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第三章 巡り会い
108.花の灯火
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休憩を終え、ミゼアスは再び花月琴を奏でる。
弾き始めの頃は、花月琴からしばらく遠ざかっていたためか自らの指の動きにもどかしさを覚えたが、だんだんと慣れてきたようだ。大分、元の感覚を取り戻しつつある。
「いらっしゃいませ」
来客を告げる鈴の音が響き、マリオンの声が聞こえてきた。
「ごきげんよう。夕月花の飴と香油を置いていたのって、こちらの店であっているかしら? うちの下働きが探してきたのだけれど」
やや高圧的に澄ました声がミゼアスの耳に届く。女言葉のようにも思えたが、声は女性にしてはやや太く、低い。
「はい、夕月花の飴はまだ入荷しておりませんが、香油ならございますよ」
「ふうん……ねえ、ところで誰かが演奏しているの? この楽器は何かしら?」
「奥で花月琴を……」
マリオンが言い終わる前に、足音がどんどんとミゼアスのいる区画に近付いてきた。観葉植物の横をすり抜け、唇に鮮やかな紅を施した少年がミゼアスの前に現れる。
思わず手を止めてミゼアスは少年を眺めた。紅色の唇が真っ先に目に付いたが、顔全体に濃い目の化粧を施しているようだ。
もともとの顔立ちも悪くはないのだろうが、濃い化粧が毒々しさを強調している。明るい時間に目にするには、ややきつい姿だ。
年齢は十代の半ばをやや過ぎた頃だろうか。
一見、濃い化粧でごまかす必要があるほどの顔立ちでも年齢でもなさそうなのだが、などとミゼアスは観察する。
少年と目が合うと、少年は顔を一瞬しかめて目をそらす。そのまま視線はミゼアスの奏でていた花月琴へと移された。
「……それが花月琴ね? そう、それが欲しいのよ。ちょうだい」
「申し訳ありませんが、これは売り物ではないので……。お時間をいただければ、取り寄せます」
無遠慮に少年が言い放つと、やや遅れてやってきたマリオンが困ったように答える。
「今すぐに欲しいの」
しかし少年はつんと顎をそらし、聞く耳を持とうとしない。ミゼアスの手元にある花月琴に手を伸ばそうとする。
ミゼアスは反射的に少年の手を払いのけた。鋭い眼差しを向けてくる少年の視線を受け止め、呆れた吐息を漏らす。
「これは売り物じゃないって言っているだろ。……それに、そもそも花月琴を弾けるのかい?」
おそらくこの少年は、先日、夕月花の飴を探していた下働きの勤める娼館の者だろう。もしかしたら、一番人気だといっていた男娼ではないだろうか。
軽々しく折檻をするという話だったが、この傲慢さからすれば納得だった。
「竪琴なら少し弾けるわよ。どうにかなるでしょ」
悪びれもせずに答える少年から、かばうように花月琴を片手で覆い、ミゼアスはさらに深いため息を漏らした。
「いや、これはそんな程度の腕にはもったいない花月琴だから。どうしてもっていうのなら、まずは取り寄せてもらって、練習用の花月琴を使いなよ」
マリオンの花月琴は『朧月』という名品だ。
ミゼアスだからこそ、こうしてあっさりと貸してもらえているが、扱いも知らぬ者が触れてよいような品ではない。
しかし、少年は聞き入れる気はないようだ。艶やかな化粧を施した顔がみるみる怒りに歪んでいく。
「……生意気な子ね。これ、あんたの楽器?」
「いや、借り物」
低い声で問われ、ミゼアスは平然と答える。すると、少年はまじまじとミゼアスの顔を見つめ、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「なぁんだ、残念。あんたのだったら、すぐに必要なくなるのにね」
口元に歪んだ笑みを浮かべて、少年はねっとりとした声を紡ぎ出す。
「……どういう意味だい?」
ぞくりと背筋に冷たいものを覚え、ミゼアスは眉をひそめて問いかける。聞いてはならないと心のどこかで警鐘が鳴っていた。だが一度口に出した言葉はもう戻らない。
不快をあらわにしたミゼアスを眺め、少年は満足そうな笑みを刻む。
