬢様を売るなど、どれだけつらかったことか……」
声がやや震えている。つらそうな老人の姿を見ると心が痛んだが、ミゼアスは訪ねてきた理由を思い出す。
「そのことだけれど、どうして亡くなったことにしていたんだろう?」
「それは……」
口ごもって老人は俯く。
「……あの子は、初めて会ったときからとても元気だったよ。でも、抱きしめると震えるんだ。聞いてみたら、抱きしめられたことがないから混乱するって言っていた。あの子は、可愛がられていなかったんじゃないだろうかと思ってね」
あえてきつい話を持ち出してみる。本人はわりと平然としていたが、聞いているミゼアスの胸が痛んだものだった。
「それは……確かに、旦那様はカリナ嬢様を目に見える形で可愛がってはいませんでした。カリナ嬢様が亡くなった奥方様によく似ておいででしたから……」
「奥方……ヴァレンのお母さんは、ヴァレンを産んで間もなく亡くなった、とは聞いている」
母のことは記憶になく、父に可愛がられた記憶もないとヴァレンは言っていたのだ。
「そのとおりです……旦那様は奥方様のことを、とても愛していらっしゃいました。奥方様に生き写しのカリナ嬢様を見るのがつらかったようです……」
「だから、いっそ亡くなったことにして売り払い、縁を切ってしまおうと?」
ミゼアスが冷たく問うと、老人はとんでもないといったように首を左右に振って叫んだ。
「まさか! 旦那様はカリナ嬢様のことを愛していらっしゃいました。不器用な方で、愛情を表す術をご存知ではありませんでしたが……でも、カリナ嬢様を亡くなったことにして売ったのも、カリナ嬢様を守るためだったのです!」
小奇麗な住宅が並ぶ通りに、目的の場所はあった。こぢんまりとした家だったが、よく手入れされた庭には色とりどりの花が咲き、明るく落ち着いた印象を受ける。
庭では一人の老人が手入れの最中のようだった。髪はほとんど白く、小柄だったが、かくしゃくとしているようだ。しっかりとした動きで作業を続けていく。
「こんにちは」
ロシュが明るく声をかける。人に警戒させない、穏やかな笑顔だ。
「はい、こんにちは」
老人も作業の手を止め、返事をした。皺の刻まれた顔に伝う汗を拭う。
「ちょっとお尋ねしたいんですが……」
ロシュが手紙を見せると、老人は受け取ってしげしげと眺める。
「息子から、わしあてですな。読んでみてよいですかな?」
「はい、どうぞ」
老人は手紙を読み進めていく。だんだんと、表情が驚愕に覆われていった。
「……カリナ嬢様が……。ええと、わしに何か話があるそうですな。ここでは何ですので、中へどうぞ」
三人は家の中に通される。すっきりと片付いた部屋で、内装は簡素だが、卓の上に花が飾られているなど、優しげな生活感が漂っていた。
先日の男は姉夫婦の家、と言っていたはずだが、今の時間は老人以外に誰もいないようだった。老人が茶を運んでくる。
ミゼアスが茶を一口含むと、ふわり、とほのかな花の香りが広がった。心をほぐしてくれるような、優しい香りだ。
「わしは旦那様の補佐をしておりました。カリナ嬢様にはじい、と呼ばれて……何でも、あなた方はカリナ嬢様が今、どうしているかを知っているとか」
ややあって、老人が口を開く。どことなく、そわそわとした様子だった。
「うん、カリナ……というか、僕に馴染みのある名前はヴァレンだけれど……とにかく、あの子はとてもとても元気に過ごしているよ」
ミゼアスが答えると、老人ははっとしたように目を見開く。
「ああ……そうでした……今は、もうヴァレン坊ちゃまですな……。このあたりでは、九歳まで女装する風習があるのです。もうじき、女装も終えるというときに、あのようなことになってしまい……」
そっと目頭を押さえる老人。
「旦那様も、苦渋の決断でした。わしも、あんなに可愛らしいカリナ嬢様を売るなど、どれだけつらかったことか……」
声がやや震えている。つらそうな老人の姿を見ると心が痛んだが、ミゼアスは訪ねてきた理由を思い出す。