「あたし、人の寿命の灯火が見えるのよ。あんた、残りあと数か月……いえ、一か月ね。せいぜいそれくらいしか寿命がないわよ」
弾き始めの頃は、花月琴からしばらく遠ざかっていたためか自らの指の動きにもどかしさを覚えたが、だんだんと慣れてきたようだ。大分、元の感覚を取り戻しつつある。
「いらっしゃいませ」
来客を告げる鈴の音が響き、マリオンの声が聞こえてきた。
「ごきげんよう。夕月花の飴と香油を置いていたのって、こちらの店であっているかしら? うちの下働きが探してきたのだけれど」
やや高圧的に澄ました声がミゼアスの耳に届く。女言葉のようにも思えたが、声は女性にしてはやや太く、低い。
「はい、夕月花の飴はまだ入荷しておりませんが、香油ならございますよ」
「ふうん……ねえ、ところで誰かが演奏しているの? この楽器は何かしら?」
「奥で花月琴を……」
マリオンが言い終わる前に、足音がどんどんとミゼアスのいる区画に近付いてきた。観葉植物の横をすり抜け、唇に鮮やかな紅を施した少年がミゼアスの前に現れる。
思わず手を止めてミゼアスは少年を眺めた。紅色の唇が真っ先に目に付いたが、顔全体に濃い目の化粧を施しているようだ。
もともとの顔立ちも悪くはないのだろうが、濃い化粧が毒々しさを強調している。明るい時間に目にするには、ややきつい姿だ。
年齢は十代の半ばをやや過ぎた頃だろうか。
一見、濃い化粧でごまかす必要があるほどの顔立ちでも年齢でもなさそうなのだが、などとミゼアスは観察する。
少年と目が合うと、少年は顔を一瞬しかめて目をそらす。そのまま視線はミゼアスの奏でていた花月琴へと移された。
「……それが花月琴ね? そう、それが欲しいのよ。ちょうだい」
「申し訳ありませんが、これは売り物ではないので……。お時間をいただければ、取り寄せます」
無遠慮に少年が言い放つと、やや遅れてやってきたマリオンが困ったように答える。
「今すぐに欲しいの」
しかし少年はつんと顎をそらし、聞く耳を持とうとしない。ミゼアスの手元にある花月琴に手を伸ばそうとする。
ミゼアスは反射的に少年の手を払いのけた。鋭い眼差しを向けてくる少年の視線を受け止め、呆れた吐息を漏らす。
「これは売り物じゃないって言っているだろ。……それに、そもそも花月琴を弾けるのかい?」
おそらくこの少年は、先日、夕月花の飴を探していた下働きの勤める娼館の者だろう。もしかしたら、一番人気だといっていた男娼ではないだろうか。
軽々しく折檻をするという話だったが、この傲慢さからすれば納得だった。
「竪琴なら少し弾けるわよ。どうにかなるでしょ」
悪びれもせずに答える少年から、かばうように花月琴を片手で覆い、ミゼアスはさらに深いため息を漏らした。
「いや、これはそんな程度の腕にはもったいない花月琴だから。どうしてもっていうのなら、まずは取り寄せてもらって、練習用の花月琴を使いなよ」
マリオンの花月琴は『朧月』という名品だ。
ミゼアスだからこそ、こうしてあっさりと貸してもらえているが、扱いも知らぬ者が触れてよいような品ではない。
しかし、少年は聞き入れる気はないようだ。艶やかな化粧を施した顔がみるみる怒りに歪んでいく。
「……生意気な子ね。これ、あんたの楽器?」
「いや、借り物」
低い声で問われ、ミゼアスは平然と答える。すると、少年はまじまじとミゼアスの顔を見つめ、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「なぁんだ、残念。あんたのだったら、すぐに必要なくなるのにね」
口元に歪んだ笑みを浮かべて、少年はねっとりとした声を紡ぎ出す。
「……どういう意味だい?」
ぞくりと背筋に冷たいものを覚え、ミゼアスは眉をひそめて問いかける。聞いてはならないと心のどこかで警鐘が鳴っていた。だが一度口に出した言葉はもう戻らない。
不快をあらわにしたミゼアスを眺め、少年は満足そうな笑みを刻む。
「あたし、人の寿命の灯火が見えるのよ。あんた、残りあと数か月……いえ、一か月ね。せいぜいそれくらいしか寿命がないわよ」
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