「そのことだけれど、どうして亡くなったことにしていたんだろう?」
「それは……」
口ごもって老人は俯く。
「……あの子は、初めて会ったときからとても元気だったよ。でも、抱きしめると震えるんだ。聞いてみたら、抱きしめられたことがないから混乱するって言っていた。あの子は、可愛がられていなかったんじゃないだろうかと思ってね」
あえてきつい話を持ち出してみる。本人はわりと平然としていたが、聞いているミゼアスの胸が痛んだものだった。
「それは……確かに、旦那様はカリナ嬢様を目に見える形で可愛がってはいませんでした。カリナ嬢様が亡くなった奥方様によく似ておいででしたから……」
「奥方……ヴァレンのお母さんは、ヴァレンを産んで間もなく亡くなった、とは聞いている」
母のことは記憶になく、父に可愛がられた記憶もないとヴァレンは言っていたのだ。
「そのとおりです……旦那様は奥方様のことを、とても愛していらっしゃいました。奥方様に生き写しのカリナ嬢様を見るのがつらかったようです……」
「だから、いっそ亡くなったことにして売り払い、縁を切ってしまおうと?」
ミゼアスが冷たく問うと、老人はとんでもないといったように首を左右に振って叫んだ。
「まさか! 旦那様はカリナ嬢様のことを愛していらっしゃいました。不器用な方で、愛情を表す術をご存知ではありませんでしたが……でも、カリナ嬢様を亡くなったことにして売ったのも、カリナ嬢様を守るためだったのです!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする
獏乃みゆ
BL
黒髪メガネの地味な男子高校生・青山優李(あおやま ゆうり)。
小学生の頃、外見を理由にいじめられた彼は、顔を隠すように黒縁メガネをかけるようになった。
そんな優李を救ってくれたのは、幼馴染の遠野悠斗(とおの はると)。
優李は彼に恋をした。けれど、悠斗は同性で、その上誰もが振り返るほどの美貌の持ち主――手の届かない存在だった。
それでも傍にいたいと願う優李は自分の想いを絶対に隠し通そうと心に誓う。
一方、悠斗も密やかな想いをを秘めたまま優李を見つめ続ける。
一見穏やかな日常の裏で、二人の想いは静かにすれ違い始める。
やがて優李の前に、過去の“痛み”が再び姿を現す。
友情と恋の境界で揺れる二人が、すれ違いの果てに見つける答えとは。
――トラウマを抱えた少年と、彼を救った“王子”の救済と成長の物語。
─────────
両片想い幼馴染男子高校生の物語です。
個人的に、癖のあるキャラクターが好きなので、二人とも読み始めと印象が変化します。ご注意ください。
※主人公はメガネキャラですが、純粋に視力が悪くてメガネ着用というわけではないので、メガネ属性好きで読み始められる方はご注意ください。
※悠斗くん、穏やかで優しげな王子様キャラですが、途中で印象が変わる場合がありますので、キラキラ王子様がお好きな方はご注意ください。
─────
※ムーンライトノベルズにて連載していたものを加筆修正したものになります。
部分的に表現などが異なりますが、大筋のストーリーに変更はありません。
おそらく、より読みやすくなっているかと思います。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
竜人息子の溺愛!
神谷レイン
BL
コールソン書店の店主レイ(三十七歳)は、十八歳になったばかりの育て子である超美形の竜人騎士であるルークに結婚を迫られていた。
勿論レイは必死に断るがルークは全然諦めてくれず……。
だが、そんな中で竜国から使者がやってくる。
そしてルークはある事実を知らされ、レイはそれに巻き込まれてしまうのだが……。
超美形竜人息子×自称おじさん
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる